『足がスースーするのぉ』
『病み付きになりそう、とは。危ない発言だな』
『残念ながらまろにそんな趣味はない。それよりお主、もう少しまともに座れんか?』




素敵な贈り物をキミに。




「ん〜……、良い風じゃ」

穏やかな春の風が足元を通り抜ける。
先週は未だ、庭の端に雪が残っていたのに。
目の端に新たなる季節の色を感じて、まろはごろりと寝転がった。 息を吐けば僅かに白く篭る気温。
座布団を敷いてあげなければ、寝転ぶことが出来ないほどに冷たい縁側。
それでも、仰向けのまろには見えるスカイブルーの空と優しいヒカリを差す太陽。
ぐぃと両腕を伸ばして、大きく深呼吸すれば冷えた空気が入り込んだ。

「やはり春先は昼寝に限るのぉ」
「此処で昼寝するには未だ寒いだろ」

ぽけぽけと呟いたまろの顔に、誰かの影が掛かった。
誰か、なんて今更考える必要もないだろう。
「一応此処の主治医なんでね、まろ様に風邪引かれると困るンだよ」
片手をお盆、もう片手には小包らしきモノを持った羅庵が立っていた。
くつくつと笑いながら、顎に挟んできた毛布を、まろの顔の上に落とす。
「うのぉっ」
其の通り顔で受け止めた挙句に間抜けな悲鳴を上げれば、羅庵が更に声を大きくして笑った。
取りあえずこのまま笑われているのも面白くないので、受け取った毛布を蓑虫のようにして身体に巻きつける。
そして羅庵の手を塞いでいるものを指差した。

「まろの分もあるのだろうな?」
「もちろん。桂嗣に梅昆布茶を貰ってきてやったぞ」
「梅昆布茶とは、気が利くのぉ」
零さないようにお盆ごとまろの横に置き、その隣に羅庵が腰を降ろす。
お盆には湯のみと饅頭が各2つずつ。
今日は休みだといっていたから、此の家の跡取りと日向ぼっこをするつもりなのだろう。
入れたてを頂こうと、毛布を巻きつけたままでまろは起き上がった。
湯飲みは去年に陶芸市でまろが一目ぼれをして、桂嗣に買わせたもの。
落とさないように両手で持ち、軽く息を吹きかけた後でそっと啜る。
ふんわりとした梅昆布茶独特の香りが湯気と共に頬を撫で、口の中で甘酸っぱさが広がった。
わざわざ梅の実を砕いて入れてくれたのか。お茶なのに、僅かにしゃりしゃりという触感。

「ンまっ」
「せめてウマイといってくれ」
思わず口にした台詞の幼さに、羅庵から即座に突込みが入った。
だが羅庵も同様に感じているのだろう、茶を啜りながら満足げな笑みを浮かべている。
やはり天気は良くとも季節柄まだ肌寒い。こんな日に飲む温かい茶は格別な味がするものだ。
もう一口だけ啜った後、まろは羅庵の傍らに置かれた小包に視線を向けた。

「誰かに贈り物か?」
茶色い固めの包装紙で包まれた長方形の物体。面はA3程度で国語辞典ほどの厚さがある。
羅庵が誰かに何かを贈ることも珍しいが、こんな形態のものは更に珍しい。
興味津々で訊ねれば、羅庵が何故かにやりと口の端を上げた。
「いや、まろ様宛に鴛から届いたんだよ。素敵な贈り物」
「鴛ちゃんからとは……まさか請求書か?」
確か宝石代を羅庵か桂嗣に請求するといっていたが、気が変わってまろに送ってきたのだろうか。
どうしよう。今月のお小遣いはほぼ使い果たした。父上に頼んで前借……
いやいや、それよりは桂嗣に泣き落としをした方が早いか?

「違う違う。もっと良い物だって。ホラ、開けてみ?」
下らない心配をしているまろに、喉で笑っている羅庵が小包を差し出した。
恐る恐る受け取り、ついでに薄目にして視界をぼやかせながら開けていく。
羅庵がいう『良いもの』は、あまり信用できないから。
そして包装紙から顔を見せ始めた贈り物に、まろは思わず手を止めた。

「此れは……相模での写真か」

そう、それは相模で撮った写真の一枚。交換舞踏会に出かける前、確か鴛の自宅で撮られたものだ。
玄関先で夜風に揺られるスカートの端を押さえるまろと、隣で喉を鳴らせて笑っている羅庵の姿が映っている。
あの時は本当に恥しく感じたものだが、今となっては良き思い出。
しかして何故其の写真が、これほどにも大きく引き伸ばされ、しかも額縁で飾られているのか。
手に持った写真を見つめ動かないで居るまろに、羅庵がずずずと音を立てて茶を啜った。
「あぁ。女装コンテスト優勝作品だってさ。おめでとうさん」
「ほぅ、優勝とは素晴らしいではないか」
真剣に考え込んでいる所為で、羅庵の台詞を聞き流す。
それから僅かの間をおき、ようやく気がついた。

「……こんてすとゆうしょう?」
「女装コンテスト優勝。おめでとう、まろ様。2位以下に大差をつけたって鴛が喜んでいたぜ」

交換舞踏会の終了後に開催される女装コンテスト。
エントリー方法はとても簡単。交換舞踏会のときの写真を相模の役場に送るだけ。
あとは役場の大広場に3ヶ月間晒され、相模の皆様の目の保養になったりならなかったり。
投票権は市民全員が持っているので、結構な数の投票があるらしい。

「まろはソンナものに応募した覚えはないぞ……」
「鴛が勝手にやったんだと。まぁ相模のヤツ等は基本的にそういう遊びが好きだから。ちなみに優勝商品はメイクセット一式だって」

羅庵から簡単な説明と嬉しくない優勝商品のパンフレットを貰ったまろが、そのままペタリと床に倒れこんだ。
己独りで見るなら此れも良き思い出。
しかしそれが見知らぬ人……しかも相模という大きな町の住人の殆どに見られたとなればショックは隠しきれない。
たとえ今見れば中々可愛く出来上がっているではないか、と自信過剰なことを考えられるとしても。
だと、しても。やはり其の手の趣味を持たないまろには辛いものがあり。
薄化粧を施され可愛らしく仕立て上げられた己の写真を見つめながらしくしくと呟いているまろに、楽しそうな羅庵が更なる追い討ちを掛けた。

「ちなみに此れと同じものが歴代コンテスト優勝者として役場に飾られるってさ。良かったな、まろ様」
「……にょ?」

床に突っ伏しているまろの頭をくしゃりと撫で、羅庵が隣に置かれた額縁を手に取る。
そしてやはり楽しそうな羅庵が。

「それと龍様たちには此の話が先にいっていたらしくてな、光栄なことだから此れも鶴亀家の入り口に飾るってよ」

顔面蒼白どころか透明にさえなりはじめたまろの頭に空の湯飲みを置き、額縁を持って何処かへ行ってしまった。
何処か、なんて考えなくてもわかる。
息子の艶姿……といっていいのかは不明だが……の写真を今か今かと待っている両親の元に其れを届けにいくのだ。
羅庵がわざわざ此処に寄ったのは、まろ宛に届いたから一応、ということなのか。
はたまた単純に面白い子供で遊びたかっただけなのか。

「しくしくしくしく……」
どうしたら良いか考え付かなかったまろは、とりあえず頭の上に置かれた湯飲みを落とさないように床を這いずりながら羅庵を追いかけ始めた。


素敵絵は此方


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★後書き★
……ん? という感想がいたるところから聞こえてくる気が致します。どうしてあの素敵絵を見てこの文になるのか。
本当に不思議ですよね(コラ いや、色々と考えていたのですが、書いているうちのこんなオチになっておりまして。
佐野様、せっかくの素敵絵を汚してしまい本当に申し訳ないです……(滝汗)
でも書いている僕としては楽しかったですね、何せ素敵絵があるから!!
……変に興奮気味ですいません。其れでは此処までお付き合いくださいまして有難う御座いました★ 06.3.17 端宮創哉