「欲求不満なの」

 開口一番。
 そう宣った恋人に、ガイは苦笑を浮かべるしかなかった。

「だって、ガイってばエッチはもちろん、キスもしてくれないし、
 手すら握ってくれないんだもん」

「おーい、
 女の子が……すごい事いってるぞ〜」

「話し反らさないでよ」

「反らしてないさ」

 『すごい事を云った』自覚は一応あるらしく、ぷいっと顔を背けてから、はほんのりと頬を染めて俯く。それからガイの隣に(多少の距離を保ちながら)腰を下ろし、今度は視線をブウサギに向けた。

「……まあ、そんなこと云っても、は俺の体質を知っていて、
 それでも俺がいいって云ってくれたんだろ?」

「そーだけど……」

 確かに、そう云った。
 ガイに想いを告げた日に。
 女性に触れられない体質上、今は誰の想いも受け入れられない。そう答えたガイに、は『狡い』と怒った。それはの告白に対する答えではない、と。
 それはガイの体質に対する言い訳であって、への返事ではない。
 日頃の誠実な人柄に反したガイの答えに、は――――――怒って、殴って、蹴飛ばした。さらには嫌がるガイに無理矢理抱き着き、そうして本心を聞きだすことに成功した。(少々無理矢理感があるのも否めなかったが)
 ようやく聞きだしたガイの答えは『YES』。
 ガイも、少なからずのことを想っていてくれたらしい。

 晴れて恋人同士になった……までは良かったのだが、恋人ができたからといってガイの女性恐怖症が簡単に治るはずもなく。
 あいも変わらず、ガイは女性であれば誰にでも優しい。
 結果、無作為に増えゆく恋敵に頭を悩ませつつ、ガイにとっての『特別』な位置に居座ったがために、の方にも余計な欲がでてしまう。

 すなわち。

 今までより多くガイの側にいたい。
 (これは、ガイの方もそう思ってくれているらしく、空いた時間にの所に顔を出してくれるようになった)

 たまには手ぐらい繋いで歩きたい。
 (これも、一応現在特訓中だ。触れるまでに時間はかかるが、出来ないことはない)

 恋人なのだから、雰囲気が盛り上がればキスもしたい。もちろん、それ以上のことも……

「ガイってば、誰にでも優しいから……恋敵が多くて大変なんですよー!」

「そんなことないさ」

 眉を寄せて拗ねるの横で、ガイも眉を寄せる。
 『誰にでも優しい』という自覚はない。
 ガイにしてみれば、困っている人間に手を貸しているだけだ。

「ガイの普段着の足がエロくて、ムラムラくるのーっ
 何、そのエロい足! ってか、黒タイツ〜っ!」

「エロいって……タイツがエロいなら、ジェイドもタイツだろ。
 ム、ムラムラ来るのは……」

 年頃だからだろ、と小さく続けてガイは目を反らす。
 につられて『すごい事』を云ってしまった自覚はあった。

「あと、あのスマートスタイル!
 貴族臭くて、インナーがエロすぎますっ!!
 もとはフリングス少将に行くはずだった服とはいえ、他の女の人が作ったもの着てるの嫌っ!
 もう、いっそあたしが脱がすっ!
 脱がしていい?」

「ちょっ、まっ……」

 云うが早いか、はガイの上着に手をかけた。

? 俺、まだブウサギの散歩中だし……
 ってか、ここって宮殿の中庭だし?
 そもそも、真昼間の野外だし……」

 上着に伸ばされたの手をはらうことなく、ガイは後ずさる。

「わかってるっ!」

 上着のボタンを外そうとしていた手をとめて、はガイを睨み付けた。
 まさか、本当に脱がす事はできない。
 脱がしたい気持ちはたしかにあるが。
 さすがにそこまで『羞恥心』を捨てられなかった。

 ガイを脱がしたいというよりは、ガイに脱がされたい。
 ガイを押し倒したいというよりは、ガイに押し倒されたい。
 はそう思って――――――願っている。

「……滅茶苦茶いって、ごめんなさい」

 ほんのりと頬をそめ、は顔を反らす。
 掴んでいたガイの上着から手を離し、深く深呼吸をした。

「……でも、早く……あたしに……触れるようになって、ね?」






 はわかっていない。
 ガイは女性恐怖症であって、女性嫌いではない。
 好意を寄せている異性を前に、何も感じないほど子どもでもなかったし、欲望を抑えられるほど大人でもない。

「あたしに触れられるようになって、って……殺し文句だよなぁ」

 大暴走ののち、自分の言動に恥ずかしくなったのか、はガイの隣から中庭で微睡んでいるブウサギの元に移動した。
 その華奢な体に。
 微かに覗くうなじに。
 男である自分とは明らかに違う小さな手に。
 熱を帯びた潤んだ瞳に見つめられ、ガイが何も感じぬはずはない。

「……欲求不満なのは、俺の方なんだけど……」

 触れたくとも、触れられない。
 押し倒したくとも、押し倒せないのはガイの方だ。

「早く、押し倒したいよ」

 そう呟いて、を見つめる。
 今はまだ、触れる事が精一杯の恋人。

 いつかは、きっと――――――








(2006.06.06UP)
たまには、こんな押せ押せな夢主もいいかなぁ……と。
どうでもいいけど、ガイって『いろいろと』大変だーね(笑)