「ごめんね、」
夜空を見上げて、彼女は不意に呟いた。
「へ? 何が?」
枕がわりに形を整えた毛布を叩きながら、が旅の友を見ると、ちょうど視線を落した彼女――――――ゲルドと目が会った。
「だって……私と一緒にいるから、まで町の中で泊れない」
本来ならば巡礼の旅人は『縁起が良い』と宿屋や町で歓迎されるのだが。
あいにく、ゲルドはただの巡礼者ではない。
『魔女』と呼ばれる、畏怖と恐怖の象徴である存在。
紫かかった銀色の髪と澄んだ瞳から『白き魔女』などと呼ばれているが、やはり『魔女』は『魔女』。
今だ魔法が広く世界に広がっていないティラスイールでは、どんなに清らかな娘であろうとも魔法を操るというだけで差別の対象である。
ひどい町では、ゲルドは『魔女』と罵られ、歩いているだけで石を投げられた。――――――宿が取れず、町の外で野宿をすることはまだ良い方だ。
月の光を浴びてきららかに輝く銀色の髪をゆらして、に対してゲルドはすまなそうに眉を寄せる。
その仕草をみては『なんだ、そんなことか』と笑った。
「平気、野宿にはもう慣れたし。
それに……」
言葉を区切り、空を見上げる。
満天の星空に、ぽっかりと浮かぶ琥珀色の月が見えた。
「屋根のある所じゃ、こんなに綺麗な星空って見えないしね」
ゲルドにちょっと笑顔を見せてから、はぽふっと枕に頭を沈める。そのまま自分の隣を叩いて、ゲルドを誘った。おずおずと遠慮がちに近づいて来るゲルドを待って、は目を閉じる。
徒歩による巡礼の旅。
睡魔はすぐにでも襲ってきた。
「それに、頼りになる『騎士』さんのおかげで、野宿っていっても危険は少ないしね」
普通の娘であるには『気配』という物を感じとる技術はないが、ゲルドが気を緩めているのはわかる。彼が近くにいるのだろう。
あの生真面目な騎士は、神剣エリュシオンを託されたほどの心の持ち主だ。
いくらゲルドが捕縛対象……手にあまれば殺せと言われている者であろうとも、危険がおよべば守ってくれるはずだ。
彼はすでに、ゲルドの巡礼を見守ると決めているように思える。
「、寒くない? 私の毛布も使う?」
枕変わりの毛布の形を整えながら、ゲルドがの顔を覗き込んだ。
長い銀色の髪がの顔にかかり、頬をくすぐる。
「ん〜、じゃあ枕を伸ばして、一緒の毛布で寝よっか?」
「うんっ」
が片目をあけてゲルドを見上げると、ゲルドは嬉しそうに微笑んだ。
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