瞳に映る空

 


 青い。

 蒼い。

 それとも『空色』という言葉があるぐらいなのだから、空はやっぱり『空』色なのだろうか?

 どちらでもいい。
 とにかく、今日も空は『空』だった。

 当然だ。
 空は『空』なのだから。

 もしも空が『空』でなかったら、困ってしまう。
 ……いや、困らないかな?

 とにかく、空は『空』だ。
 
 それはきっと、明日も変わらない。

 今日と変わるのは『空』に浮かんだ『雲』だ。

 雲は季節や天候によって毎日姿を変え、見る者を飽きさせない。
 今だって、自分が見つめる雲は………おいしそうなパンの形に見える。
 それも焼きたてだ。
 これは重要な事だろう。
 焼きたてパンはとても美味しい。

(あれ? でも焼きたてのパンなんて、食べたことあったかな?)

 黄金の瞳を空から逸らさず、少年はぼんやりと考えた。

(…というか、『暖かい食事』なんて食べたことあったかな…?)

 少年の黒髪を風が優しく撫でる。

(……そもそも最後に食べたのって、いつだっけ?)

 少年が今の場所に寝転がってから…月が昇るのを999回までは数えた。
 その後は面倒だったのと、必要がないので、数えるのをやめた。

 ざっと考えて………冬は5回ほど来たはずた。

 起きるのも歩くのも、生きることさえ面倒で。
 ずっとこの場所で寝ていたが、さすがに雪に埋もれた日は寒かった。
 それぐらいのことは覚えているらしい。

 ふわりっと雲がひとつ、少年の頬に落ちてきた。

 また雪でも振り出したのかと思ったが、そんなはずはない。
 今は春の終りごろ…そろそろ暑くなりはじめる季節だ。

 では、雪以外のなにが顔に降りて来たのだろうか?
 雪の季節には早すぎるし、雲が空から落ちてくるはずはない。

 透けるように青い空が、一段と近付いた。






「ねえ、死んでるの?」

 空と同じ色の瞳。
 陽の光りに輝く、糖蜜色の髪。
 春の妖精のように愛らしい顔立ちの少女は、ぴくりとも動かない少年を見つけ、その顔を覗きこんだ。

「…………動かない。寝てる……わけないか」

 草一本生えていない平原の真中に、ぽつんと影を作っていた少年。
 かなり遠くから少年の姿は見えていたが、身じろぎ一つしなかった。

「やっぱり死んでる?」

 問いかけても答えない。
 少年の開かれたままになってる黄金の瞳は空の一点をみつめたままだ。

 こんなに顔を近づけ話かけているのに。
 ぺしぺしっと叩く頬は微かに温かいのに。

 まったく反応を返さない少年に、少女は少し腹を立てた。

 始めて出会う家族意外の存在に、少しの期待を持っていたのに。
 どう見ても死体には見えない少年は、今もなんの反応も見せない。

 手に持った杖を握り締め、少年を凝視する。

 そして少女は杖を空に掲げた。




「…………痛い」

 平原に壮大に響き渡った鈍い音に、小さな声が続いた。

 たった今杖で殴られたばかりの腹をさすりながら、少年はまだ自分が言葉を覚えていたことに感心した。
 痛む腹よりも、久しぶりに声を出したことに感動すら覚える。

「ねえ、この辺にすごく綺麗な物ってない?」

 ゆっくりと体を起こす少年を待って、少女は話かけた。

「………綺麗な物?」

 言葉を反芻し、少年は少女の空色の瞳を見つめた。

 一瞬空が降りてきたのかと錯覚した空色の瞳と、陽光に輝く糖蜜の髪。
 愛らしい顔立ちに似合った、可憐な声音。

「綺麗な物」

 少年は少女を指さした。





 そして再び、平原に鈍い音が響き渡るのだった。




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