誰の足跡もついていない白銀の世界。

縁側で何時ものように寝転がれば、空からは白い粉雪。







ちょこれぃと。







「……流石にさむいのぉ」



この時期に縁側で昼寝をすることは、自殺行為といっても過言ではない。

毛布3枚に包まっているものの、冷たい廊下がまろの体温をどんどんと奪っていく。

佳嗣に湯たんぽでも頼もうか。

そんな事を考えていると、仰向けだったまろの視界に誰から入り込んできた。

誰か、なんて考えなくても判る。まろの昼寝に声に、一番初めに声を掛けてくるのは決まって羅庵だ。



「蓑虫ごっこか?」

「うんにゃ。あまりに寒くてのぉ」

「そりゃ、氷点下だもんな。今日は」



寒さをしのぐためには、毛布を全身に巻きつけゴロゴロしていることが一番善い。

試行錯誤の結果、実際それを実行しているまろの横に、羅庵が座った。

いつもながら飽きない子供だとでも言わんばかりに、喉でくつくつと笑っている。

まぁこれもいつものことなので、まろも文句を言う気はない。

其れよりも気に掛かるのは。



「お主、こんな処に居て良いのか? さっきからチャイムが鳴りっぱなしだぞぃ」



言った直ぐ後にも、家のチャイムが遠くで聞こえた。

だだっ広いこの屋敷では、玄関からのチャイムが聞き取りにくい。

まぁ屋敷内の半分に響けば、其の音と気配で某3名には必ず判るので問題はないけれど。



「あぁ、アレは俺じゃねぇよ」

「なんだ。お主、今年はチョコなしか」



口の端を上げた羅庵に、まろが哀れみと嘆きを込めた声を出した。

毎年大人陣が貰う大量のチョコレートを、一番楽しみにしているのは子供達なのだ。

しかも街医者でもある羅庵が、実は一番良質なチョコレートを手に入れてくる。

その羅庵が貰えないということは、まろにとっては軽く死活問題なのだ。

だかソンナ心配はご無用らしい。羅庵がポケットの中から小さな箱を取り出した。



「いや、今年は家に押しかけるのも申し訳ないからって昨日のうちに貰ったんだよ」

「おぉ、そういえば昨日は仕事の日だったな」



羅庵の差し出した中身なんて開けなくとも判る。

まろは至極当然のように、口をあんぐりと開けた。



「……手ぐらい出せよ」

「寒い」



一応答えるだけ答えて、再度大口をあける。

小児科からファンレターを貰う医者が、やれやれと大きく肩をすくめてまろの願いを叶えてくれた。

銀の包装紙に包まれた茶色の箱。其の中に入っているのは箱よりも柔らかなイロを持ったチョコレート。

4粒しか入ってはいないけれど、その一粒が板チョコ換算すると3枚分。

其の一つをぽこんとまろの口に放る。

僅かな膜で覆われていたのかと疑いたくなるほど、其れは口の中で一気に溶けた。

羅庵宛てらしく、ビターチョコと微かにブランデーを感じる其れ。

喉の奥に掻き消えたことを確認してから、まろはぱかりと口を開けた。



「もう3こ」

「全部じゃねぇか……」



未だ欲しかったら部屋に置いてあるから好きなだけ持って行け。

我侭な子供に、携帯していたチョコレートを全て奪われた羅庵の去り際の台詞。

取り合えず今は満足したから後で行くとだけ答え、まろは又も仰向けとなり空を見上げた。







目を閉じれば、遠くからチャイムの音。

羅庵ではないとすれば、佳嗣だろうか?



この日になると町内会や勉強を教えているオバサマ方が、こぞって詰め掛けてくるのだ。

しかも教育者として鶴亀家で働く佳嗣を想い、子供が好みそうなものを用意してくる。

つまりは佳嗣自身が貰っても、子供達のオヤツにしてしまう事を理解しているのだ。

だから佳嗣の貰うチョコレートは無添加・カルシウム増量・アレルゲンを含まない・などのものが多い。

大人が子供に与えるおやつにしては悪くはないけれど、子供にしてみれば少々味気ない。

去年は『顎を鍛えるチョレート』が流行り、噛むどころか手で割ることすら難しいチョコレートが大量に届いたのだっけ。



「……今年は顎を休めるチョコレートが流行りますように……」

「何を言っているんですか、まろ様」



思わず空に願ってしまったまろに、苦笑交じりの佳嗣の声が届いた。

ことりとまろの横にマグカップが置かれる。甘い香りと白い湯気。

今すぐ飲みたいが手を出さなくては飲めない、ホットチョコレートだ。



「今年は飲料が流行りなのらか?」

「というより、虫歯にならないチョコレートが流行っているみたいですよ」

「……それは甘くないのでは?」

「いえ、十分に甘かったです」



一応試飲してから持ってきてくれたらしい。

僅かに考えたのち、まろはおずおずと両手を冷たい外気に晒した。

家にいるにも関わらずにトレーナーを重ねているまろだが、それでも寒い。

慌ててマグカップを取り、起用にも寝転んだままで口に運ぶ。



「美味しいですか?」

「うむ、なかなかじゃ」

「零さないように、気をつけてくださいね」

「了解したぞぃ」



そういいながらもぐびぐびと飲む。

喉が焼けるような甘さとヌクモリ。お陰で体温も少しは上がった気がする。



「未だ雪は続くみたいなので風邪引く前に昼寝はやめてくださいよ」

「ん〜。ほどほどで部屋に戻る」



だからコタツを暖めておいてくれ。

そう言いながら殻のカップを返せば、佳嗣が軽く頭を撫でて去っていった。







「さて、あと心配せねばならぬのは架愁だけだのう」



変なものを作ることが趣味な架愁は、子供に人気がある。

下らない玩具を作っては配るので、近所の5・6歳児からは絶大な支持を受けている。

そんなまろよりも年下の子供達から貰うチョコレートは、駄菓子に近い。

もしくは手作り。母親に手伝って貰い、初めて作ったチョコレートというのが一番多い。

栗杷も自分より年下の子であれば、架愁に好意を持っても怒らないので架愁としても受け取りやすいのだろう。

時折間違ったように成人女性からチョコレートを受け取る時には、栗杷の怒り……

被害者はもちろんまろになるのだけれど……が家中で撒き散らされる。

今の時点で栗杷が此処に来ないということは、架愁は幼児からしかチョコレートを受け取っていないということか。



「……よし、部屋に戻るか」

「あ、まろ!」



昼寝をしようと縁側に来て早1時間。

しかしあまりの寒さに眠ることが出来なかった分、今からコタツで寝転ぼう。

そう思いもぞもぞ起き上がったまろの処に、可愛い弟、辰巳が走ってきた。

手には大きな紙袋。中には色とりどりの包装紙で飾られた品々。

これはもしや、佳嗣に贈ろうと用意したものか。それで、何を渡せばいいか判らずに困っている?

即座にまろの脳内に出来上がった予想。

それでは兄らしく相談に乗ってやろうと、まろは隣に座った辰巳にも毛布を掛けてあげ。



「どうしよう、女の子達からこんなにもチョコレート貰ったんだけど……」

「ほ、ほぉ……」



予想外の辰巳の台詞に、まろは引きつった表情を作った。

ねぇ、どうしたら良いかな? と聞いてくる辰巳の手にあるチョコは単純に数えて10以上。

しかも包装形態からみても、本命チョコに間違いないだろう。

ちなみにまろの毎年チョコ受け取り数は、母親、栗杷、叔母の義理3つ。

つまりは、弟に完敗決定。



「……好きにしてたもれ」



頭の中に出てきた悲しき事実に、まろはしくしくと毛布に顔を埋めた。

まろが本命チョコレートとやらを受け取れる日は、一体どれくらい先になるだろうか。






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★後書き★

バレンタインとなると、某3名にはきっと沢山の贈り物が届いていて……いるはず。(何故か言い切れない。

そしてまろや栗杷、辰巳が食するのだろうと。勿論まろが貰えるのは義理ばかりでしょうね。

そして栗杷に馬鹿にされるわけですよ。辰巳は沢山貰っているのに……て。嗚呼、かわいそうに(笑

取りあえずは激しく長くなったバレンタインフリー小説。良かったら貰ってあげて下さいませv

報告等は自由です。一応『創哉作』とだけ書いて頂ければ後はお任せしますv では素敵なバレンタインを★ 06.2.12 端宮創哉