電子回路


「アルディラさま。私は、壊れてしまったのかもしれません」

 深刻そうな顔――ではないが、どことなくいつもより元気のない声で、クノンが呟いた。

「どうかしたの、クノン? 私には、いつもと変わらないように見えるけど」

 アルディラは椅子に腰掛けたまま、クルッとクノンの方へ向き直って訊いた。

「はい。実はここの所、頭部の思考回路が不自然な熱を持ったり、胸部の中枢制御部がショートしたりすることが間々あるのです」

「……それは気になるわね。ちょっと見てみましょうか」

 アルディラはクノンの背中にある小さなメンテハッチを開けると、手元の端末から伸びているコードを繋ぎ、現在のクノンの状態をモニタに映し出す。

「う〜ん……。特におかしな所はないようだけど……」

 クノンが感情に目覚めたときに一悶着あった事を踏まえて、色々な面でのチェックを行ったのだが異常は見られない。

「そうですか……でしたら、特に気にする事もないのでしょう。お手間をとらせました」

 クノンはぺこりとお辞儀をして、自らの背から生えているコードを器用に外すと、そのままリペアセンターへと向かおうとする。しかし、

「ちょっと待ちなさい、クノン。異常が起こる時の状況を聞かないと、まだ分からないわ」

とアルディラから声をかけられて立ち止まった。

「いえ……特にこれといった状況はありません。その、突発的なものですので……」

(んん?)

 クノンにしては珍しい、ハッキリとしない物言いに、アルディラの眉根が訝しげに寄せられる。

「――クノン。貴方、何か隠してない?」

「――! な、何かとは何でしょう?」

 レックスたちと接するようになって次第に色々な感情らしいものを覗かせるようになったクノンだが、それでもこのような動揺を見せるのは珍しい。
 とそこまで考えたところで、アルディラの脳裏に閃くものがあった。

(そうね、ひょっとして……)

「アルディラさま? どうかされましたか?」

 アルディラが考え込んでしまったのを見て、クノンは首を傾げて主人の顔を覗き込む。
 するとアルディラは、その間近に迫ったクノンの瞳を見つめ返して、どこか人の悪い笑みを浮かべてこう告げた。

「原因はレックスね?」

「……っ」



「申し訳ありません……」

 クノンはあっさりと観念し、事の次第をアルディラに白状した。

「つまり、彼のことを考えると頭がぼうっとしたり、胸がドキドキしたりするって言うのね。
 それが恥かしくて、隠したりしたの?」

 理由が分かってしまえばどうという事もない。アルディラは苦笑しながら、クノンの様子を窺った。

「? いえ、違います。恥かしいということはよく分かりませんが……。
 私が事実を隠蔽しようとしたのは、レックスさまのことが原因で私に異常を来たしたとしたら、あの方に迷惑がかかるのではないかと……」

(なるほど、まだそこまでの感情は分からないか。
 でも、そこまで彼のことを考えてるなんてね……。随分といじらしい娘になってきたものだわ……)

 心なしかしゅんとするクノンを見て、アルディラの苦笑は更に深まった。

「大丈夫よ、クノン。貴方は壊れてなんかいないわ」

「……そうでしょうか?」

 不安そうな様子のクノンを見ていると、アルディラはまだ恋も知らなかった少女時代の自分を想い出す。
 かつての自分自身に言い聞かせるように、クノンに優しく声を掛けた。

「ええ。貴方がレックスを想うその気持ち。
 それはきっと――」

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