「あれ?
この唄知ってる……」
利き慣れたメロディーに思いがけない場所で出会い、はきょとんっと瞬くと、ゆっくりと首を傾げた。
「あ、でも歌詞間違えてる……かな?」
機械兵士によって録音された歌声に耳を済ませ、は目を閉じて歌詞を追う。
歌い手は……おそらく、幼い少女。
子供特有の高い声音に、頼りなく揺れる音程。
時々掠れる声は、息継ぎの仕方を知らないためか。
呼吸は時々苦しそうだったが、伸びやかなリズムからは少女が楽しく歌っている雰囲気が伝わってきた。
「この歌声、誰が歌っているんですか?」
「我ガますたーノ歌声ダ。
ますたーハ『元気ノ出ル唄』ト言ッテイタ」
「……ハ元気ガ出タカ?」と付け足され、は小さく微笑む。
「はい、元気100倍です」
少女の歌声には、人を元気づける特別な力など宿っていないのだろうが。
その雰囲気と、機械兵士であるゼルフィルドの自分に対する気づかいが嬉しかった。
はにっこりと微笑みを浮かべ、ゼルフィルドを見上げる。
「ゼルフィルドさんのマスターって、ずっとルヴァイドさんだと思っていました」
「我ガ将ハ、将デアッテ、本機ノますたーデハナイ。
封印サレテイタ本機ヲ発掘シタノハ鷹翼将軍デアリ、起動シタノハますたーダ」
「そうなんですか?」
にしてみれば、初めて聞く話題だった。
常にルヴァイドについている姿から、てっきりルヴァイドがゼルフィルドのマスターだとばかり思い込んでいたが……違ったらしい。
「あれ?
じゃあ……ゼルフィルドさんのマスターって、今は……」
言いかけて、は言葉を飲み込む。
機械兵士は自分の主人を最優先に行動する。
その機械兵士であるゼルフィルドが主人の元を離れ、ルヴァイドに付き従っていると言うことは――――――
「あ……と、すみません」
「誤ル必要ハナイ」
悪い想像に行き着き、あわてて謝罪するに、ゼルフィルドは気を悪くした様子もなく答える。――――――機械なのだから、『気を悪くする』ということもないのかもしれないが。
それから、の思い違いをゼルフィルドは訂正した。
「ますたーハ、名モ無キ世界カラ召喚サレタ召喚獣ダ。
現在ハ、ますたーガ生マレタ世界デ生キテイル……ト予測サレテイタ」
「予測なんですか?」
「名モ無キ世界カラノ召喚ハ、事故ニヨル偶発的ナモノシカ報告サレテハイナイ。
意図的ニますたーヲ召喚スルコトハ、不可能」
「……ゼルフィルドさんのマスターには、もう会えないんですか?」
の問いに答えるように、ゼルフィルドは人で言う目の位置にあるライトを点滅させた。
肯定か、どう答えるべきか思案しているのだろうか。
しばしの沈黙の後、ゼルフィルドは突然話題を変えた。
「ハ『平和の証』ト言ッタラ、何ヲ思イ浮カベル?」
「『平和の証」ですか?
……難しいですね……ナゾなぞ、ってわけじゃないですよね?」
きょとんっと瞬きながら首をかしげるに、つられるようにゼルフィルドも首をかしげる。
「なぞナゾ?」
「言葉遊びみたいなものです。
でも、どうしたんですか。急に」
答えることができない、または答える必要のない事だからといって、ゼルフィルドが話を反らすという事はありえない。
それなのに、何故急に話題を変えたのか。
にはそれがわからない。
ゼルフィルドのマスターについて話をしていたのに、何か関係でもあるのだろうか。
「封印サレテイタ本機ノ、起動サセルすいっちトシテ、設定サレテイタモノガ『平和の証』ダッタ。
鷹翼将軍モ顧問召喚師モ、ソレヲ示ス事ハ出来ナカッタ。
ソレヲ本機ニ示ス事ガ出来タノハますたー唯一人」
「ゼルフィルドさんのマスターって、頭の良い人だったんですね……って、あれ?
さっきの歌声って、どう聞いても小さな女の子の声だと思うんだけど……」
「ますたーハ、まぐなニさくじつ召喚サレタ、妖狐ヨリモ幼イ時ニ召喚サレタ。
ユエニ危険ヲオシテ、親元ヘト送喚サレタ」
ゼルフィルドの主人は、幼いからこそ気づけたのだろうか? は首を傾げながら考える。
ゼルフィルドの言う『平和の証』とはなんだろうか。
デグレアの顧問召喚師を勤めるレイムは頭が良い。
その知識はとても豊富で、応用力も人並みを外れている。
そんなレイムすらも見つけられなかった答え。
鷹翼将軍にしてもそうだ。
は鷹翼将軍を直接は知らないが、息子のルヴァイドを見る限り、本人も学はあったと思われる。
その二人が見つけられなかった答えを――――――幼い少女が見つけたのだ。
2人と少女の違いを考える。
大人と子ども。
リインバウムと名も無き世界。
デグレアと『元気の出る唄』としてゼルフィルドの記録に残る唄から、おそらくは――――――日本。
「『平和の象徴』なら白鳩だと思うんですけど……」
名も無き世界の少女と、デグレアの2人の相違点を挙げてみても答えは見つからない。
では、逆に考えてみよう……とは挙げたものの整理を始める。
日本にはなくて、デグレアに有るもの……召喚術、軍隊、紛争――――――物騒なものが真っ先に浮かんだ自分の思考に驚きつつ、いつかどこかで聞いた言葉を思い出した。
「もしかして、その唄……『元気の出る唄』そのものが、ゼルフィルドさんにとっての『平和の証』ですか?」
『戦争のない国にしか無いモノ』
いつか、誰かが言っていた。
どこで聞いたのか、誰が言っていたのかは思い出せないが……そんなフレーズを聞いたことが有る。
そして、それならば……常に国境付近のいさかいの耐えないデグレアに住む者に、答えが導き出せないことも理解できた。
「コノ問ニ、絶対的ナ答エハ存在シナイ。
タダ本機ハ、ますたーノ歌声デ目覚メタ。
アノ時、本機ハますたーノ歌声ヲ『平和ノ証』ダト……『感ジタ』ノダ」
「ゼルフィルドさんにとって、とても大切な唄なんですね」
「大切……?
記録ニ残ルますたーノ歌声、トイウダケノモノダ」
「大切なんですよ、それが。
ゼルフィルドさんの大切な人の、たった一つの面影じゃないですか」
「『面影』……」
の言葉に、ゼルフィルドは考えこむようにライトを点滅させている。
「あの、私変なこと言いましたか?」
「『面影』ト言ウ言葉ハ正シクハ無イ。
『面影』トハ『目ノ前ニ浮カンデクル、ソノ場ニイナイ人ノ姿ヤ形』ノ事ヲ言ウ」
だから『面影』という言葉は正しくない。
昔、ゼルフィルドを目覚めさせた少女は――――――
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