泣き出した少女に、男は呆れた笑顔で微笑んだ。
「そんなに私が好きなのか?」
いつになく素直に……こくりと頷くに、クラトスはどうしたものか、と天を仰ぐ。
世界が本当の再生を向かえた今、空には『本物』の青空が広がっていた。
もう、救いの塔から発せられていた幻影の空ではない。
デリス・カーラーンもすでに視覚できない距離にまで離れつつあった。
「私は若く見えるかもしれないが、4000年は生きている。
おまえから見れば……」
この先は自分でも少々抵抗があるのだが。
17になる息子がいる手前、否定はできまい。
「おまえから見れば、『おじさん』の部類ではないのか?」
「……声も渋い」
ぽつりと足された言葉には、苦笑を浮かべるしかなかった。
「その『声の渋いおじさん』にくっついてきて、若いおまえの人生をふいにすることはあるまい」
遠まわしな拒絶に、は即座に反応を返す。
「やだ。
クラトスがいい」
普段より幼い口調で語るのは、言葉を飾らぬためにか、とクラトスは気がついた。
素直な感情を、一番素直な言葉で……4000年を生きてきた偏屈男に伝えているのだ。
これではの言葉がクラトスの心に響かぬはずがない。
「隣歩くのも、背中を守るのも、クラトスがいい。
ロイドの代わりにも、アンナさんの代わりにもなれないけど……クラトスの側にいたい」
素直な想いを吐露するのにつられ、溢れる涙をこぼすまいと、は忙しく瞬きを繰り返す。
視線をクラトスの目ではなく、喉元に合わせているのは……想いを告げている相手であろうとも、泣き顔を晒すのは気恥ずかしいからだった。
それと、こういった場で泣き出すのは卑怯だと感じているからかもしれない。
クラトスが知る限り、という少女は明るく、また気丈だった。
……かつて自ら手にかけた妻と同じように。
けれど、亡き妻を思い出させるのはソコだけだった。
髪の色も、瞳も、顔立ちも、何一つ似てはいない。
それが、逆に良かったのかもしれない。
自分のことを「好きだ」といった少女の素直な言葉は、くすぐったくも嬉しいものだった。
誰かの代わりになる必要はない。
はとして、クラトスの側にいれば良い。
この想いをどう伝えたら良いのだろうか。
しゃっくりを上げる少女が落ちつくのを待つ時間を使い、思い巡らせる。
そして、その方法をクラトスは見つけた。
素直な気持ちを、素直な言葉で紡ぐに。
己もまた素直な行動で示そうと。
「……」
落ちつきを取り戻しつつある少女は、名を呼ばれ、すぐに顔をあげた。
そこにクラトスは、呆れたように笑顔を浮かべたまま唇を落とす。
が驚いて目を見開くのは一瞬のこと。
すぐに少女はゆっくりと瞼を閉じた。
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