後続のために踏み固められた雪道をたどりながらも、の歩みは遅い。
 まるで前に進むことを拒否するかのように、足が重かった。

 『今日』なのだ。
 予感――――――よりも、確信に近い。

 いつも付かず離れず後ろについて来ていたフォルティアの騎士が今日に限っては姿を見せないし、いつもならば他愛のない会話を誘ってくる白き魔女が無言に徹している。
 常とは違う旅路に、の足が不安に重くなっても不思議はない。

「……ゲルド」

 小さく名を呼ぶが、前を行く少女の返事はなかった。
 雪に音が吸い取られてしまったのだろうか。
 もう一度、今度は少しだけ大きな声で少女を呼ぶ。

「ゲルド!」

 そろそろ休憩しようと、誘ういつものやりとり。
 いつもならゲルドの方がに話しかけて来るのだが。

 そう、いつもなら――――――

「疲れませんか?」

 と、ゲルドが澄んだ瞳を細めて、微笑みながらを振り返ってくるのに。
 不安を紛らわせようとした呼び掛けは、やはり『今日』なのだ、と実感させるものに変わってしまった。
 ゲルドの歩みは確かに止まったが、に振り返る気配を見せない。

「……疲れちゃいましたか?」

 少しだけためらいがちに、小さな声が聞こえる。

「もうすぐです。
 ……もうすぐ、『私の旅』が終わりますから……もう少しだけ、頑張ってください」

「それとも、ここでお別れしますか?」と震える声を追加され、は眉を寄せた。

 腹が立った――――――というのだろうか。
 希望の道を信じているくせに、『自分が生きること』だけは諦めているゲルドに。
 『未来なんて、いくらでも変わるものだ』とか言いながら、ゲルドのために結局なにも出来ていない自身に。

 本来は一人で歩いた『ゲルドの巡礼』。
 旅の道連れが一人増えようが、ゲルドに見えている未来は変わらないのだ。
 という異分子が紛れ込んでいようとも。

「大丈夫。最後まで一緒に行く」

 眉を寄せたままの勢いで、ゲルドの隣に並ぶ。
 横目に表情を盗み見ようとしたら、顔を反らされた。

「諦めないよ、あたしは絶対にゲルドのこと諦めたくない」

 何をどうすればよいのかは、いまだわかっていなかったが。
 今はまだ、こうしてゲルドの隣を歩くことしかできないが。
 きっと何かあるはずなのだ。

 という異分子を活かし、ゲルドの未来を変える方法が。

「ゲルドに……生きて、笑っていてほしいもん」

 意固地になった子供のように、はそう繰り返す。
 そう言葉にすることで、諦めようとしている自分の心を叱咤していた。

 方法はない。
 あるかもしれないが、見つからない。

 ――――――でも諦めたくない。

 背中にゲルドを守るように立ち、は地面を睨み付ける。
 ゲルドの行く道に、楽な道はない。
 のためにゲルドが踏みならした雪道も、彼女を追い越してしまえば、誰の足跡もない。
 その足跡のない街道を睨みながら、は歩く。
 重い足取りに、少なからずいらつきながら。

「笑っていてほしい。
 ……幸せになってほしい」

 それが、の『押し付け』の感情であろうとも。







 少しだけ先を歩く少女の背中に、ゲルドは小さくため息をはく。
 『幸せになってよ』と旅の間中、ゲルドの隣で言いつづけた彼女はわかっていない。

(私は、十分に幸せなんですよ? 

 終わりの『見えている』旅で出会った『見えない』少女。
 真偽の程はわからないが、『異世界から来た』というゲルドの『拾得物』。
 よくも悪くも未来を指し示すゲルドの瞳に映らない――――――予想もつかない行動を起こす親友。

(あなたに会えたから、この旅を続けられたんです。
 見えない未来の小さな……本当に小さな希望を信じられたんです……)

 だから自分は幸せなのだ。

(もっと一緒にいたいなんて……贅沢すぎて、申し訳ないです)

 先を行く少女の風に揺れる黒髪を見つめ、ゲルドはこぼれ落ちそうになる涙を指でぬぐった。

 見えないの未来に、彼女の幸せを祈る。




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