『クロゼット』



「ハサハちゃんなら、2時間ぐらい前にご主人様を探して館中を走りまわっていましたよ?」

「お会いになられなかったのですか?」

 養父直轄の召喚師と護衛獣の少女が仲良く首を傾ける。
 最近では見なれてしまったツーショットに、マグナは『今夜の夕飯は豪華そうだ……』とこっそり笑った。
 は元々料理上手であったし、デグレア料理を彼女に教えているキュラーの腕も中々のもの―――――というよりも、彼の作るビーフシチューは絶品であるし、マグナの好物の1つだった。
 だからこそ、もその味を盗もうと熱心に料理を教わっているのだろう。

「いや……俺も館中探しているんだけど……どこにもいないんだ」

 コトコトと蓋を揺らす鍋を尻目に、マグナがテーブルの上に置かれたパンに手を伸ばす。
 戦闘訓練のあとなので、空腹だった。
 そろりと延ばされたマグナの手に、は苦笑を浮かべる。

「もしかしたら、あそこかもしれませんね」

 しっかりとパンを掴むかと思われたマグナの手は、キュラーの手によりピシャリと叩かれた。






「……あ、いた。寝てる……」

 下から黒い袖の覗いているクロゼットを音を立てないように開くと、マグナは中を覗きこんだ。つづいても中を覗きこむ。
 中にはマグナの言葉どおり、小さな少女が安らかな寝息をたてて眠っていた。

「……ハサハちゃん、どうしてこんな所に……」

「以前、マグナ様の子供のころの話をせがまれまして、お話ししたんですよ」

 クロゼットの扉を大きく開くキュラーに、マグナとが場所を譲った。
 明るい光の元、ハサハは黒いマグナの服に包まるように身を丸くしている。
 周りに人が3人もいるというのに、ハサハが起きる気配はない。
 それどころか眠りから覚まされるのを逃れようとするように、ぎゅっとマグナの服を握り締めた。

「……『あの』話?」

「『あの』話です」

 そ知らぬ顔で頷きハサハをベッドに移そうと腰を落としたキュラーに、マグナは複雑そうに眉を寄せてから、キュラーの手を止めた。
 それから自分でハサハを抱き上げる。

「なんですか? 『あの』話って」

 ひとり話の見えないがきょとんと瞬く。
 無垢な濃い茶の瞳に見上げられ、マグナはバツが悪そうに目を反らした。

「うーん……隠すほどの話でもないんだけど……」

 ハサハを片手に抱き、マグナがぐしゃぐしゃと髪を掻く。
 別に隠すような話ではないが、どうにも気恥ずかしい。
 キュラーがハサハに話した話など、子供のころの話であるのに。

「あの、言い難い事でしたら……」

 内緒話をされているようで気にはなるが、本人が話したくないことを無理に聞くことはできない。
 が話を流そうとすると、明らかにマグナは安堵した笑顔を浮かべる。
 そこに―――――

「昔、マグナ様にはクロゼットにこもって寝る癖があったのですよ」

「……癖じゃないよ」

 話のそれる気配を見せたものを、意図的にばらされて、マグナはむっと眉を寄せた。
 その反応を見て、キュラーは苦笑を浮かべる。

「確かに、アレは癖ではありませんね」

 昔。
 それこそマグナがまだ養父に引き取られたばかりのころ。
 マグナは妹を恋しがって、こっそりとクロゼットにこもって泣いていた。
 そして泣きつかれたマグナが、そこで寝てしまうことがしばしばあった。

 その話を聞いたハサハが、真似をしたのだろう。

 マグナが見つからず、館中を捜しまわった後でクロゼットに入りこんだ。
 彼の匂いのする服に包まり、やっと安心したところで疲れが出てきた。
 あとは今のこの状況のとおり。

 マグナに発見されるまで、クロゼットの中で眠っていた。


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