+++ 嗚呼、聖なる夜かな +++




「実は先日彼女が出来てさ。抜け駆けみたいな形になってごめんな!」
「クリスマスはちょっと予定入っちゃってさ…約束してたのに悪い!」
 
 固き独り身同盟の絆で結ばれていた友人達は彼女持ちと言う名のリア充へと転職し、残されるは俺一人。
 かねてよりの計画であった『クリスマス中止記念鍋パーティー』は一人で決行?

「できるかあああああ!!!」

 恋人が欲しい。彼女が欲しい。
 俺よりレベル下で可愛くて控えめで尽くすタイプで俺だけを見つけてくれる子なんて贅沢は言わない!
 クリスマスに恋人と共に過ごしたいんだ!

 だがどうすればいいんだ。
 ギルド無所属、個人やCastイベントもスルーし常に男友達とつるんでPT組んでいたこのタヌタ。
 NPC以外の女性と最後に話したのっていつだっけ?
 そんな俺。このカバリア島のどこに出会いのきっかけが……。

『恋人斡旋屋 ダンディ板野』

「きっかけあったーーー!!」
 メガロオフィスの裏にこんな隠れスポットがあったとは!
「なぁ、恋人紹介してくれるのか?」
 メガロオフィスの裏でダンディ板野という名の二次狸は貫禄ある胡坐姿で武器を磨いている。
 高レベルそうだ。高レベル=長くカバリアにいる=知り合いの女の子も多い、だ!
「初めての人かい?」
「ああ!」
「今の時期は丁度紹介も終わった所だからなぁ」
「駄目なのか?」
「一人だけフリーがいるんだが、見かけによらず繊細な子だ。
 今までに紹介した男に体目当てで近づかれる事が多かったらしくて男性不信になりかけてる。
 あんたに扱えるか?」
「俺はそんな事しない!」
 そうだ俺は性夜とか騒ぐ下半身直結野郎とは違う。
 お昼には手を繋いで観光スポットで健全デート
 夜にはクリスマスツリーの下で二人空を見上げて星が綺麗だね
 門限までにはお家に送る。
 そんな紳士レベル1級の男だ。
「分かった。あんたに任せてみるか」
「任せておいてくれダンディ!」
 男たちはどちらからともなくハイタッチ。
「あんた名前は?」
「タヌタだ」
「OK、向こうに連絡とってみるからな」
 ダンディの通話は時間にして2分弱。
「明日の午前11時にカバリア遺跡噴水前。そこにハートカチューシャをして待っているのがウサリンだ。レベルは51で基本姿」
「ウサリンちゃんか……」
 名前からして兎の子らしい。確かに兎といえばあまり繊細というイメージはない。
 レベルも一次で100の俺より下だ。そんなレベルの子が付き合おうとした相手に体目当てで近づかれ男性不信……。
 まだ見ぬ前から守ってやりたくなるような子じゃないか。
「タヌタはこの愛のバラを持って行くんだ。目印として伝えておいたからな」
「はい!」
 大丈夫。この俺の愛で包容力で君を癒して守ってあげよう。
 クリスマスを二人楽しく過ごそうじゃないか!できればその後も!

 
 ―クリスマスイブ・カバリア遺跡―

 女の子を待たせるわけにはいかないとばかりに30分も早く来てしまった。
 目印の愛のバラはちょっと痛いが頭に刺しておいた。これならすぐにウサリンちゃんも見つけられるだろう。
 さて噴水前へ……げえ!
 明らかに変装と思われる強そうな殴り龍がいる。何という筋肉。魔型の限界超えてるだろあれ。
 カバリアでケンシロウ@北斗の拳に会えるとは思わなかったぜ。
 あんな怖そうなのがいたら繊細なウサリンちゃん怖くて近づけないんじゃないか?
 待て待て、まだ30分前。ウサリンちゃんが来る頃にはいなくなっているだろう。
 間違ってもあのケンシロウが放置AFKとかしていませんように。

 ――30分後――

 まだ殴り龍ケンシロウがいるーーー!!
 どうしようあれがいる限りウサリンちゃんに会えないんじゃないか?
 ちょっと場所あけてくれないか頼んでみようか……?
 でも何でって聞かれたらどう答えろというんだ。
『待ち合わせの子が怖がって近づけないようなのでどいてくれませんか?』
 俺の命終了のお知らせにならないかそれだと。
 ってこっち見た!やべえ心の声が漏れたか!?
 近づいてくる嫌ああああ!!
「タヌタさんですか?」
「え!?」
 何でこいつ俺の名前知ってるの!?
 会った事あったっけ?
 こんなムキムキ龍見たら一発で覚えていそうなものなんだが。
「確かにタヌタですがどこかでお会……」
「ウサリンです。はじめまして」
「はい?」
 エッ ナニヲイッテルノ コノヒト
 ノウミソマデ キンニクナノカナッ?
「う、ウサリンさん……て?」
「目印はハートカチューシャでしたよね」
 アッ タシカニ ケンシロウ ハトカチュシテルゥー
 ゴメン キヅケナカッタヨ
 ジャアコノヒトガ ウサリンサンダネ

「って、んなわけないじゃああああん!!」
 
 とか言ったらぷちって潰されそうだからタヌタ何も言わない。
「やっぱり驚きますよね」
「え、あ、え〜〜」
「体格はレベルの割にしっかりしてるんですが、偽っているわけではないんです」
 確かにそこも驚いたけどもっと根本的な部分で驚いたんだよ。
「え、えーっと、ウサリンさんて可愛いお名前デスネー」
 でもダイレクトに聞けないよ。怖いもん。怒らせたらカバリアの果てまで殴り飛ばされそう。
「……!」
 ムキムキ龍の表情が固まる。
 やっべえこれNGワードだった?! タヌタやっちゃった?ゲームオーバー?
「嬉しい……」
 ええーーー?
「今まで会う人皆最初に体格の事ばかり褒めてきて……でも僕はこの体格はそんなに嬉しくないんです。
 もっと他の龍と同じくらい華奢でありたかった。
 ダンディさんから聞かれたか分からないんですが、僕は受希望なんです。
 ちょっと他の人より体格はいいけど、だからって攻やれとか言われても僕……
 ってすみません!こんな時に他の男の話なんて!」
 ごめんタヌタ頭がついていけない。
 恋人を俺は紹介してもらった筈だ。だが目の前の彼は……どう見ても男です。
 何かの行き違い?手違い?
 この外見でこの名前ありえないもんな。きっとダンディはこの龍を名前だけで兎で女と間違えたんだ。
 しかしこの龍は、俺を見ても何の疑問も持たずに話を進めていないか?
 ……彼から見ると華奢であろう俺が女に間違われている可能性もあり、か?
 一応伝えておこう。
「俺は一次狸の男性、タヌタです」
 その瞬間、眩いばかりの光が俺を直撃する。
「うぎゃあああああ!!!目が!目があああ!!」
 魔法に貫かれた俺の身体は跡形もなく消え去って……なかった。
「バラを刺していた頭から血が流れていたのでリカバリーをしたのですが、余計でしたか?」
 これ回復魔法のリカバリーか。
 そういえば頭上の鈍い痛みが消え去っている。 
 魔型の龍なら覚えていて当然の魔法だが、ケンシロウが回復使えるなんて思わなかった。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、見つけやすいように一番高い位置につけていてくれたんですよね。こちらこそありがとうございます」
 ごつごつとした大きな手が俺の頭にそっと触れる。
 俺の頭、その手にすっぽり収まっているのは気のせいでしょうか?
 このまま握りつぶされたらどうしよう。そう思うと止まらないこの冷や汗。
 だが握りつぶされる事無く手は離された。
「……タヌタさん」
「はいっ!?」
「僕、お弁当作ってきたんですが良かったらどこかで食べませんか?」 
 ええーーー!?
 ケンシロウの手作り弁当だと!?
 岩のごとき固さのおにぎりで歯を破壊とかそういうオチなのか?
 だが断れば俺の身体が破壊されそうな気がする。
 歯か身体か涙の二択!
 俺は……!
「頂きます」
 こんにちは総入れ歯
 
 カバリア遺跡噴水の横で開かれる大きなお弁当箱
 中身はケンシロウ作とは思えない見事な出来栄えだ。
「おおお……」
 固くなさそうなおにぎりにフライドチキン、鳥の香草焼きに魚介焼きギョーザ
 やきそばたこ焼き。デザートはみたらし団子にイチゴ綿菓子などが収まっている。
「苦手な物があったら残してください」
「いや、どれもおいしそうですよ」
 ……でもこれケンシロウが作ったんだよね
 見た目はすんごい美味そうなんだけど……だけどさあ!
「ど、どれから頂こうかな……」
 ケンシロウことウサリンさんが俺を男と認識した上でデートしているのは分かった
 そういえば深く気にした事はなかったが、野郎同士でイチャついてる奴らいるよな。
 ケンシロウもそれなのか。それ希望なのか。
 確かに俺は恋人に何の条件もつけなかったが、異性ってのは当たり前だと思っていたんだ。
 それでもまだ、まだドラ子と呼べるようなタイプのおとなしそうな龍なら頭下げて断りもできたが
 断ったら俺がカバリアから永久ログアウトしそうなケンシロウなんて想定外にも程がある。
「タヌタさんのお好きなものからどうぞ」
「はい……」
 とりあえずこの緊張による喉の渇きを癒すハニーなレモネードを……。
「ん!」
 これは……!
「美味い!」
 ポールがあくびしながら作って半分以上失敗しても詫びもしないあれとは違う。
「まさかこれまで手作り?」
 ケンシロウは顔を赤らめながら口元に手をあてて頷く。
 あ、可愛い、と思えない。
 女の子がすれば可愛い仕草だろうがケンシロウじゃ怖いだけだ。
 だが料理は美味い。
 程よい固さと多種の具で楽しませてくれるをおにぎりに何故か温かさを保っているチキンや香草焼き。
 デザートもこれまた絶品。
「ふわあ……」
 あれ?何か眠くなってきたぞ。
「タヌタさん?眠くなられました?」
 何だこの眠さ。
 まさか今のお弁当に眠り薬入ってたりとかしないよね……?
 目覚めたらメリークリスマ アッーーー! スとかになったらどうしよう。
 そうか砕けるのは俺の歯じゃなくて貞操というオチか。
 寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ、寝ちゃ……。
 


「はっ!!!」
 カッと見開いた目に映るのは、乾いた地面。
 岩の上に頭が置かれていたのか酷く痛い。
「お目覚めですか?」
 うおおおおおおおお!! ドアップ! 近いケンシロウ近い!!
「ん?」
 この角度はもしや
「タヌタさん眠られたから……地面だと頭が痛くなると思って勝手に膝枕させてもらいました」
 岩じゃなくてケンシロウの膝だったのか。納得の固さだ。
 地面の方が柔らかかったかもしれないね。
 慌てて跳ね起き周囲を見渡せば日も暮れかけている。
「お疲れだったんですね。よく眠られてましたよ」
 過度の緊張+お腹一杯=即睡眠
 俺は子供かっ!?
「すみません!!長い間膝枕させてしまって……!」
「僕は嬉しかったです。クリスマスだけでも恋人気分を味わえたんですから」
 おや?
「寝言で何度も呼ばれていましたよ。……大切な人がいるんですね」
 誰?
 寝言で呼ぶ程気になる女性なんていたか?
 どう考えても勘違いだよな。
 だがこの流れは利用させてもらうしかないんじゃないだろうか。
「ウサリンさん、すみません……」
 この一言でいい筈だ。俺嘘ついてないよ!膝枕させてすみませんって事ダヨ!
 ケンシロウは頷き、立ち上がる。
「ありがとうございました。タヌタさんと一日だけでも恋人のような時間を過ごせてよかったです」
「ウサリンさん……」
 これでいい。俺も君もこれでハッピー、全てが丸く収まったね。

「ケンシロウさんとお幸せに!」

 ああ、それは俺の心の中でのあなたの呼び名です……。




 こうして俺の波乱のクリスマスは終わった。
 こういう事はラクしようと考えてはいけない。急いではいけない。
 タヌタよく分かった。
 今回の事は教訓として今後に生かそう。
 そうタヌタは決意したのだった――。



 うむ。これで綺麗にお話を〆られたな。

 いや待て。あいつに文句を言っておかねば。
 俺のような哀れな子狸を二度と出さぬように。
 向かうはメガロオフィスの裏。
 悪びれもせずにいたぞ悪徳紹介屋!
「やぁ!」
「笑顔で『やぁ!』じゃねーよダンディ!幾ら誰でもいいからって男に男紹介はないだろ!」
「何を言っているんだ。うちは男同士専門の紹介屋だよ」
 そんなの需要あるのか!?……いや深く考えるな俺
「どこに書いてあったよ!?」
「ホモ専門なんて書いたら、シャイなオトメンが来れなくなるじゃないか」
「アホかあああああ!!!」
 
 百歩譲ってそっち系専門用語で看板表示をさせるよう命じた。
 (どんな用語だなんて覚えたくも無い)
 これでようやく綺麗にお話を〆られ……
「タヌタ!」
 向こうに見えるは元独り身同盟の友人ではないか。
「今日は一人か」
「タヌタ……ごめんな」
「何が?」
「まさか男に走るなんて……俺たちが恋人作ったから、だよな……」
「は?」
 こいつは何を言っているんだ。
「待て待て、話が見えないんだが」
「クリスマスの日に、カバリア遺跡でムッキムキの龍に膝枕されてたの俺見ちゃったんだ」
「おおおお!?」
 そういえば同じカバリア内。昼から夕方までの長い時間
 俺は岩枕……じゃなくて、膝枕されていたんだった。
 俺はともかくあのケンシロウは目立つ。半端なく目立つのに野郎に膝枕だ。
 近くを通れば自然と目が行くに決まっている。
「PT掲示板見たら『カバリア遺跡にて素敵な光景が』『カバリア遺跡集合!』
 とか複数人からの告知があったから気になってさ。
 行って人ごみ掻き分けて見てみたら、お前達がいたんだ」
 そんなに人集まってたのかよおお!!ケンシロウ起こしてくれよ!!
 誰だPT掲示板に告知なんぞ出した奴と便乗した奴らは!!
 皆も集まってくるなよ!!どれだけ祭り好きが多いんだよ!!
「あ、あれは違うんだ……」
「俺達は差別したりなんてしないからな。タヌタが誰と付き合おうが変わることなく友達だ!」
 爽やかな友情笑顔やめてくれええええ!!
「だから違うううう!!」
 

 ―― 綺麗にend ――






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