充実した気持ちだった。
 今度こそ、自分は大切な姉を護ることが出来たのだ。
 思い残すことは何もない。
 流れ出る血とともに、意識を手放しても……今ならば、迷いなく逝くことができる。

 そう、思った。
 その自信があった。

『……な……で』

 ――――――ぽとり。

 小さな声と、それに続いて頬に熱い雫が落ちるのを、ミトスは遠く感じた。

『……なな……で……ス』

 ――――――ぽと、ぽととっ。

 遠く聞こえた声が、今度は少しだけ近くに聞こえた。
 熱く感じた雫も、今は温かい。


『……死なな……で、ミ……ス』

 ――――――ぽとり。

 目蓋に落ちる優しい雨に導かれ、ミトスはゆっくりと瞳を開いた。







「……あ、ミトス……。
 よか……た。気が付いた……」

 最初に瞳に映ったのは黒髪の少女。
 いつもは気丈に振舞うが、今は情けなくまなじりを下げ、瞳に涙をいっぱい浮べて自分の顔を覗き込んでいる。
 それから次に目に入ったのは、自分が身を挺して護った姉――――――ではない。姉の面影をもった少女人形、タバサが自分の止血をしている姿だった。

「……さん……とタバサ。
 ……ボクは……?」

 ぼんやりとしながらも、しっかりとした意識の感じ取れるミトスの言葉に、はホッと息をはき、眉を寄せる。

「莫迦ミトス!
 ……心配させてっ!」

 瞳に涙を浮べたまま自分を見下ろすに、彼女からは説明は望めないと判断したミトスはタバサに視線を移す。その視線を受けて、タバサもと同じように眉を寄せた。

「ミトスサんは、わたシを庇って……大怪我を……
 サんは、ミトスサんが気が付くまで、ズっと泣きながら、呼びかけていまシた」

「少シ、きつくシめまス」と断って、タバサはミトスの血の流れている腕を締め上げる。
 アルテスタの身の回りの世話をしているタバサには、こういった救急医療の心得もあるらしい。
 空気中のマナを自動的に取り入れて動く自動人形であっても、さすがに法術は使えないようだったが。応急処置が正確であれば、当たりどころがよかったのだろう。ミトスのおった怪我は、十分に助かる程度のものだ。

「わたシは、マすターが作った人形でス。
 生き物ではありまセん。壊れたのなら、修理スればいい。
 でスが、ミトスサんは生きていまス。
 ミトスサんが壊れたら、誰にも直スことはできまセん」

 動かないタバサに瞳に、ミトスは静かな怒りを見つける。
 心のない人形――――――タバサ本人は自分のことをそう呼ぶが。
 もしも……タバサに涙を流す機能がついていたのならば、今タバサの頬には涙が伝わっていたのではないだろうか。
 これは、ミトスの自惚れだろうか?
 
「ごめんなさい。……その、心配かけさせて……
 タバサ、さん……そんなに怒らないで。
 もう、こんな無茶はしないから」

 タバサの説明に、心配をかけさせてしまった、とミトスは素直に謝罪する。
 その謝罪を受けてタバサは益々眉をよせ、は小さく微笑む。

「……心配したし、怒ってるけど……ミトスは誤る必要ないよ。
 タバサのこと、自分の身を挺して護るなんて……なかなかできることじゃないもん。
 すごいね、ミトス」

 ミトスの頬にかかった自分の涙を拭い、は小さく笑う。
 その横で、対照的にタバサは眉を寄せている。

「ミトスサんを、誉めないで下サい。
 またこんな無茶をサれたら……サんが持ちまセん」

「先程までのサんを、わたシはもう見たくありまセん……」とタバサは睨む相手をに変えた。






(2005.11.17.UP)

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