++ 消えない姿、消えない声 ++




 頭にはドラゴンの羽飾り、走れば揺れる尻尾、手にするは赤い宝玉の杖。
「ただいま」
 誰にともなく口に出す。
 ここはリアルの事情で長く訪れる事ができなかったカバリア島。
 リュエルにとっては最悪、入ったばかりのギルドの強制脱退も覚悟の上での来訪であった。
 メガロのあちらこちらに開かれているのは魅力的な誘い文句を掲げる個人露店。
 その中央に聳え立つは趣味の悪い創始者の黄金像。
 離れる前と変わらぬ街の姿にどこか安堵する。
 それから恐る恐る自分の名前がまだギルドメンバーに残っているかを確認。
「あった……」
 ほっと胸をなでおろす。
 だがそれも束の間。
「あれ?」 
 見間違いかと思いメンバー人数を見直す。
 ……見間違いではない。
「何でこんなにメンバー減ってるんだ?」
 30名前後いた筈のメンバー数は1桁にまで減少していた。
 よく見ると残っているメンバーの最終来訪日はリュエルよりも前。
 そうでないのはギルドマスターの二次猫ミィと、同期にギルドに入った基本狸のラークだけ。
 何度も会っているメンバーの名前は綺麗に消えていた。
「俺がいない間に何があったんだ……?」
 一人や二人なら自分がいない間の引退やギルド脱退もありえる。
 人員整理のために長期不在者の強制大量脱退というのもギルドによってはあるらしい。
 だが頻繁に活動していた者ばかり20名以上だ。自然におきたとは思えない。
「ミィさんかラークいないのかな」
 考えたって答えは出ない。誰かに聞きたい。 
 暫くしてメンバーが来た知らせの音が鳴る。
『ギルドメンバー ラークさんが接続しました。』
 丁度同じメガロにいたらしく、話しかけるよりも前にリュエルの前に駆けつけて来た。
「久しぶり。ラーク」
「リュエル!お前大丈夫だったのか?」
「??」
 尋常ではない問いかけ。やはり自分のいない間に何かあったのか。
「俺は忙しくてカバリア島に来れなかっただけだよ。一体何があったんだ?」
「じゃあ本当に何も知らないんだな。よかったよ」
「ギルドで何があったんだ?」
 ラークは周囲を見渡し、木の陰に入室二人制限のテントを建てた。
「この中で話そう」
「分かった」
 ただならぬ様子に嫌な予感を覚えながら、リュエルはラークに続いてテントに入っていった。

 物の無い簡素なキャンプ内。二人は適当に座る。
 そうしてラークは語り始めた。
「ミィさんのストーカーのせいなんだよ」
「ストーカー?」
 予想もしていなかった単語の出現に思わず聞き返してしまった。
「リュエルが来なくなって数日後からだったかな。
 俺は全然知らない奴だったんだけど、昔このギルドに在籍してた奴なんだって」
 何でもそのストーカーは過去に強制追放をかけた相手。
 その理由はギルドメンバーへの態度や暴言。
 当時から彼女に執着していたらしく、仲の良い相手に嫌がらせをしたらしい。
 ギルド追放後は姿を見せる事が無かったので安心していたが、数ヶ月経過した今また現れたのだ。
「ミィさんのイン率が減ったら、このギルドのメンバーに聞いてきてさ。
 ミィさんに付きまとうなって注意した人は昔と同じ執拗な嫌がらせを受けたんだ」
「……何だよそれ」
「ミィさんは精神的にかなりやられて、……引退を決めた。
 最初はギルドは存続させてギルドマスター交替って話もあったんだけど
 ギルドに嫌がらせして来そうだから解散した方がいいって話になった」
「なんでたった一人の変な奴の為に引退とか解散までしなきゃいけないんだよ!俺は納得できない!」
「リュエル!」 
 怒りの感情のままにキャンプを飛び出す。
 在籍して長くはないが、皆が仲良くいつも笑い声が溢れるギルドだった。
 イベントも頻繁に計画して、ミィさんを中心に成功させてきていると聞いた。
 自分の歓迎会もとても楽しいものだったから、きっと他のイベントも同じように素敵なものなのだろう。
 今度のイベントの時は勿論自分も協力するつもりだった。
 一緒に狩りも雑談ももっと楽しめる筈だった。本当に理想的な最高のギルドだと思っている。
 それがたった一人のストーカーに壊されるなんて許せなかった。
 



 PT掲示板に書き込みを行う。
『ミィさんきてください』
 もしもそのストーカーが今カバリアにいるなら、きっと反応する筈。
 1分後、元ギルドメンバーの一人からの1:1会話が届いた。
「リュエル!もしかしてギルドの事何も聞いてないのか?」
 どうやら事情を知らずにPT募集を出したのかと心配されたらしい。
「聞いてるよ。だからそのストーカーにはっきり注意してやるんだ」
「馬鹿な事はやめておけ。あいつに関わるな。嫌な思いするだけだぞ」
「……もう遅いです。申請、来ました」
「なんだって……深く関わらずに誤魔化しておくんだぞ!忠告したからな!」
 心配してくれているのにごめんなさい、と心の中で呟く。
(「それでも俺は許せないんです」)
 PT申請受理と共にその人物は現れる。
「はじめまして。ミィさんじゃなくてごめんね」」
「いえ……」
「受理してくれてありがとう」
 思っていたのと違う態度。
 もっとミィさんとどんな関係なのかとか聞かれると思ったのに。
 本当にこの人なのだろうか……聞いた名前と一致するからこの人なのだろう。
「最近ミィちゃんいないみたいなんだよね。どうしたんだろう」
 名前が出る。そんなに執着もなく、話のタネに聞くかのような調子で。
 だがその目はリュエルの一挙一動を見張るかのようなものに思えた。
「あなたが……」
「うん?」
 怯みかけた心に鞭を打って次の言葉を紡ぐ。
「あなたがミィさんやギルドの人達に迷惑かけてるからだと聞きました」
 相手は顔色ひとつ変えない。
 おそらくリュエルの方が動揺を見せていた事だろう。
「そうか、君はミィちゃんのサブキャラだろ?」
「は?」
 今の話聞いていたのか?と問い返したくなる話の飛び方に次の言葉が出てこない。
「見た所レベルも低そうだもんね。それに今までに見た事のない子だ。
 今更はじめて見る子でこんな行動取るなんて凄くあやしい」
「それは事情で長くここに来れなかったからで……」
 相手は笑顔でぽんぽん、とリュエルの肩を叩く。
「サブ育成してたのなら教えてくれればいいのに。協力するよ。
 クエスト品集めようか?それともモンスタークエストする?
 何ならPT組んでるし経験値吸わせてあげようか。それが一番早いよね」
 相手はリュエルの話など無視して1人で喋り続ける。
「待ってください!俺はミィさんのサブじゃない!」
「誤魔化したって分かるんだよ。私は誰よりもミィちゃんの事知ってるんだからね。
 先月のブログで『新しい仲間が増えました』ってタイトルの記事に書いてた子でしょ?
 サブの子なのに他人のように入れるなんて流石に気付けなかったよ。
 私はね、ブログも毎日最初から全部見てる。君を写した写真だってもう1000枚超えてる。
 まだギルドにいた頃のだよ。覚えてる?あの頃は楽しかったよね。
 会話も全部記録してさ、実際に声に出してみたりしたんだよ。笑う?
 それだけ常に君のことだけを想っているって事なんだよね」
「あんたおかしいよ……何言ってるんだ?」
 触れてはいけない種類の輩に触れてしまった。
 ようやく理解してももう遅い。 
「私が、君を一番想ってる。一番の理解者なんだよ。
 ああそうか、私が気付くか試したんだ?可愛い所あるなぁミィちゃん
 今まで気付けなくてごめんよ。私もまだまだだなぁ」
 その手が逃すまいとするかのようにリュエルの腕を掴む。
「わけの分からない事言うなよっ!やめろっ……」
 
 ――悪夢の日々はこうしてはじまった。


 島に降り立ち数分後には居場所を突き止められて傍に来る。
 移動速度アップアイテムを使っているのか絶対に逃げ切れない。
 捕まって毎回同じ話。
 ミィちゃんはどこまだ来ないの?会いたいよたまには代わってよ。
 だから育成なら手伝ってあげるって言ってるのにどうして拒否するの?
 どこに逃げても無駄だよだって私はずっと君を探しているんだからね。
 もう帰るの?またね。ここで君の帰りを待っているよ。早く帰ってきてね。
 ……その繰り返し。
 巻き込むかもしれないと思うと誰かに会って助けを求める事もできない。

 あんなに楽しみにしていたカバリア島への再来。
 それが今では怖い。あの名前を見ただけでこみ上げる吐き気。
 自然に溢れてきそうになる涙。
 いっそこのまま姿を消してしまおうか?
(「でも、せめて一言ミィさんや皆に別れを告げたい……」)
 それでも現れるのはいつも、一番会いたくない相手なのだ。


「俺はミィさんじゃない。ミィさんじゃないんだよ……」
 無駄と知りつつ何度目になるかも分からない否定の言葉を吐く。
 それでも話が通じず勝手な語りが始まって頭痛がした所で今日も落ちるのだろう。
 だが今日は違った。
「……君がミィちゃんじゃないのならさ、早く助けてってミィちゃんに言って」
「え?」
 ストーカーはにやりと笑う。それは今までに見せた事のない表情。
「ミィちゃんは優しい子だから、仲間の危機は放っておけないんだ。
 だから君がミィちゃんでもそうでなくても、ミィちゃんは来てくれる」
「!!」
 あはははははは、と狂ったように笑う。
 そうして狂気に満ちたその目をリュエルへと向ける。
「頭いいだろ?さあどっちどっち?君はミィちゃん?それとも別人?
 オレが欲しいのはミィちゃんなんだよ。
 だから幾らだって君を苦しめる事はできるんだ。
 ミィちゃんに会う為なら何だってできるんだ!
 ミィちゃんを誰よりも愛しているから!あはははは!」
 項垂れるリュエルの顎を掴み強引に視線をあわせる。
「そろそろさあ。温厚なオレでも我慢の限界なんだよね。
 今度は痛めつけてみようかな?優しく言ってもミィちゃんを呼んでくれないみたいだしなぁ。
 プレイヤーバトルって知ってる?二人で好きなだけ戦えるんだ。
 でもリュエル君は弱いしなぁ。一撃で気絶されちゃあまり痛みも感じないかな」
「……」
「それともメガロの中心に行ってオープン会話で苛めてあげる方が堪えるかな?
 二度とカバリアに来れなくなるような事を言いふらしてみようか?
 だけど去る前にミィちゃんは必ず呼ぶんだ。それがお前の役目なんだよ」
 最早何を言っているのかも分からない。
 聞こえるはずの言葉なのにノイズが混じって聞こえない。
 理解しない方がいい内容なんだ、と頭のどこかで理解する。
 その代わりに先程の高笑いが聞こえてくる。目の前の人物は笑ってなどいないのに。
「本当に何も分かってないような顔してる。いいけどね」 
 ぐい、と腕を掴まれ遠ざかりかけていた意識が戻される。
「あっ……」
 弱弱しく抵抗するも力の差は歴然としていた。
 何をされてしまうのか……心臓が恐怖にばくばくと大きな音をたてはじめる。
「お願い、やめて……」
 己の意思とは無関係に引きずられ連れて行かれる。
 どこへ?分からない。周囲の景色が歪んで見えない。
 心臓の音が大きすぎて何も聞こえない。
 掴まれた腕が痛い。それしか分からない。

「ミィちゃん!」
 急に自分の腕を掴む力が弱まる。
 急いでその手を振り払い身の自由を確保したが、再度掴まれる事もなかった。
 ストーカーの意識は目の前に現れた女性に奪われている。
「ミィさん……?」
 久しぶりに見るギルドマスターの姿であった。
 だけどその雰囲気は以前のものとは違っていた。
 いつも笑顔で皆を和ませていた彼女とは別人のような無表情。
 怯えるでも怒るでもなく、そこにあるのは『諦め』

 最初は彼女に会ったら、ストーカーなんかに負けないでと伝えるつもりだった。
 付きまとわれるようになってからは、ただ別れの言葉を伝えたいと思った。
 そして今、その姿を見て伝えられる言葉は何も思いつかなかった。

「ミィちゃん!会いに来てくれたんだね!」
 自分を散々苦しめるストーカーの言葉にも表情ひとつ変えない。
「どうしたの?ミィちゃん怒ってる……?」
 その様子にさすがのストーカーも動揺を見せた。
「この子をミィちゃんと間違えたから?ごめんよだって君が悪いんだ。
 私の前から黙って姿を消すからだよ。もうどこにも行っちゃ駄目だよ。
 ミィちゃんが私のものになってくれるならこの子にはもう何もしない。
 だからミィちゃん。これからはずっと」
「2日後にギルドは解散します」
「ええっ」
 事務的な言い方にストーカーはうろたえる。
「そうなんだ。でもまさか引退するなんて言わないよね?
 だったら代わりにこの子をめちゃくちゃにしちゃうよ」
 反射的に睨まれたリュエルの肩が跳ね上がる。
 それにも彼女は動じる事なかった。
 淡々と、おそらく最初から決めていた発言内容を続ける。
「ギルド解散後にこのキャラは消します。後はこの名前でご自由にキャラを作って下さい」
「は!?何言ってるんだよミィちゃん!!」
「あなたの望みどおりに、このキャラをあげるという事です」
「違う!オレが欲しいのは名前じゃなくて!!」
 ギルドが解散されました。
「あ……」
 ミィとリュエルの名前表示の上にあったギルド名が消えた。
「嘘だろ!?ギルド解散しちゃったの?ミィちゃん待ってそんなの駄目なんだ!!」
 そうして、彼女は別れの言葉ひとつなくカバリア島から姿を消した。
「ミィちゃん!!……存在しない名前?嘘だ……嘘だよ嘘だああああ!!
 何でだよ待ってよミィちゃああああんん!!」
 呆然とするリュエルとは対照的にストーカーは頭を抱えて暴れだす。
 そしてまるで後を追うかのように姿を消した。
 
 






 それ以来、リュエルの前にストーカーが現れる事はなくなった。
 リュエルを通じて追うことを諦めたのか、カバリア島に戻ってこなかったのか。
 ……或いは今でもリュエルを探しているのか。
 それは分からない。
 何故なら「リュエル」も既にこのカバリア島にはいないからだ。


『これで逃げて下さい。助けられなくてごめんね』
 ネームチェンジデバイス。名前を変更するアイテム。
 リュエルにミィから届けられていた2980Pもする高額MSアイテムだ。
 名前を変えれば、もう探される事はなくなる。
 ラークから届けられている筈と教えられ、即座にリュエルはそれを使用した。
 二度と会いたくない、逃げたい。その一心で。


「リュオ!」
 新しい名前で彼を呼ぶのは、その教えてくれた当人。
「ラークか。新しいギルドには馴染めたのか?」
「ああ、このまま居座るつもりだ」
 ギルド解散後、ラークは新しいギルドへの体験入団をしていた。
 そしてどうやらそのまま入る事にするようだ。
「今のギルドはいつも賑やかで楽しくてさ。雰囲気が凄く似てるんだ」
 以前のギルドに、とは言わなくても通じる。
「お前も来ないか?」
「俺はいいよ」
 ラークの表情が少し曇る。
「……ギルドに入らず、ソロで行くつもりなのか?」
「いや……ちょっと考えてる事があるんだ」
「そうか。引退はしないよな?」
「しないって……っ!!」



 強張る体。横を通り過ぎたのはあの、二度と会いたくも無い人物。



 ……ではない、見た目が似ているだけの別人。
「違った……」
 全身の力が抜けてしゃがみこみそうになる。
 あのストーカーと似た見た目の人物を見つけると今でも凍り付いてしまう。
「リュオ?」
「ごめん。何でもない」
 例えこの世界にまだあいつがいて、自分を探していたとしても名前を変えたからもう捕まらない。
 急いで一次転職までレベルも上げて見た目も完全に変えた。
 頭では分かっている。だけど染み付いた恐怖を拭うにはもう少し時間が必要らしい。
「リュオ、何かあったら今度は隠さないで誰かに相談しろよ。勿論俺でもいいんだからな?」
「ありがとう」
 リュエルの様子がおかしい、とギルド解散の為に来たミィに話したのはラークだと後で知った。
 そんな彼と同じギルドに入るのも悪くはないと思う。
(「でも俺にはやりたい事があるから」) 
 まだ誰にも話すつもりは無いが、自分でギルドを作りたいとリュオは考えていた。
 あんなおかしな輩が入ってこないよう自分でちゃんと管理をしたい。
 少人数でもいい。安心してカバリア島で遊べる仲間達でギルドを作りたい。
 
 そうして今度こそ何の不安も怯える事もなく、楽しくカバリア島で遊ぶんだ。

『本当に逃げられると思ってるんだ?あはははは』

「うわあっ!!」
「リュオ!?」
 耳をおさえて蹲る。いる筈のない聞こえる筈のない声が追ってくる。
 あの笑い声が、ほんの少し前向きな事を考えただけで襲ってくる。
「……リュオ、ここに、あいつはいないから」
「分かってる。分かってるんだ……」
 震える肩が治まるまで、ラークは何も言わずにリュオの隣に座っていた。
「今のお前を一人で放っておくのは心配なんだよ。
 それなら落ち着くまでここを少し離れた方がいいんじゃないかと俺は思う」
 ラークのいう事は最もだ。
 今の自分は間違いなく心を蝕まれている。
 
 だけど。

「今離れたら、二度と戻れなくなる気がするんだ……」

 それはカバリア島への執着からなのか
 自分を苦しめた相手に対する僅かな反抗の現われなのか
 それ以外の何かなのか

 今のリュオにそれを判断するだけの余裕はなかった。


 



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