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名前というものは誰にとっても大切なモノである。
例えまったく同じ響き、同じ意味を持つ名前の『誰か』がいたとしても、その名前は『自分』の物だ。
『風の宝玉シルフソード』
それが彼の名前だった。
これは特別な名前で、真実この世に唯一つしか存在しない宝玉の名前。
彼のためだけに存在する名前。
けれど、その名前の持ち主は2人いた。
兄と弟、2人の人格に別れた、1人のシルフソード。
宝玉本体である『シルフソード』が2つの分かれて、2つの人格が産まれたのだ。
2人で1人の『シルフソード』
1人なのに、2人の『シルフソード』
「『シルフソード』というのは、宝玉の名前ですよね」
宝玉が主を決めるまでの間、その本体を守護する立場におかれている人間を『番人』という。
大抵は一族で一番の実力者がその地位につく。
今、目の前にたっている少女はその『番人』が連れてきた『主候補』だ。
歳月を重ねれば次ぎの『番人』になるに違いない才覚が感じ取れる。
腕にとまらせた黒い鳥がその証拠になるだろう。
『鳥使い』といわれる、まず滅多に産まれない力と才能の持ち主だ。
「『あなた自身』は、なんていう名前なのですか?」
長い眠りから覚めたような気分。
そんなことを聞かれたのは産まれて初めてだった。
兄の人格が表に出ている時も、弟の人格が表に出ている時も、畏敬の念を込めて『シルフソード』と呼ばれたことしかない。
唯一つの『シルフソード』
2つに分かれた『シルフソード』
それはもう、『世界に唯一つの宝玉』ではない。
しかし、人間が求めるのは『シルフソード』であって、2つに分かれた『世界に唯一つの宝玉』ではない。
2つである事を認められたのは初めてだった。
『シルフソード』と呼ばれてきた少年は、そっと少女の手を取り、掌に文字を綴ろうとして、止めた。
自分の中の変化に気がついたのだ。
今までどちらが表にでていても、必ず自分の中に片割れの存在を感じていた。
弟は邪気を撒き散らす人間を憎み、兄は自分の命を縮めさせる存在の人間ですらも受け入れる心の持ち主。
もとはひとつだったとはいえ、決して交わることはなかった心。
その片割れを、今は感じなかった。
心の中に、誰もいない。
兄が弟に、弟が兄に変わったような気持ちに包まれて。
2つに分かれた心が1つの『シルフソード』に戻るのを感じた。
「あの?」
自分の手をとり考え込むように首を傾げる少年に、少女は戸惑いながら、そのブルートパーズの瞳を覗く。
そして、少女は驚いて目を丸くした。
「俺は『シルフソード』。世界で唯一の『風の宝玉』だ」
穏やかで優しい風を纏いながら、兄の人格の見せる柔らかな眼差しではない。
低く、すこし冷淡な印象を受けるしゃべり方をしているが、人間を拒絶するような弟の眼差しでもない。
「『兄』も『弟』も、同じ名前だ。『ソール』と呼べ」
『シルフソード』は大切なモノを扱うように少女の手を握り締め、その手にそっと口付けた。
魔術師にとって『シルフソード』というのは世界に唯一つの宝玉の名前だった。
その心が2つに分かれ、『その人格』としての名前を持っていたとしても。
けれど、その少女にとっては『シルフソード』と『ソール』は違った。
兄と弟に分かれていても、少女に『シルフソード』と呼ばれる時だけは産まれる前のように『ひとつ』に戻れた。
別人格を認められたからこそ、1人に戻れたのかもしれない。
あの少女は特別で大切。
唯一人の存在。
≪大気の泉≫の中で、ソールはしばらくぶりに目を覚ました。
夢をみていたらしい。
懐かしい、番人の少女の夢。
今はその心すら残ってはいない少女。
再び目を閉じる。
自分の中に、片割れの存在を感じた。
(そういえば、最近も『ひとり』に戻れたな)
以前、赤い髪の少女のために、一度だけ。
番人の少女以外のために、1人の『シルフソード』に戻れたのはアレが初めてだった。
(ああ、そうか。『俺自身』の名前を聞かれたのも、あいつが2人目だった)
人間はやはり好きになれない。
それでも、あの赤毛の少女は嫌いではなかった。
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