「正義と愛は、必ず勝ぁ〜つっ!」
胸を張り、今にも笑い出しそうなほどに高らかに宣言するに、マグナはこっそりとため息をつく。
「いや、この場合……どう考えても『悪者』は俺たちだと思うんだけど……」
一国家の軍隊同士の戦場に、珍客といえる召喚師の集団が介入したのはささいなこと。
その妨害行為を好機(?)と、戦場に乱入した少女。
彼女の乱入こそが『卑怯』と言える。それほどの力があった。
「細かいことは気にしな〜い」
極上の微笑みを浮かべ、はマグナに振りかえる。
その上辺だけは人畜無害で愛らしいの微笑みに、マグナは気が遠くなるのを感じた。
の召喚主はマグナである。
マグナは普通の召喚師に比べ、そういった主従関係にこだわるつもりはないが……どう考えても、いや誰が見ても……本来の関係とは逆だった。
すなわち、主導権を握っているのは。
暴走召喚鉄道よろしく、放っておいたら聖王都に殴り込みかねない少女の手綱を握るべきマグナには……残念ながら迫力が足りなかった。そもそも、養父である悪魔王すらも尻にしく少女相手に、マグナが敵うはずもない。
「おにいちゃん……」
くいくいっと袖を引かれ、マグナが視線を落とすとハサハが怯えたように赤い瞳を揺らしている。
「ううぅ……ご主人様〜」
ハサハが引いたのとは逆の腕を引かれ、そちらに視線を移すとレシィが心細そうに眉を寄せていた。
「……件ノ召喚師集団、完全ニ沈黙シマシタ。
『鍵』トナル聖女ヲ捕獲スルニハ好機カト思ワレマスガ……ヨロシイノデスカ? あるじ殿」
「……完全に沈黙って……あの中にはトリスがいるんだぞっ!!?」
淡々と報告をする機械兵士に、マグナはとうとう頭を抱えた。
気のせいでなければ、マグナがを召喚したのは―――――――生別れた妹のトリスを探す旅にでるためだったはずだ。
護衛獣として側に置き、時には喧嘩もしながら……共に旅をする仲間になるはずだったのに。
それが……今や養父(そういえば、××年間人間だと信じていたが、実は悪魔だと知ったのもの差し金だった)と結託し、『聖女』の身柄を狙い、やっと再会できた妹とは敵対する羽目に陥っているのは――――――もしかしなくてもの仕業である。
「あのオンナ、容赦しねぇーからな!」
と、バルレルがマグナの肩を叩いた。
もしかしたら、慰められているのだろうか? ……とも思ったが、にやにやと笑っているのを見ると、頭を抱える召喚主が愉快でたまらないらしい。羽根としっぽがゆらゆらと揺れている。
「失礼な。
ちゃーんと容赦はしてるわよ」
むっと眉を寄せてがバルレルに近づく。
その瞬間、わずかにバルレルが後退ったのをマグナは見てしまった。
「ほらっ!」
が示す方向を見ると、地面に倒れた召喚師――――――確かトリスは『ネス』と呼んでいたはずだ――――――が、ぴくりと指を動かした。
「ね? 死んでない」
うふふ。と悪びれる様子もなく微笑むに、マグナは眩暈を感じる。
「死んでないって……殺さなきゃ何やってもいい、って訳じゃないだろ!」
「なによ、これでもちゃんと気を使ってるんだから」
とうとう声を荒げたマグナに、は唇を尖らせて拗ねて見せる。
可憐に調った顔立ち、白い肌、艶やかな漆黒の髪に、豊穣なる大地の瞳の少女……その仕草は憎らしいまでに愛らしい。
が、それに騙されるわけにはいかない。
デグレアからレルム、聖王都、ファナン、ローウェン砦と散々ごま化されてきて、今更な気がしないでもなかったが。
養父、キュラー、ガレアノ、ビーニャと次々に陥落させられようとも、自分だけは負けるわけにはいかない。
負けたが最後、リィンバウムの終りだ。――――――それぐらいの自体が起こる気がする。
そして、それがあながち間違いでないと確信していた。
「トリスたちがあんまり痛くないように、一撃で沈めてあげたし、
ビーニャの魔獣に食べられないように、トライドラの騎士たちだって、みんな氷つけにしたし。
マグナが嫌がってたルヴァイドとシャムロックの一騎打ちもとめたし……」
「何が不満なのよ?」と胸をはりながらもは腰に手を当てる。
唇は尖らせたまま。
本当に、これまでの発言すべてを聞き流せれば見惚れてしまいそうな美少女ではあるのだが。
「レヴァティーンで気絶させるよりも、パラ・ダリオでトリスたちを麻痺させたほうが痛くないし、
トライドラの騎士全員を氷づけにするよりも、ビーニャをブラックラックで沈黙させた方が早いし、
一騎討ちを実際に妨害したら、あとでルヴァイドに怒られるのは俺なんだぞ!?」
「じゃあ、マグナは……っ!」
勢い良く口を開き、すぐに閉ざす。
挑むようにマグナに向けていた視線を少しだけ反らすの変化に、マグナは『騙されまい』と気を引き締めた。
「じゃあ、マグナは……シャムロックに国が滅びるところを見せたいの?
砦の騎士たちの遺骸が、不細工な召喚獣に食い散らかされるのを見たいの?
ルヴァイドが……」
「ルヴァイドが……」と勢いを無くすに、マグナはつい視線を合わせてしまった。
信じられない話だったが、は『未来』を知っている、という。
その知識を使い、今現在養父を牛耳っていたりするのだが……その彼女が意気消沈し、俯いてしまうなどと――――――
いったい、一騎うちを止めなければ、ルヴァイドの身に何が起こっていたのだろうか。
「……」
俯いてしまったの肩に手をのせ、マグナは……
「ルヴァイドは――――――――あんまりかわんない、っか」
けろっと顔をあげたに、マグナはがっくりと肩を落とした。
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