『ONE』



 丸くやわらかい。
 優しい歌声に耳を澄ませ、ハサハは息をひそめる。
 そして身を隠すようにしゃがみこんだ。

 聞こえてくるのは優しい旋律。

 漂うのは甘い焼き菓子の香り―――――――っと軽い足音。
 パタパタと足音の主が遠ざかる。

 音を立てないように立ちあがり、あたりを確認。
 先ほどまで綺麗な歌声を披露していた黒髪の少女の背中が見えた。
 が、結構距離がある。

 そろりと他とは離れたところにある焼き菓子に手を伸ばすと……

「こら! ハサハちゃん?」

 まったく怖くはないが、が眉を寄せてこちらを睨んでいた。
 腰に手を当てているのはポーズ。
 『ダメですよ』と言葉には出さずに怒っているのがわかる。

「そっちはダメ。ちゃんとみんなの分も作ってあるんだから……」

「……これは?」

「へ?」

「これは、誰の? ハサハのは、みんなとおなじ」

 一つだけ離れたところにおかれた焼き菓子に、ハサハが未練がましく白い尾を振る。
 お菓子を作る手順を最初からのぞいていたので、材料もすべてほかと同じことは知っていたが、ひとつだけ離れた場所におかれたそれは『特別』であることがわかる。
 そして、だからこそ『特別』美味しそうにも見えた。

 きょとんっと無垢な瞳に見上げられて、は頬を染める。
 それから目を反らすと、ハサハが狙っている『特別な焼き菓子』の乗った鉄板を棚の上に移動させた。
 ですらも背伸びしないと届かないそこは、ハサハには当然手が出せない。

「まっくろくろのおかし。みんなとおなじじゃないのは、誰の?」

「……えっと……」

「誰の……?」

 の白いエプロンの裾を掴み、首をかしげて見上げてくる妖狐は大変愛らしいが、意外に頑固であることをしっている。

 さて、どう誤魔化したものか。

 は移動させた鉄板を睨み、それからぎゅっとエプロンの裾をつかむ妖狐とを見比べた。


■□ 100のお題-TOP □■