縁側から外へと伸ばした脚に、少しだけ掛かる水滴。

庭の草木への恵みとなる、この静かな雨。











雨の日。







「……こういう日は、更に眠たくなるのぉ」



縁側で独り、雨に濡れる庭の景色を見ていたまろがぽつりと呟いた。

いつもの如く横に常備してあった湯飲みを手に取り、軽く啜る。

桂嗣にお代わりを貰ったばかりなので、口に含むと舌先がじんと熱くなった。



「やはり温かい茶は美味いのぅ」



火傷をするほどの熱さではなく、胃の中が温かくなる程度の緑茶。

無論冷たいお茶もすきなのだが、雨の降っている日は熱いお茶が好ましい。

そんなことを考えつつぼんやりとしていると、まろの湯飲みに誰かの手が添えられた。



「毎日毎日、縁側で暇潰しとは良いご身分で」

「ぬぉ!?」



驚いてまろが手を放した隙に、声の主が湯飲みを己の口へと持っていく。

ごくりと喉を鳴らせて一口だけ飲み、そして固まっているまろの手に湯飲みを戻した。



「……ざらざらするんだが」

「茶葉を粉にして飲んでおると、以前にも話したであろう」



眉間に皺を寄せた羅庵に、即座に言い返す。

茶葉に一番栄養が含まれていることくらい、お主だって知っておるだろうと、強気な発言も付け加えてみたり。

だが今回の茶は本気でザラザラするらしく、羅庵は口元を歪ませた。



「……おじいちゃんめ」

「まろは10歳じゃ!!」















仕事に行く途中だった羅庵が、数分ほど日常会話をして去っていった後。

まろの直ぐ横に、小さな影が座った。



「……どうした、辰巳よ」



今回は気配を感じていたために、驚くこともなく声を掛けてやる。

だらりと両足を伸ばしているまろとは違い、体育座りをしている辰巳がキっとまろの方を向いた。



「鬱灯が僕と桂嗣の間を邪魔したのぉ!!!」

「ぅぉぅっ」

そして大きな目にたっぷりの涙を乗せた辰巳が、そのまままろの襟を掴んだ。

「僕は桂嗣と2人きりで夕飯の用意してたのにぃぃ!!!」

「ぬ、にょ、にゃぁっ」

言いながら、まろの襟を掴む手を揺らす辰巳。つまりはまろの頭が前後に揺らされ。

流石に気持ちが悪くなったので、己の襟を力一杯掴んでいる辰巳の両腕をぐっと握った。



「た、た、辰巳よ。お主の悲しみは良く判ったから、その手を離すのじゃっ」

「本当? 本当に僕の気持ち判ってくれた?」

「う、うむ。まろの胸には、辰巳の無念さがしかと伝わってきたぞ!」

「じゃあ僕の味方をシテくれる?」

「無論じゃ。可愛い弟の援護なぞ、容易いものじゃ」



機嫌を損ねたなら又直ぐにでも動きそうな辰巳の腕をしかと握り、張付いた笑みを浮かべてみせる。

そのまろの顔をじっと上目遣いで見つめ、数秒後、納得したのか辰巳がにっこりと笑った。

本当に現実世界の生き物かと疑いたくなるような綺麗な笑顔。漫画の主人公と言った方が絶対的に似合う。

まろがブラコン臭いコトを考えてしまうほどに綺麗な笑みを浮かべた辰巳が、よし、と気合を入れて立ち上がった。



「判った。でも負けっ放しは口惜しいから、今回は独りで挑戦してくる。愚痴を聞いてくれてありがとう」

「そ、そうか。頑張ってくるのじゃぞぃ」















意気込んで歩いていった辰巳の悲鳴が遠くから聞えた気がした頃。

どうしたものかと空を見上げていると、突然後ろから誰かに蹴られた。



「ったぁあ! 何するのらよ、栗杷!!」



断りもなく蹴りを入れてくる相手なんて、まろは独りしか知らない。

後ろを振り向きざまに叫べば、やはり思った通りの相手がそこにいた。

両腕を組み、仁王立ちをしている栗杷。これで金棒でも横に置けば、紛れもなく絵本などに出てくる鬼。



「……あ?」

「いえ、なんでもないのらよ」



まろの考えていることくらいお見通しなのか。栗杷が不機嫌そうにまろを睨みつけた。

慌てて視線を反らし、自分が栗杷を鬼に見立てたことをばれないように話を変える。



「な、何か用なのらか?」



動揺がもろに出たのか、変に裏返った声。

誤魔化すように首を軽く傾げて可愛らしさをアピール。つまり殴らないで下さい。

へらへらと笑うまろに、栗杷がはぁと溜息を付いた。



「別に用なんてないわよ。ちょっと通りかかったから声を掛けてみただけ」

「……通りがかりに蹴ったのらか……?」

「何か言った?」

「い、いいえ何も!!」



びくびくと叫べば、栗杷がもう一度溜息を吐きまろを一瞥してその場から歩き出した。

成る程。本当に通り掛かっただけらしい。







水滴が降り続く梅雨の時期。







縁側にいるだけでも、誰かがまろの所にとやってくるので暇にはならない。

否。基本的には昼寝をするつもりで此処にいるのだから、本来なら誰も来なくて良いのだが。



「……もう誰も来ぬよな?」



誰にも聞えない声で呟き、軽く視線をめぐらせる。

しかし長い廊下の先には人影一つ見えず、雨の降る庭にも気配は感じない。



「ようやくお昼寝タイムじゃのぅ」



うっとりと呟いたまろは、ぐっと両腕を伸ばしてそのまま後方に倒れた。

冷えた廊下が少し肌寒い。毛布を持って来れば良かったとは思うものの、今更取りに行く気にもなれない。

自分の体温が上がることを祈り、まろは瞼を閉ざした。







梅雨の時期の昼寝。







この後、本当に気持ち良さそうに眠るまろにつられ、

毛布持参で添い寝する輩が5人もいた事にまろ自身が気付くのは、これから2時間後のこと。











★後書き★  拾万打感謝フリー小説。……でコレかよ、と思った人も多いでしょう(滝汗。

梅雨の日常を描きたいと思いまして。本当は添い寝していく輩の増えていく様子を書こうかとも思ったのですが、

今回は『まろが呆けている姿』の話を読みたいと仰って下さる方が多かったので、こんな形にしました。

一応フリー小説なので、お持ち帰りは自由です。サイトに載せる場合も申告は自由。一応『創哉作』とだけ書いてください。

心優しい方が持ち帰って下さることを心より願っております。此処まで読んで下さり有難う御座いましたv 05.6.19 端宮創哉



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