選んでいい手段と悪い手段
 取り戻せるものと取り戻せないもの
 一番大切なのは何?
 ちゃんと見極めて行動しなければいけない時がある
 そうしないと取り返しのつかない事になるんだ
 
 今の私のように……




 ++  R.M.T 〜さよならも言えなくて〜  ++




 その日、私は嬉々として二次転職の試練突破の報告を所属するギルドのマスターにしていた。
「リュオが貸してくれた強い盾のおかげだよ!」
「いやいや、ラビリィの実力だよ。よく頑張ったな」
 二次転職に充分なレベルになっても試練が突破できなかった私。
 苦戦していたのは二次試練の相手、審判のトゥースフラワー。
 動きを止める技を使ってくる相手には遠距離からの攻撃が有効だろう。
 だが、兎の私に接近戦以外の戦い方はない。
 毎回動きを止められ、いつもそこで体力が持たずにやられてしまう。
 それを聞いたギルドマスターのリュオは私にHP合成済みで、精錬を重ね防御力も高い盾を貸してくれた。
 おかげでトゥースフラワーを倒し、難関と言われるマダムやリバイアサンも勢いに乗って倒す事ができた。
「じゃあ二次転職できるスキルマスターの庭園に行こうか」
 私の二次転職の日を、リュオも待っていてくれた。
「あ、ハルコン倉庫に預けてるの。取って来るからリュオ先に行ってて」
「了解」 


 私が所属するギルドのマスター、二次龍のリュオと出会ったのはこの島に来てすぐの事。
 コーラルビーチで彼がアイテムアートと呼ばれる技を披露していたのを見かけたのがきっかけ。
 花束やポーションを使って地面に様々な模様を描いていく。
 その光景が初めて見た私には魔法のように思えた。
 もっと見せて!とせがんだのを覚えている。
 嫌な顔ひとつせず、若葉兎のわがままを聞いてくれたリュオ。
 いつしか日が暮れて見ているのは私一人。
 リュオは何度か失敗しながらも私の名前を作ってくれた。
 本当に初心者であった私は記念撮影の仕方も分からずだったけれど
 今でもその時描いてくれたアイテムアートはしっかりと覚えている。

 それから彼を見かける度に話しかけていた事もあり、若葉を卒業した頃にギルドに入らないかと誘われる。
 私は何の躊躇いもなくリュオがマスターを務めるギルドに飛び込んだ。
 少人数ではあったが、それ故のアットホームさもあったこのギルド。
 皆、高レベルのメンバーだった為に肩を並べて戦うといった事はできなかったが
 イベントの度に一緒に掘りに行ったり、何時間もキャンプの中で話したり。
 あたたかい仲間の輪に私はすぐに馴染む事ができた。
「ラビリィがもっと強くなって二次転職もしたら、一緒にスパイシードラゴン倒しに行こうね」
「そのモンスターは強いの?」
「この島で一番強いモンスターだよ。皆でかからないと倒せない」
「その時は全員集合だな。ラビの二次転職祝い&気絶見物会」
「ええっ、倒すんじゃなかったの!?ちゃんとサポートしてよー!」
 そんな談笑もしていた。
 だけど私が二次転職できる強さを身につけるまでの間にギルドは少しずつ変化をしていった。
 時が経つに連れて一人、二人とそれぞれの事情で長い休眠に入ったギルドメンバー達。
 気がつけば島で活動しているのはリュオと私だけになっていた。
 いつか入った頃のような活気が戻ってくれればと願う気持ちはある。
 でも、今の二人きりの状態も寂しくはなかった。
 もっと活気あるギルドに移籍した方が楽しいんじゃないかとリュオは言ってくれた。
 だけど移籍なんて考えた事もない。私の居場所はここだと思っているから。



 リュオと同じ二次職になり、スパイシードラゴンはまだ無理でもそろそろ一緒に狩りに行く事ができるかな。
 助けて貰うのでなく、共闘するのは夢だった。
 銀行から出て、ふと気付く。
「盾借りたままだった!」
 この盾はリュオが先代のギルドマスターから譲って貰ったという盾
 かなりの良合成と何度も精錬を重ねてある盾だ。
 おかげで二次転職の試練を超えられたわけだが、大切なものなので早く返したい。
「いつもの盾にチェンジ、っと」
 普段使っている自分の盾に装備をしなおすと一気に下がるHPゲージ。
 この借りた盾程までとは言わないが、レベルも上がった事だしそろそろ新しい装備を用意しよう。
「そうだ、邪魔なものは捨てておこう」
 気付けばいつの間にか拾っていた余計なアイテムがいっぱい。
 それに加えてハルコンを持った事で所持の限界が近づいている。
 邪魔にならないよう、メガロのドン・カバリアの黄金像の後ろに移動。
 アイテム一覧を確認してどこで拾ったか分からないものをぽいぽい、と周囲に捨てていく。
「……んん?」
 違和感に下を見ると、そこに捨ててあったのはリュオから借りていたあの盾
 そういえば、時として意図したものと違うアイテムを捨てる現象があるらしい。
 大量に捨てる時は気をつけたほうがいい、とリュオにも言われていた。気付いてよかった。
 慌てて盾を拾おうと手を伸ばす、が、その手は虚しく宙を舞った。
「!?」
 盾は近くにいた若葉の子が抱えていた。そしてそのまま遠くへと離れていこうとする。
 しかし若葉には重すぎたらしい。走れなくなってしまったようだ。
「待って!その盾間違えて捨てちゃったの」
 だがその声を無視して去っていこうとする。
「待ってってば!」
 声を荒げ、先回りして前に立つ。
「他の物捨てようとして間違えて捨ててしまったの。返してくれないかな?」
「嫌だ」
 所有権が移ったアイテムを無理に取り戻す事はできない。それがこの世界の仕組み。
「それ私の盾じゃないのよ。盾が欲しいならあなたでも使える盾あげるから」
「別にそんなのいらない。返して欲しいなら金」
 ぴっ、と人差し指と中指を立てる
「2万ゲルダ?」
「若葉だと思って馬鹿にしてる?」
 若葉なのは見た目だけらしい。
 盗まれたものに金を払うなんてと内心怒りで震えているが、持ち逃げされるわけにはいかない。
 ここは理不尽な要求を呑んででも取り返すことが最優先。
 あの盾の価値は露店で捌けるようなものじゃないもは確かだ。20Mはないだろう。
「200M……?」
 今の所持金に銀行に置いてあるお金を足しても少し足りない。
 だがゲルマニウムリングでも売ればどうにかなる金額だ。
 いつかギルドの仲間が戻ってきた時の為にと思い、余分に入手してあったのだ。
 相場の半額程で告知すればすぐに買い手もつくだろう。
「10分程待って。今200M作るから」
「ゲルダなんていらない」
「??」
 さっきお金が欲しいと言っていたのに。
「ゲルダじゃない、リアルのお金って言えば分かる?」
「それって……!!」
 意味を理解して思わず声を荒げる。
 別世界であるリアルのお金を用いた売買はカバリア島で禁止されている行為だ。
 島の運営者にばれてこの島を追われた者が何人もいると聞く。
「それは違法行為よ。それやって追放された人がいるの知らないの?」
「そんなの一部の馬鹿だけだよ。やった事を誰彼構わずにぺらぺら話したような奴だけ」
「そうなの……?」
 若葉らしさなど微塵もないその人物は自信満々な様子で続ける。
「こっそりやればバレないよ。実際に自分が今までに何件も成立させてきてる」
「悪いけどそれはできない。ばれるのが問題じゃないの。私は違法行為なんてやりたくない」
 だったらいいよ、と携帯電話を取り出す。
「他の人に売るだけだね。この盾なら倍値でもすぐに買い手つくだろうし」
「待って!!」
 それは困る。
「お願いだから返して!」
「じゃあ、お金」
「だからそれは……」
「今すぐ決めて。買うか買わないか」
 どうすれば、いい?
 あの盾は何としてでも取り返さなければいけない。
 リュオが貸してくれた、先代マスターから譲り受けたという大切な盾
 だけど違反行為をするわけにはいかない。
「買うの?買わないの?」
 どうすれば……!







「試練お疲れ様」
 メガロポリスのスキルマスターの神殿でリュオは待っていた。
「疲れたのか?表情が暗いな〜」
「ちょっとね……」
 よっぽど暗い顔をしていたのか、リュオは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
 試練クリア時の嬉しそうな様子を知っているのだから当然か。
「……二次転職、明日にするか?」
 私は首を横に振る。
「そうか。じゃあ行っておいで」
 きっと笑顔の私を期待していただろうに、心配させてごめんね……。

 二次転職を終えた私を迎えたのは頭上高く打ち上げられる淡いホワイトスノーや鮮やかな夜光花
 地面に敷き詰められた花束や宝石、ちょっと変わった所では桃色の可愛いヤムの毛玉。
「何でヤムの毛玉?」
「二次転職したらピンクに染髪するって言ってたから、何となく混ぜてみた」
 一次転職して暫くした後に、リュオに雑談交じりに話していた事だ。
 そんなの覚えていてくれたんだと少し嬉しくなった。
「ここは他の人が転職に来るかもしれないから、場所移動しよう」
 そしてメガロの外れで行われるのは、この日の為にとマスターが用意してくれていたアイテムアート
 薔薇で描かれる文字は
「祝!」
 薔薇をこれだけ集めるのも、アートも大変だったんだろうと分かる。
 気付けば周囲には何かをやっているなと気付いた人達が集まっていた。
「この子の二次転職お祝いなんです」
 リュオがそう言うと皆、おめでとうと声をかけたり花火を打ち上げてくれた。
「お祝いに10ゲルダクーポンを200枚あげよう。全部消費しても2000ゲルダだ!頑張れ!」
「合成したてのハニーレモネードをどうぞ。自信作よ!……ポールのね」
 その和気藹々とした光景に一瞬、ギルドの皆が揃っていた頃が頭を過ぎる。
 もしも今も皆があの頃のようにこの島にいたら、こうして祝ってくれたのかな。
 だけどリュオが、初めて出会う人達が祝ってくれている。
 充分すぎる程に私は幸せだ。
「リュオも皆さんも、本当にありがとう!」


 メガロを後にして、リュオと二人カルバイガルの喫茶店。
 さっき貰ったハニーレモネードとビスケットで雑談しつつの休憩。
 そうだ。これを渡しておかないと。
「これ……ありがとう」
 借りていた盾を返す。
「この盾のおかげで試練突破できたんだよ。本当にありがとう」
「役立ったのなら良かった。また貸すからいつでも言ってくれよ」
「うん……」
 大切な物を返して一安心。
 珍しく誰も来ない喫茶店の中で二人の会話は続く。
 次第に話はギルドの事へと移っていった。
「このギルドもラビリィ以外は来なくなってしまったよな」
「そうだね……。でもリュオがいつもいてくれるから寂しくはないよ」
「俺もラビリィは変わらずにいてくれて本当に嬉しいんだ。
 もう少しレベル上がれば一緒にパーティクエストもできるようになる」
 リュオと一緒に戦う。それは初期の頃からの夢のひとつだった。
 その夢が叶うのだろうか。
「これからも一緒にこの島で冒険しような」
「リュオ……」
 私もずっとこの島で一緒に冒険がしたい。
 そう言いたかったのに

――できると、思っているの?――

 心の中のもう一人の私の問いかけが胸を締め付ける。
 言いたかった言葉は喉の奥で詰まって発する事はできなかった。







 今日も島に無事に降り立てることに安堵する。
 よかった。まだここにいられる。
 それはあの日、二次試練を突破した日から消える事のない恐怖。

 別世界のお金でこの世界のアイテムを買うという違反行為を犯した日。

 もしもバレてしまったら、まずは警告が来るのだろうか。
 それとも突然島に入れなくなるのだろうか。
 どちらにしてもその先にあるのは永久追放。
 違反行為の内容によっては永久ではなく、一定期間の追放もある。
 だが通称RMTと呼ばれる私の違反行為は物や金額に関わらず永久追放にあたる罪。
 嫌だ……!
 どうして私はあんな事をしてしまったのだろう。
 後々よく考えれば、やりとり自体を通報するという方法もあったのではと思う。
 急かされて違反行為を自分も犯した以上、もうそれはできない。
 それをすれば私も追放は免れないだろう。
「嫌だ……よう……!」
 誰に相談する事もできない。一人胸を痛めるだけ。

 怯えながらも変わらぬ日々は続いていく。
 このまま何もなかったかのように過ごしていけるのではないかと思える程に。
 そう、これだけ時間が経過して何もないのだからバレなかったんだ。
 単純なもので、時の経過と共に恐怖は薄れてゆく。
「強くなったな。ラビリィ」
「もっともっと強くなるよ!いつかリュオを越えるんだから!」
 私は他の人のように、楽してゲルダを手に入れたいとか強くなりたかったんじゃない。
 元々自分が持っていた物を自分の意思とは無関係に落として奪われて、取り戻す為に仕方なくやったんだ。
(「きっと大丈夫。大丈夫だよね……」)
 明日も明後日もこの先もずっと変わらずにこの島にいたい。











 審判の日は、突然訪れた。











『あなたの島への立ち入りは永久禁止されています』












 暗闇の空間。もうこの声は誰にも届かない。
「い、や……」
 今日はリュオと約束をしていたんだよ。
 久しぶりに一緒に露店見て回ろうねって。
「いれて……お願い……」
 私が行かないと、ずっと待たせたままになってしまうんだよ。
「あと1回だけでいいの。リュオに伝えなきゃ……」
 もう二度と会えないのなら、せめて最後に伝えたい。
 ありがとうと、さよならを。
「メモだけでもいいから、だから、お願い……」
 目の前の壁は重く塞がったまま何も答えを返さない。
『永久追放』
 それ以外の答えを返さない。

「……いやああああ!!」










「二次転職した日から様子がおかしいとは思ってたんだ」
 他ギルドでマスターを務める友人にリュオはぽつりと呟く。
「あのお気に入りの兎ちゃんか?何かあったの?」
 いなくなった、と一言。それから少し間を置いて付け加える。
「ギルドからだけじゃない。この島の住人登録からも名前消えてた」
「完全に島から出たのか!?……思い切った事したもんだな、それは……」
 島に来なくなっても住民登録だけは置いておく人が多い。
 リュオが二人きりのギルドを解散しないのも、登録が残してあるメンバーの為でもあった。
 もちろん一番の理由は、ラビリィがまだいてくれたからだったが。
「賑やかなお前のギルドと違って二人きりじゃ、できる事も限られてる。
 もしかしたらラビリィはもっと賑やかなギルドに行きたかったのかもしれない。
 優しい子だから、言えなかったのかな」
「リュオ……少なくとも俺には、あの子はお前といて楽しそうに見えたよ」
 だったら良かったんだけど、と大きくため息。
「あの子が二次転職した日にさ、これからも一緒に冒険しようって言ったんだ。
 それ以前にも同じような事を言った。その言葉が重荷になっていたのかもしれない……」
 そんな事ないだろ、との言葉も今のリュオには気休めの慰めにしか思えなかった。
「マスターとして新しい子を積極的に勧誘して、昔のような活気を取り戻すよう努力すべきだった。
 でも俺はラビリィがいれば充分に楽しかったんだ。
 動いているのが二人だけのギルドに新しい子を誘うのは申し訳なくもあったし……
 ごめん。これはラビリィの事を考えてない甘えた考えだ」
 今更気付いてももう遅いんだけどな、と自嘲気味に笑う。
「急いで島を出ないといけない事情があったんじゃないのか?」
「そうだとしても……何も言わずにいきなり島を去られていたのは、正直きついよ。
 もう理由を聞くことさえできない、見送る言葉さえ伝えられないんだから……」










――私、ずっとマスターのギルドにいたかった

  マスターに会えて、マスターのギルドで楽しい時間過ごせた

  二人になった後もそれは変わらなかった

  「これからも一緒にこの島で冒険しような」
   
  あの言葉が凄く凄く嬉しかった

  だけどもう、何ひとつ伝える事もできないんだね――


 時間が戻せるなら……違法行為をする私を止めたい。
 もう一度カバリア島に入りたい。


『ラビリィがいるから、俺もまだこの島で冒険を続けようかと思えるんだ』


 本格的に二人きりのギルドになった、あの日の言葉が蘇る。
 もしもあの時、この言葉を思い出せていたのなら追放されるような無茶はしなかったのに。

 リュオは大切な盾を奪われたと言っても許してくれただろう。
 それどころか、違法行為を犯さなくてよかったと言ってくれただろう。
 どうしてそんな当たり前の事が分からなかったのか。
 1年間、若葉の頃から私を見守ってくれていた人なのに。
「馬鹿だ……本当に馬鹿だ私っ……!」
 泣いても叫んでももう時間は戻らない。


「会いたいよ……リュオ……」



 一人きり、暗闇に落ちて響く言葉は誰にも届かない。


 もう二度と、届かない。



 



戻る