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「残念ですわ」
ブルネットの巻き髪の少女が、まるでこの世の終りだとでも言うような表情で、腕を組みぴったりと体を寄せていた少年を見上げる。
上目遣いに自分を見つめてくる今にも泣き出しそうな少女に、少年は困ったように首を傾げることしか出来なかった。
少年の片割れのお気に入りジャスティーンに頼まれ、手綱がわりにと……自分が手を繋ぐと、とたんに大人しくなる少女。
レヴィローズやジェリーブルーは『火の玉娘』と呼んでいたはずだ。
確かに、その名にふさわしい所業は見たことがある。
見たどころか、少年自身巻き込まれかけたこともあった。
それでも、こうして手を繋ぐと大人しくなり、そそとして自分を見上げる少女は……大変かわいらしいと思う。
レヴィローズあたりがこの少女に、こんな風に触れられれば……逃げ出しそうだが。
どんなに強暴と恐れられる少女でも、自分に実害がなければ関係ない。
「本当に、ここに戻られますの?」
宝玉泥棒によって持ち出された『シルフソード』を大気の<泉>に戻すため、ジャスティーンとダリィはかつて『幽霊屋敷』と呼ばれていた廃墟を訪れていた。
「こんな所で独りは寂しいですわ。シルフソード、わたくしとヴィラーネおばさまの城へまいりましょう」
愛しのレヴィローズはダリィが近付いただけで、何故か姿を消してしまう。
だが、この風の王子は逃げ出さない。
それだけではなく、自分の髪を優しく撫でつけ、微笑んでくれる。
もともとダリィは宝玉と名のつくものが好きだったが、シルフソードはレヴィローズとは違う意味で別格と言っていい。
スノゥのように水をかけてはこないし、グレイのように馬鹿にした態度を取らない。一度蛇苺を食べさせられた事もあったが、それを帳消しにできるほど……兄の方はサービスが良い。
レヴィローズが一番であることに変わりはないが、宝玉なら大歓迎。
ダリィはいずれは全ての宝玉を我が手に、と狙っているのだ。
落とせるモノは、早めに落としておきたい。
『絶対に離しませんわ』とばかりに腕を捕まれ、困ったように少し思案していたソールが、そっとダリィの手をほどいた。
そしてダリィの掌に文字を綴る。
『少し、待っていて』
「なんですの?」
腕を解かれ、少し残念そうな顔をしているダリィにソールは優しく微笑み、姿を消した。
柔らかい風を纏ったソールはすぐに戻ってきた。
その手に赤い実をもって。
「そ、それは……!?」
傷まないように柔らかな葉で包まれた赤い果実。
忌まわしい記憶を思い出させるその実に、ダリィは思わず背筋を伸ばし、ソールから1歩離れた。
出来るだけ赤い果実から離れたい。が、ソールには近付きたい。
まさに板ばさみ状態。
そんなダリィの心内を知ってか知らずか、ソールは再び掌に文字を綴る。
『今度は大丈夫』 と 『友情の印に』
「友情……」
いまだかつて宝玉にこのような優しい言葉をかけられた事のなかったダリィは、感極まったように胸の前で腕を組み、ソールを見つめた。
余程感激したのだろう。その瞳には涙すら浮いている。
「美味しくいただきますわ」
ダリィは手渡された赤い果実を早速口の中に放りこんだ。
次ぎの瞬間。
「おえっぷ」
ダリィは慌ててそれを吐き出した。
「な、な、なんですの?」
まさかソールに騙されるとは思っていなかったダリィは、手にした赤い果実…蛇苺とソールの顔を見比べて気がついた。
穏やかに優しく微笑んでいたシルフソードが、今にも噴出さんばかりに笑いをこらえていることに。
「な、な〜〜〜っ!?」
いつの間に入れ替わったのか、ダリィに蛇苺を手渡したのは弟の方のソールだった。
端で見ていたジャスティーンと目が合い、ソールは軽くウインクをひとつ。
「あいつが採った『野苺』だ」っと、本体である宝玉と引き換えにジャスティーンの掌に『野苺』を乗せ、そのまま泉へと姿を消した。
あとにはダリィの金切り声だけが残された。
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