特別なんて事はない、いつも通りの午後。

ポテポテと間抜けな足音の恐ろしき影が、平和な鶴亀家を襲った。









危険な発言。







「のぅ桂嗣よ、赤ん坊とはどうやって生まれるのじゃ?」

広すぎる中庭の端。日は昇り風も穏やかな洗濯日和。

まろの唐突すぎる質問に、桂嗣は手に持っていた布団をばさりと落とした。

此処のところ雨が続き、待ちに待った晴天であったというのに。



「まろは以前まで宅配便で届くと思っていたのだが、どうも違うようでのぉ」

桂嗣が布団を落としたことにも気がつかなかったのか。隣で顎に手をやり、首を傾げている。

宅配便という発想は何処から出てきたのか不明だが、その表情を見れば桂嗣を困らせようとしての発言ではないと判る。

そして一mmも動けないでいる桂嗣の服の裾を掴み、早く教えてくれとせかし始めた。





どうして子供という存在は、とてつもない難問を突然に尋ねてくるのだろう。

そういえばこの前は、何故に桂嗣や羅庵は恋人がいないのか、などと尋ねてきたような。

……子供が疑問を生み出すタイミングは、何処で判るのか。

独身貴族が世の親御さんに無言で問いてみても、無論返答など来るはずも無い。





「どうしたのじゃ桂嗣。何故何も答えん?」

落ちた布団を拾おうともしない桂嗣をようやく不審に思ったのか、まろが再度服の袖を強く引っ張った。

どうにか意識を取り戻した桂嗣が、取り敢えずは芝生の付いてしまった布団を軽く叩き、そのまま物干しにかける。

この布団は架愁のものだから、多少汚れていても構わない。

そして何かを思いつき、布団を更に叩いてから教育者らしい裏の無い笑顔をまろにと向けた。



「こういう話は医者である羅庵に教えて貰うと良いですよ」



やけにすんなりと流れる言葉。

つまり桂嗣は裏の無い優しい微笑で、長年の友を売り渡したのである。















「此処におったか」

茶室の壁に張付くようにして昼寝を楽しんでいた羅庵は、襖の開く音に目を開けた。



「……俺をお探しで?」

この時間なら、まろ様も何処かで夢を見ることに勤しんでいると思っていたのだけど。

からかうようにそう言い、目の前にまで来るまろの行動を視線で追う。

横になっている羅庵から見えるまろの顔は、なにやら思いつめた感がある。

「どうかしたか?」

まろに限ってまさか悩み事でもなかろうと考えつつも、一応労るような口調で尋ねる。

ゆったりとした動きで頷き、まろはその場で正座した。



「のぉ羅庵よ。赤ん坊とは何処から生まれるのじゃ?」

「…………赤キャベツ」



さすがは小児科も出来る有能な医者。ほんの少し間があったものの、羅庵は至極当然のように答えた。

だが納得できない様子のまろが、軽く眉間に皺を寄せる。

「赤キャベツは架愁にも聞いた。だがその後で辰巳に違うと告げられたぞぃ」

不満げに突き出された唇。こういう顔をしていると、幼く見える顔が更に年齢を下げて見える。

「あぁ、そういやそうだったな。本当はコウノトリが運んでくるんだぞ」

思わず喉をくつくつ鳴らして笑った羅庵が、次の一手を差し出した。



「嘘を付くでないぞ。コウノトリは辰巳が言ったが、その後で栗杷に駄目だしを受けた」

「……まじで?」

「マジなのら」



こっくりと頷くまろ。多分嘘を付いているわけではないだろう。

羅庵は軽く脳内を巡らせ……あまり好きではない次の一手を打った。



「木の股から生まれるんだぞ〜」

赤キャベツやコウノトリに比べると、些か本来の形に近い気がして好きではないのだが。

そう考えていると、困ったことにまろが首を横に振った。

「木は栗杷が言ったが、その後で遊汰に違うことを告げられてのぉ」

悲しげに首を振るまろに、3手とも駄目だった羅庵が、先程まで枕にしていた座布団を胸に抱えた。

「とうとう遊汰までご登場かよ」

その次に出るのはまろの両親か栗杷の両親かそれとも……。

其処まで考えて、ふと一番先に名前が出そうで出なかった人物を思い出した。



「まろ様。桂嗣には聞いてみたのか?」

「一番先に聞いたぞ。そんで医者である羅庵に聞けと言われたのじゃ」



しかし羅庵までもが間違った答しかくれぬとは困ったものじゃのぉ。

両手を組み、頬を膨らませるまろ。

つまりまろは桂嗣に一番最初に聞きに行き、羅庵を探す最中に架愁、辰巳、栗杷、遊汰に出会い尋ねたという訳だ。

自分に難問を押し付けた桂嗣には後で復讐をするとして。羅庵は取り合えず気になったことを口にした。



「ちなみに遊汰は何て言ってた?」

「赤キャベツ」

「………………へぇ」

「違うことを告げたら、他の人に聞いてくれと叫びながら逃げおったわい」



破裂しそうな程に頬に空気を溜めているまろ。とことん不服だったらしい。

しかしこれ以上盥回しにされたくはないようで、また逃げられぬようにと羅庵の手を掴んだ。



「本当のところ、赤ん坊とは何処から生まれるのじゃ」



真剣そのものの目。逃がす気は無いという意思の現れである、強く握られた手。

例え此処で逃げたとしても、次にあったときにはまた聞かれるであろう。

それならばいっそ、この場で話したほうが良い。

軽くため息を尽き、羅庵は意思を固めた。



「赤ん坊はなぁ……」



















その日の夕刻。庭の中央でザクザクと土を掘っているまろの姿があった。

ナニかを埋める程度の穴と、その隣には水のたっぷり入ったじょうろが置いてある。



「……此処でよいかのぅ?」



軽く呟いたまろは、はてさて羅庵にどんな答えを貰ったのか。

それは直ぐ横に置いてあるチューリップの球根をヒントして、各自で考えて欲しい。












★後書き★  8万打を踏んでくださった、魁様からのリクエストを元にして書いたSSとなります。

などと言いつつ、リクエスト内容は『心温まる話』だったはず。激しく微妙な話になってしまいましたが……。

すいませんでした、魁様! ちらりとでも笑って貰えれば、それだけで光栄で御座います! 寧ろ笑ってあげて下さい。

8万打リクエストを有難う御座いましたv 他の皆様も、此処まで読んで下さり有難う御座いました。 05.5.12 端宮創哉



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