この手の中に |
闇の中、大地に抱かれ1人の王子が眠っている。
背に感じるのは、老樹の温もり。
堅く閉じられたエメラルドの瞳が、ゆっくりと開かれる。
歌が聞こえた。
女性…というよりは『母親』だろうか。
母親特有の、まるみを帯びた柔らかい声音。
子供に歌って聞かせているのだろう。
聞き覚えのある旋律。
……子守歌。
この光も射し込まない自分のテリトリーに響く、不思議な歌声。
普通に考えれば、ありえない事だ。
永い時を生きる者が、歌声の主に興味をもった。
再び瞳を閉じ、歌声を辿る。
……感じた。
懐かしい気配。
微かな……なごり。
それは、かつての自分の抜け殻。
死んでしまった、自分の体。
まだ形を保っていたことにも驚いたが、それを所有している者の容姿にも驚いた。
確かに自分と同じ地の領域の者らしいが…その髪は赤い。
閉鎖的で近親婚を繰り返す、地の一族としては珍しい赤毛。
「こら、ジャスティーン」
歌声が途切れた。
母親が腕に抱き、あやしていた赤ん坊の小さな手のひらを開こうとしている。
「それは母さんの大切な石だから、返して」
もみじのような小さな手のひらに握られた白い石。
母親が亡父から譲り受けた唯一つの物だった。
「ジャスティーン?」
母親はしばらく赤ん坊から石を取り返そうとして……結局あきらめた。
「いいよ。その石、母さんの父さん……ジャスティーンにはお爺ちゃんだな。お爺ちゃんがくれた『特別な石』だけど、ジャスティーンにあげる」
なにしろ魔術師連中が『この世に唯一つの尊い石』とこぞって望んだものだ。
すでに死んでいる石だと言っても、なにかしら『ありがたい効力』があるかもしれない。
「いつかジャスティーンを守ってくれるかもしれないぞ」
冗談めかして笑う母親。
「サーシャ、ジャスティーンは寝た?」
その隣に赤ん坊の父親だろうか、黒髪の青年が立つ。
地の王子は、ゆっくりとその名前を反芻する。
『サーシャ』と『ジャスティーン』
命の輝きの消えた白い石を、今まで大切に所持していた『サーシャ』
そして、それをたった今譲りうけた『ジャスティーン』
再びサーシャの歌う子守歌が聞こえてきた。
王子のテリトリーに響く、まろやかな歌声。
「サーシャのその願い、叶えるよ」
歌声に誘われるように、王子は再び瞳を閉じる。
「子守歌のお礼だ。ジャスティーンは、俺が守る」
どんな気まぐれだろうか。
サーシャの願いを叶えたい、ジャスティーンを守りたい。
その役目は自分の物。
誰にも譲れない、確かな『契約』
自然とそんな気持ちになった。
「だけど、今はまだ……少し眠るよ」
契約を交わそうにも、肝心のジャスティーンはまだ言葉も話せそうにない。
次ぎに目を覚ます頃には、ジャスティーンはどんな子供に成長しているのだろうか。
サーシャと同じ赤い髪を振り乱して走るお転婆だろうか。
それともサーシャの隣に立つ父親のように、静かな少女に育つのだろうか。
どちらにせよ、いい子に育ってくれれば嬉しい。
そんな取り止めのないことを考えながら、王子は深い眠りに落ちた。
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