「クリスマス、じゃのぉ」

「そういえば……もうそんな時期なのよね」

12月も中盤に差し迫ったある朝。

食堂に向かう途中で偶然会ったまろと栗杷が、含みを込めたように笑った。









「あ、羅庵、ちょっと待って下さいっ」

朝食を済ませ、仕事に行こうと玄関で靴を履いていると、後ろから桂嗣の走って来る音が聞えた。

「ん、何か用か?」

「今から出掛けられるんですよね。悪いんですけど、帰りにモミの木を買ってきて貰えませんか?」

もう直ぐクリスマスですし、と羅庵に財布を手渡す。

「判った。去年と同じ位ので良いんだよな?」

「えぇ、宜しくお願いしますね」

普通、家政夫……もとい教育者がここまで面倒を見るものだろうかと少々疑問に思いつつも、素直に受け取っておく。

どうせもう何十年も続くことだ。今更疑問に思うこと自体が可笑しいのかも知れない。



「そんじゃぁまぁ、行ってき……」

「ねぇねぇ。クリスマスってなぁに?」

財布を胸ポケットに仕舞い、今度こそ仕事に向かおうとすると、玄関の外から辰巳がぴょこりと顔を出した。

泥を付けたその顔からいくと、きっと玄関先の花壇でも弄っていたのであろう。

何処からか取り出したタオルを持った桂嗣が側にまで行き、その顔を拭いてやる。



「クリスマスっていうのは……違う国の神様の誕生日か?」

「何で疑問系なんですか」

「いぁ、なんとなく」



もともとこの国の行事ではない為、羅庵は深く考えたことはない。

子供の頃から当たり前のようにあったイベントなので、考える必要もなかった。

だから首を傾げている辰巳に何と説明をして良いのか、迷ってしまったのだ。

「違う国って何処? 神様ってだぁれ?」

桂嗣に顔を拭いて貰い、どさくさ紛れに抱きついた辰巳が、可愛らしい声で問う。

しかも天然を気取っている訳ではなく、本気でクリスマスというものを知らないらしい。

羅庵と桂嗣がチラリとだけ視線を交わし。

「クリスマスっていうものはですね、辰巳様」



「サンタさんが良い子にプレゼントをくれる日なのらよ!!!」

桂嗣が子供騙しな回答をする前に、廊下の向こうからドタバタと走って来るまろが大声で叫んだ。



走ることが苦手で、歩くことさえ面倒臭い。

出来れば日向で昼寝をし続けたいと日々豪語しているまろの、久々に見る走り。

無理矢理でも稽古をつけられているので、本人に走る意思さえあれば、周囲が驚くほどに駿足だ。

いつもこんな風に走ったりしてくれればいいのに。

大人2人が頭の中で愚痴っても、それは責められないことだろう。



それはまぁ関係のないこととして。

足音を立てて羅庵達の所にまでやってきたまろは、通常では考えられない力強さで、桂嗣に抱きつく辰巳の手を取った。

まだ名残惜しそうに桂嗣の顔を見つめる辰巳を、身長の低いまろが抱きすくめる。

「よぉし、辰巳。お兄さんがクリスマスは何たるかを、向こうできっちり教えてあげるのらよ!」

そして鼻息荒く叫び、そのまま辰巳をずるずると自分の部屋の方にと連れて行った。

ちなみに捨て台詞は、

「しっかり稼いでくるが良いぞ!」

というふざけたものであったが。







「プレゼントが欲しければクリスマスを深く考えちゃダメよ」

まろの部屋に着くと、何故だか栗杷が正座をして待っていた。

促されるままに座布団の上に正座し、まるで説教でも受けるかのようにコクコクと怯えた表情で頷く辰巳。

喧嘩ばかりのまろ達が、こうして団結していることを、不穏に感じているのだ。

「クリスマスを深く考えすぎたり、サンタさんを疑うコトは絶対禁止」

「う、うん」

「辰巳だって、プレゼントが欲しいでしょ?」

「それは……欲しいけどぉ」

どうしてクリスマスにはプレゼントが貰えるのかさえ説明されていない状況では、微妙な顔しか出来ない。

だが辰巳の返答が気に入らなかったのか、栗杷とまろは同時に溜息を付いた。



「良いか、辰巳。クリスマスにはサンタが子供にプレゼントを持ってくる。

だがサンタの存在を疑えば、サンタは二度とその子供にプレゼントを持っては来ない。

またクリスマスを深く考えすぎると、自分もプレゼントを渡す立場になる可能性がある。

クリスマス初体験の辰巳には未だ判らないかもしれんが……まぁ来年には理由が判るから」

取りあえず今年は、まろ達の言うことを聞いてくれんかのぅ。

壁に寄り掛かり辰巳を見下ろしているまろが、酷く年寄りじみた口調でそう言った。



雰囲気に飲まれたわけでもないが、至極真面目そうな顔で辰巳が頷く。

それにはまろの言葉の途中で、

『サンタを信じていれば、クリスマス当日には桂嗣が添い寝をしてくれるわよ』

という耳よりな情報を、栗杷から提供されたからだ。

しかもコレは嘘ではない。遠い昔の話なのだが、栗杷がサンタを捕まえようと試みて寝たふりをしていたことがある。

そして運良く服の袖を捕まえ……結局は逃げられたのだが、その年以降、子供達には監視宜しく添い寝係がつくようになったのだ。



「さて。辰巳も納得してくれたみたいだし、サンタに手紙を書こうかしら」

安心したように一息ついて見せた栗杷が、まろの勉強机から可愛らしい便箋を取り出した。

「お手紙書くの?」

サンタを疑わないコトには承諾したものの、やはりクリスマスがどういう行事か判らない辰巳が首を傾げる。

「うむ。プレゼントはコレにして下さいって、サンタにお手紙を書くのらよ」

手紙を書くために、壁に寄り掛かっていたまろも栗杷の直ぐ横に座った。便箋とペンを受け取り、サラサラと書きしたためていく。

そして書き終えると、見本にすると良いのらよと、その手紙を辰巳に見せた。



『サンタさんへ。今年もまろは良い子でした。ということで。

@高級茶葉と練り菓子セット Aウォーターベット(冷暖房付) B金券(換金できるもの限定) C魔よけの壺

プレゼントは以上4点のドレカにして下さい。楽しみに待ってます』



何処をどう見ても、単なる請求書。

けれども手紙自体をあまり知らない辰巳には何を言ってよいか判らず、取りあえず一番気になったことを尋ねた。

「魔よけの壺ぉ?」

「うむ、数日前に友人宅にあってのぉ。急に欲しくなったのらよ」

「へぇぇ」

一体何を祓うつもりなのか。ここに羅庵でも居れば突っ込みが入ったのだろうが、残念ながら辰巳では役不足だ。

しかも突っ込み担当の栗杷は、現在サンタ宛ての手紙を書くことに集中しきっている。

おかげでまろはその手紙を封筒に入れ、辰巳もソレに習って手紙を書き始めた。



『サンタさんへ。辰巳はいつも良い子です。

プレゼントには、桂嗣を下さい。凄く凄く楽しみにしてます』



「……貰ってどうするのら……?」

目の端に映ってしまった文面に、まろは誰にも聞えない程度の声で小さく呟く。

それ以前にどうしたなら人を『貰う』コトが出来るのか、疑問である。



「これで良し……と。じゃあ桂嗣に手紙を渡してこようか」

栗杷の方も書き終えたらしく、3枚にも渡る請求書……もといお手紙を封筒に入れて立ち上がった。

「桂嗣に渡すのぉ??」

お手紙はポストでしょうぅ?? つられて立ち上がった辰巳だが、その場で首を傾げる。

「うむ。まろ達はサンタの住所を知らんからのぉ、桂嗣に渡すように頼むのじゃ」

そう良いながら、まろは口元を歪ませて笑った。まるでソレは建前なんだよ、とでも言うかのような。

「えぇ、桂嗣がサンタに渡してくれるのよねぇ」

続いて答える栗杷も、何かを企んでいるかのように笑っている。

「ふぅん」

違和感を感じつつも、ハッキリとは判らない辰巳は取りあえず頷いた。







そしてクリスマス当日。

朝日も見えない時間帯に、キッチンで茶を啜る三名がいた。

「……今年も大変でしたね」

「あぁ、アイツら絶対判っててやってやがるよな……」

「年々知恵がついてきて、ちょっと楽しいよね」

疲れきったように話す桂嗣と羅庵に、ホゲホゲと効果音を入れたくなるような笑顔を返す架愁。

テメェは見てるだけだもんな! と某2名が心の中で毒づいたのは言うまでもないこと。



その3人の耳に、パタパタと走る音が聞こえた。その後にゆったりと歩いてくる足音。

「桂嗣桂嗣桂嗣桂嗣ぃぃぃぃ」

バタリと音を立ててキッチンに突撃してきたのは、大きな抱き枕を持った辰巳であった。

オハヨウの挨拶さえせずに、枕を持ったままで桂嗣に抱きつく。

「見て見てみてぇ、サンタさんからのプレゼントっ。桂嗣の形したお人形さんだったのぉ」

嬉しそうに、それはもう嬉しそうに報告している辰巳。その光景を見て、羅庵が小さく溜息を付いた。



「良かったわね、辰巳」

開け放しにされた扉の向こうから、大きな写真集を持った栗杷が顔を出した。

にっこりと微笑んではいるが、その奥にはどす黒いものが見え隠れしている。

「私はどっかの男優の写真集だったわ」

特に聞かれても居ないのに、辰巳に抱きつかれたままの桂嗣に向かってそう言った。

サンタ宛ての手紙には『架愁の隠し撮り写真集』と書いたはずなのに。

声に出しては言わないが、目だけでも十二分に伝わってくる栗杷の不満。

「来年は期待通りのプレゼントが届くと良いですね」

だが其処は長年教育者を務めている桂嗣である。一点の曇りもない笑顔で返した。



「で、まろ様は何貰ったのかな?」

栗杷に大分遅れて登場したまろに、1人優雅に茶を啜っている架愁が尋ねた。

「うむ、一番無難なものが届いたのらよ」

唯一まろだけがオハヨウの挨拶をして、脇に抱えていたプレゼントを差し出した。

長方形の大きな箱に、『初めてのクッキング!! 1人で練り切り作っちゃおぅ☆』という文字。

しかも小豆に目鼻を付けただけの、微妙な可愛らしさをアピールしているキャラクターが描かれている。

コレを無難だと言い切れる10歳児は如何なものだろうか。

架愁の横でその様子を見ていた羅庵が、胸の奥で突っ込みを入れた。



思い起こせばもう4年も前のことになる。

何かに気がついたらしい栗杷とまろは、『サンタ宛ての手紙』を『桂嗣』に渡し始めた。

ソレまでは手紙など書かず、周囲は一体どんなプレゼントを欲しているのだろうかと酷く悩んだものだ。

だからこれは有難い、と手紙を受け取ることにしたのだが。

其処に書かれている内容は、大人3人……特に2人にはとても過酷なものであった。



栗杷9歳『架愁』 まろ7歳『昼寝券』

栗杷10歳『架愁と添い寝券』 まろ8歳『桂嗣の弱み』

栗杷11歳『架愁とデート券。最低でも100枚綴り』 まろ9歳『羅庵の弱み』



どう考えたって嫌がらせだろう。何度となく『サンタはもう来ない』と言いそうになった。

しかし『サンタを信じているうちはプレゼントを用意する』という従来どおりの考えに縛られ、今にいたる訳だ。



「まぁ良いわ。来年には望みどおりのモノが届くと信じてるから」

桂嗣に文句を言っても流されて終わりなことを知っている栗杷は、それでも嫌味タップリに桂嗣と羅庵の顔を見回した。

「僕も出来れば本物が欲しいなぁ」

つられたように、辰巳も桂嗣の顔を見つめてそう言う。……栗杷達の意図を、理解したのかもしれない。

今年のプレゼントには未だ満足したらしいまろは何も言わず、ただ口を変に歪ませて笑った。





クリスマス。

それは大人と子供の仁義亡き戦い……なのかもしれない。










★後書き★  珍しく後書きなんかを書いてみようかと。てか久々すぎるアンジェSSですね。 何かイベントものが書きたくて(苦笑)SSの割に長くなってしまいましたが。

アンジェは超長編なので、時々こういう短い話を書きたくなります。その内誕生日とかも書けたらいいなぁ……とか。虎視眈々と狙ってますが。

連載の方をどんどん進めたいくせに短編も書き捲くりたい……のにあまり書くことは早くない、寧ろ遅い。みたいな。頑張ります。

ヤマもオチもない話でしたが、少しでも楽しんでいただけたらなぁと思っております。読んで頂き有難う御座いました。メリークリスマス★  04.12.18 端宮創哉



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