裏家業と呼ばれる特殊な職種にも関わらず、否、特殊な職業だからこそ、此処半年は眠る間もない程に仕事が詰まっていた。
別拠点からも要請が入り、やれ飛行機やら新幹線やらを駆使し飛び回っていた。
だから、久々に時間が出来たからと浮き足立っていたのに。




- リ・スタート -



小さなビルの階段から降りる地下通り。
早々にアルコールの匂いを身体に纏わせた人々が闊歩している。
狭いその道を抜けて、手前から3店舗目。
久々に向かった店の扉を開こうとして。OPEN、の看板が掛かっていないことに気がついた。
地下の飲み屋には似合わない、重厚そうな扉。マスターの拘りだという其れに手を掛けて、そっと引いてみる。
しかし扉はカンっという音を鳴らせるだけで、開くことはなかった。

「……営業時間が過ぎたのか?」

ただ今は深夜0時を廻ったばかり。昼間の店ならともかく、酒を飲む店としてはあまりに早すぎる。
自分の発言に、そんな訳はないと軽く首を振って。ならばどういうことかと考える。
前回が此の店を訪れたのは半年近くも前のことだ。
その時にはいつものバーテンが、当たり前のように今時の青年らしい顔をして立っており。
毎夜待ち合わせをするわけでもなく、しかし毎夜のように顔を付き合わせて呑んでいるメンバーが、カウンターを陣取り下らない遊びを楽しんでいたのに。

「潰れた、か」

飲食店である以上、客足が遠のけば簡単に店は閉じてしまうだろう。
もしくは食中毒でも出して営業禁止でも喰らったか。
そんなニュースを耳にした覚えはないが、しかし最近は忙しくて、一般に流れるニュースなどに耳を傾ける余裕もなかったのでが知らないだけかもしれない。

「残念、だな」

結構気に入っていたのに。
其れが店構えなのか店に置かれた酒の種類なのか、はたまた此処に集まる人間たちなのか。
自身判らないけれど、ただ、そんなことを呟いて。

「独り言ですか?」

聞き覚えのある声に呼ばれ、はすっと視線を移動させた。
誰か、などと考える必要はないだろう。その独特すぎる声と醸し出す雰囲気。

「……鬱灯」

声の主。見れば予想通りの人間がソコに立っていた。
薄ぼんやりとした灯りの中でも、当然のように輝く銀髪。
その長い髪を鬱陶しげにかきあげている姿が雑多な地下通路から浮いていて、とてもおかしい。

「おまえも店に?」
「いいえ。ソコ、移転しましたよ」
「移転?」

ほら、と指で示され、足下に落ちてしいたチラシに気がついた。
手にとって見れば、2つ隣のビルに移動しました、と書いてある。

「この通路からは繋がっていないので、一度地上に戻って、そこから再度降りた場所にありますよ」
「へぇ。良く知っているな」
「もう行きましたから」

ふぅん。興味なさげに頷いて、それからゆっくりと思考を巡らせる。
そういえば以前マスターから、好みの空き店舗を見つけたという話を聞いた。
付属の厨房が結構しっかりしているのだと。
酒を飲みに来ているのだから良い酒を用意するのは当然だけれど、つまみだって旨いものを提供したい。
ちょびひげをつけたマスターが言い、その横にいたバーテンが何故か自分のことのように誇らしげに笑っていたことを思い出す。
なるほど、なるほど。

「で、おまえはなにをしているンだ?」

ならば新店舗とやらに顔を出してやろうじゃないか。
お客様は神様です。その神様気分で新しい店に脚を向けようとして、其れから不意に気がついた。
店が移動したことを知っているのに、何故こんな場所で会う?
質問の意図が理解できたのだろう、鬱灯がにっこりと口端を歪めた。
本人としてはさわやかな笑みでも演出しているつもりなのだろうが、明らかに獲物を狙う爬虫類の目だ。

「貴方を待っていたのですよ」
「は?」

せっかくの銀糸を地面に擦らせ、そっとの側にまでよってくる。
何となく後ずさろうとして、しかし背後に壁が迫っていたことに気がつき足を止めた。
鬱灯の手が、の長い黒髪に伸びる。

「なっ……」
「お誕生日、おめでとう」

そっと手に取った一束に、口づけを落とされた。
まるで、主に使える従者のよう。
一瞬の思考停止。それからの右手が、拳となって鬱灯の頬に会いに行った。
ぱしん、と軽い音が鳴り、の拳が欝灯の掌に受け止められる。チッと舌打ちをして。

「そんなに怒らなくても良いじゃないですか」
「ふざけんな。気色悪ぃ」

先ほど口づけをされたであろう髪を手に取り、欝灯の洋服で拭う。
酷いなぁと、実際には一切傷ついた様子のな欝灯がからからと笑った。

「お久しぶりですね」
「そう、だな」
「もう二度と会えないかと思って、どきどきしましたよ」
「ばぁか。そもそも再会の約束さえしてないだろ」
「ま、そうですけどね」

くだらないやり取りを、楽しげに笑い飛ばして。
それから、当然のように2人並んで歩き始めた。向かう先はもちろん、馴染みのマスターがいるあの店だ。



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★後書き★
シキ様へのお誕生日おめでとう&WEB上で再会出来て嬉しいですありがとう(遅すぎ)プレゼント作品です!
えぇ、まぁいうなれば僕の自己満足です。本当にすいません。
でもシキ様への愛はたっぷりずっしり詰まっておりますので(多分其れはイラナイ。
宜しければ受け取ってあげてください!
シキ様、お誕生日おめでとうございます!!!!
2010/04/06 端宮創哉