「いってらっしゃい」
1人目と2人目の本稼動キャラに見守られカバリア島へと降り立つ。
3番目に作られた若葉の狐。
ひとときだけの命をその身に宿して。






ーいつかのハニーレモネードー





スタート地点である船に降り立ち、猿から小切手を奪い後は早々に脱出。
全て聞いて知っているから迷う事はない。
チュートリアルでは持てる限りのみかんを買ってたまごも頂く。
が、みかんは店に売れなかった事に気付く。不覚。

暑さで倒れそうだという少女の依頼を放置し、
本稼動キャラより投げ渡して貰った携帯電話で速攻火山へと向かう。
二次転職を済ませた人達ばかりのタバスコ火山。
明らかに浮いている若葉マークの私。
でもそんなの関係ねえ。
レベル三桁の敵ばかりのこの地では初心者装備の私などまさに
某芸人と同じ裸にパンツのみのようなものだ。
この帽子も剣も盾もペットも単なるお飾り。
そもそも課金装備であったとしても若葉が生き抜ける場所ではない。
生き抜くつもりもない。
この何となく少しだけあげたレベル7の時点で所持極。戦闘意欲はゼロ。
私には二次転職どころか若葉マークを超えるだけの未来もない。

この生は調査のためだけ、仮初のものなのだから……。




人の多さで知られるタバスコ火山、溶岩道。
強そうな装備に身を包んだ人たちが敵を次々と薙ぎ倒している。
だが、私のやるべきことはただひとつ

目の前の放置されたアイテム・金・アイテム・金

拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾拾

他者が敵を倒して得たアイテムやお金を奪う。
そういった行為を行う人は一般にルーターと呼ばれ、嫌う者も多い。

気絶による経験値減少なんて怖くない。
何度でも蘇って拾う。時々アイラ(店売り)
周囲の狩りをしている人達からの冷えた視線。当然だって分かってる。
落ちているアイテムに一目散に駆け寄り拾って、
落ちている金に手を伸ばした瞬間に背後からの一撃で気絶。
そんな気絶とルートの繰り返し。機械的作業。次第に心は死んでいく。
空虚になりゆく心とは反対に貯まってゆく金。
気付けば手元には幾ばくかのお金が貯まっていた。

若葉でこの金額を手にする事態はありえなくはない。
仲間から貰ったり、こつこつ自力で狩りや露店をこなしたり…。
だが私はそのどれでもない。
ハイエナの真似で集めたお金だ。


汚れた…お金



本稼動キャラに1時間の成果を報告。
溶岩道での若葉キャラのルート行為を見ていた彼女が
実際どの位貯まるのだろうかと気になったのが私の誕生したきっかけなのだ。
そして今、その目的は達成された。私の仕事は終わった。
私に残された未来は抹消ただひとつ。
……どうしようか。
貯めたお金は好きにしていいと言われた。
頑張ってレベル10まであげて、銀行に預けておけば次の私の大きな蓄えになるだろう。


でもこんなお金はいらない……。



今はただ、誰もいない場所に行きたい。一人になりたい。






誰も居ないメガロの森の隅でドリルをしてみた。
はじめての発掘で出たのはハニーレモン
自分で掘って、手に入れたはじめてのアイテム
確かこのアイテムは合成すればハニーレモネードができた筈だ。
生まれ変わったら作ってみようかな。
…もしも生まれ変わるとすれば、私はどのキャラとして生まれるのだろう。
別のキャラになるのだろうか。
鍛え上げられた拳で戦う牛や兎、攻撃や回復の魔法を唱える龍や羊
合成と掘りのエキスパートな獅子や狐、皆を守る盾となる狸や猫……。

そんな考えに没頭していた私を引き戻したのはドリルの音。
気付けば近くで二次転職を済ませた狐さんが掘りをしていた。
次々とアイテムやクーポンが発掘されてゆく。
さすが掘りの本職といった所か。
見事なドリルさばきに見とれていると、突如その動きが止まる。

「欲しいの持っていっていいよ」
「え」
まさか話しかけられるとは思ってもみなかった。
ましてや、持っていっていいと言われるなんて。
特にそんなつもりはなかったのだが、何か欲しがっていると思われたらしい。
どうしよう。断ると逆に悪い気がする。
思わず目に留まったのは先程自分が掘ったもの。
「ハニーレモン貰っていいですか?」
鮮やかなオレンジ色のハニーレモン
「いいよ」
「ありがとうございます」
地面に落ちているハニーレモンをひとつ拾い上げる。
「それ1つだけでいいの?」
首を傾げられてしまった。
確かに数ある中でこれを、しかもひとつだけ選ぶなんて疑問に思うだろう。
でも何て言えばいいのだろう。
「ええっと、このレモンの色が好きだから……」
「色?」
咄嗟にしたってもう少しまともな理由思いつけなかったのか。
ああ、笑われてる。俯いても肩の震えが隠しきれてないよ。
笑いのツボを突いたのか狐さんは10秒近く笑い、ドリルを外してその場に座り込んだ。
どうしようかと立ちすくんでいたら、あなたも座ったら?と声をかけられる。
少しの逡巡の後、私もその場に腰掛けた。
「そっか。色がいいんだ」
「は、はい。この日に照らした斜め45度からの角度がたまらないんです」
「細かい!」
また何を言っているんだろう私。
どうやら私は焦るとおかしな事を口走ってしまうらしい。
また笑われた。だけど……楽しい。
「あーおかしい……って、笑っちゃってごめんね」
「いえ、笑って貰えて嬉しいです」
「芸人キャラ志望?」
「違います!……自然と口走ってしまうみたいなんです」
「天然なんだ。貴重ね!」
「貴重ってなんですか!」
天然は貴重よステータスよと捲し立てるその勢いに、よく分からないけどおかしくて私まで笑った。
若葉マークの私に狐さんはいろいろと教えてくれた。
今この世界は大きな変動の最中だとか、イベントのお話。
それは本稼動キャラに聞いて知っている事も多かったけれど
私はうんうん、と頷いて時折疑問に思った事や賛同の言葉を返す。
気があっているように思えるのは私だけじゃないよね。
「やっぱりあなたいいわ。うちのギルドに入らない?」
「え?」
ギルドマスターしてるんだ、と狐さんは言う。
「個人的にあなたが気にいっちゃった。
 人数はそんなに多くないけど、皆面白くて優しい人達ばかりだし
 あなたの天然ボケも磨いてあげられるかも?なんてね。
 ……よかったらこれから先、私達と一緒に冒険しない?」

その言葉に現実へと引き戻される。
……ああ、この人は知らない。
私が今まで何をしていたのかを。だから誘ってしまえるのだ。
ルーターとして生まれ、疎まれ、もうすぐ消える私なんかを…。

「ごめんなさい……」
それが精一杯。
「そっか。謝らなくてもいいよ。無理言っちゃってごめんね」
急に声のトーンが落ちた私を狐さんは困ったように慰めようとしてくれる。
この狐さんがマスターを務めるギルド。きっと素敵なギルドなんだろうな。
「本当ごめんね。困らせるつもりはなかったんだ」
私のほうこそ困らせるつもりなんてなかったのに。
こんな優しい人にまで迷惑をかけてしまった……。
「そうだ!」
無言で俯いた私にハニーレモネードが渡された。
「ハニーレモンを合成したらこれができるんだ。甘くて美味しいよ」
小瓶の中、お日様色の透き通った液体。
鼻元に近づけると微かにハニーレモンと同じ、甘い香りがした。
「幾つか作った中でも一番の自信作!……って、作ったのはポールなんだけどね」
確かにそうだ。思わず噴出してしまった。
「笑ってくれたね」
同じ狐だし、あなたも成長すれば失敗なく作れるようになるよとの言葉に
泣き出しそうになるけれどぐっと堪える。……私、頑張った。
そんな私を見て安心したのか、狐さんは立ち上がる。
「お互いこの島で楽しく過ごそうね」
「はい」
そして狐さんは去っていった。



自分だけになった静寂の森。気付けばあたりは闇に包まれていた。



再びドリルを手にとり無心で掘りを続ける。
続ける…つもりだった。
だがその手のドリルは思うように動かない。
「あ、れ……?」
滲む視界。
手の甲に落ちた涙に自分が泣いている事を知った。



この世界で冒険がしたかった。
ゆっくりとブルーミングコーラから話を進めたかった。
順当に町を回って、クエストをこなしたかった。
パーティーを組んでみたかった。友達を作りたかった。
私を選んでくれた狐さんともっと話がしたかった。

……あの狐さんのギルドに入りたかった。


「っ……うわあああん!」

誰とも関わらず生まれ消えてゆく筈だったのに。
自分はデータを得る為だけのひとときの消えゆく存在
それだけなのに。それ以上のものは必要ないのに。



誰も居ない森で涙が枯れるまで泣いた。











LV10、――を削除します











キャラ3人目の部分に今は誰の姿もない。
数時間で消えた彼女を覚えている者もおそらくいない。

それでも銀行の中でお日様色のレモネードは待ち続ける。
姿も名前も変わるであろう彼女が戻るその日まで……。






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