カラフルな電飾。
昼間以上に明るく感じてしまう繁華街。
眠れない人々が 今日も寂しい夢を探していのだろうか。


繰り返し 繰り返し。


小さなビルから降りられる地下通り。 狭い通りにも関わらず、優しい光を灯す看板が点々と並び連なっている。
その、手前から3件目。自己主張をあまりしていない店の扉に、は手を掛けた。
カラン。地上の店では先ず聞くことのない、古臭い鈴の音が耳に入る。
いらっしゃいませ、と店員の声が掛かる事もない。ただバーテンだけが此方を向き、軽く会釈をした。

「今日はお独りで?」
「いや、いつも通り」

雑誌などには載っていない、いわゆる行きつけの客しか足を運べない店。
小さな店内にはカウンターテーブルに5人、それから3・4人掛けのソファとテーブルが1つ、カップル用らしい2人用のテーブルが2個だけ。
今も以外には4人しか客は居ない。其れも勿論、見知った顔ばかりだ。

「開けたばかりの、ある?」
誰も座っていないカウンター席の敢えて一番真ん中。
どうせカウンターに座る人間なんて決まっている。バーテンも端に座れなど言う事はない。
「えぇ、冷酒で開いたばかりのものがありますよ」
「なら、それで」
開けたばかりのもの。いつも通りの注文に、いつも通り返すバーテン。
ボトルキープが並ぶ棚の端から、今日栓を開けたばかりだという日本酒を取り出した。
はいつだって栓を開けたばかりの酒を好む。この店には1年以上通っているが、ボトルキープなんてことはしない。
その理由はといえば。

「おや、お早いですね。私が一番だと思っていましたのに」

カランコロ。先ほどの同様に軽い音を立てて、鬱灯が入ってきた。
至極当然のように、の横に座る。長い横の髪がふわりと揺れ、甘い香りが舞った。
以前香水でもつけているのかと訊ねたら、子供の時から焚かれていた香が染み付いているのだと言っていたが。

「あぁ、仕事が早めに終わったからな。お前こそ、遅かったんだな」
「ちょっと立て込んでいましてね。最近は変な輩が多くて困りますよ」

定時終了と言える仕事をしているわけでもないが、鬱灯は大概一番乗りで此の店に入ってくる。
同様に終了時刻が予想できない仕事をしているは、大概最後となるのだけれども。

「何か召し上がります?」

バーテンが冷酒をいれた透明な瓶と冷えた小さなグラスを2つ、達の間に置いた。
此の店で日本酒や焼酎を飲もうとすると、決まってこんな状態にして出される。
それというのも、達が好むくだらない遊びを更に楽しめるように、だ。
しかし只酒を煽るというのも好ましくはない。はくるりと視線を動かした。
「クジラベーコン?」
店内の邪魔にならない場所に置かれたボード。白いチョークで書かれたメニューが今夜のお勧め。
確か昨晩はブルーチーズのフルーツ和え。雑食らしいこの店の店長が用意するメニューは、だが様々な食材を口にしている分何を頼んでみても外れる事はない。
「珍しく新鮮なモノが手に入りまして。今夜なら生でいけますけど」
「へぇ。じゃあ其れで」
何十年も前なら当たり前に売られていただろうクジラベーコンだが、今となっては口にしたことがない人間の方が多い。
自身も、実は此れで二度目だ。初めて食べたときには其の独特な臭みに顔を顰めてしまったけれど。
お勧めメニューで出ているからには、心配はないだろう。

「では、乾杯ということで」

取り合えず酒とともに出されたタコキムチを摘んでいると、のグラスに酒が注がれた。
其の後で鬱灯は己のグラスにも注ぎ、軽くグラス同士を触れさせる。
カチン、と小さな音が鳴れば、ゲームの始まりだ。
「今日もお疲れさん」
軽いねぎらいの言葉を吐いて、くぃと一気。小さなグラスなので、コクリと2口程度で飲み切れてしまう。
勿論鬱灯のグラスも、空。互いにテーブルに置いて、先ほどと同じくらいまで注ぐ。
何処かでグラスの音が鳴ると同時に、グラスを空にする。そしてまた注ぐ。
此れがと鬱灯、それから未だきていない櫂音の3名が気に入っているゲームだ。
勿論自分が飲みたくなれば、相手のグラスに触れさせて音を鳴らせば良い。
そうして同じ量だけ胃に納め、先にギブ……大概は仕事に呼び出されたりする人間になるのだが……今夜の会計をするのだ。

「もう始まっていたんスね」

取り合えず3杯目をあけたところで、櫂音が店に入ってきた。
真紅の髪が揺れ、薄暗い照明にされたこの店内にはある種不気味に、しかし妖艶に映る。
「えぇ、フライングさせて頂きましたよ」
4杯目。鬱灯がのグラスに触れさせて音を奏でる。
透明な液体が、彼らの喉にと消えた。
「じゃ、途中参加っことで」
顔色一つ変わらない2人に、櫂音が楽しげに肩をすくめる。どうせならスタートが同じタイミングの方が楽しいのだけれど。
バーテンも毎夜のコトだからと、至極当然のようにの横、空いた席にグラスを追加する。
残念ながらこの時点で初めの瓶は終了し、2度目の瓶……中身は麦焼酎に変わっていた。

カウンター席にいないと聞こえない程度の音。
誰かが誰かのグラスに触れさせて、ゲーム開始を告げる。
会話なんて寧ろないに近い。出てきたベーコンが旨いだと言ったくらいか。




「どうせ其処まで飲まれるのですから、ボトルキープしたほうがお安いですよ?」

周囲の客の顔も全て変わった頃。
もし初めから一升瓶で頼んでいれば、確実にそれは空になっているはずの頃。
寧ろ一本といわず、2・3本はあけてしまっただろう頃。
3人の下らない遊びに、実は其れを鑑賞することが好きなバーテンが苦笑しながら提案した。
ベーコンの載っていた皿は綺麗に空になっている。それを下げて、サービスですとオリーブの実がたっぷり詰まった固めのパンを寄越してきた。
此れはバーテンオリジナルのパンで、が此の店で唯一不味いと言ったもの。
毎夜毎夜嫌がらせのようにして出てくるそれに、が口の端を上げた。

「そういうの、しないことにしているから」
真ん中に座っているの前に、堂々と出された其れをそっと鬱灯の方にずらす。
「まぁボトルキープはしなくても必ず一本以上はあけていますからね」
己の方にと移動してきた其れにくつくつと笑みを零しつつ、鬱灯はオリーブの実だけを取り出した。
中身を櫂音の方にと差し出せば、アーモンドを食べるかのように口に運ぶ。
そして外側……つまりはパンだけをにと戻す。
店としては同じ量を出してそれ以上の金額を請求できるのだから、通常より儲けが出る。
実際なら喜ぶべき客の注文方法に、しかしバーテンは再度食いついた。
「一本単位で注文したほうが、経済的に良いと思いますけどね」
いつもと同じ食べ方をし始めたに不満げな表情を浮かべ、店長手製のベリージャムを寄越す。
此れが旨いのだ。
オリーブを全て抜き取られたオリーブパンにべったりと付け、口に運ぶ。
口いっぱいに広がる酸味と甘み。煮詰めて創られたブルーベリージャムに生のラズベリーが混ぜられている。
「ンま」
そして毎夜同様の感想。
がくりと肩を落としたバーテンが、小さな溜息を付いた。
「昔よりは上達しているんですけどね。そろそろ普通に食べてくれませんか?」
「確かにこのジャム、初めて食べたときよりも美味しくなっているよな」
口の端を上げて返されるの台詞。バーテンが再度大きな溜息を付いた。

「……仕事だ」
夜更けどころか夜明け間近だというのに、の携帯が震えた。
ディスプレイに浮かんだ文字に、がすくりと立ち上がる。あれだけ飲んで、よく平気でいられるものだ。
以前顔なじみの客が驚いていたが、しかし彼らの職業を聞けば更に驚くだろう。
……まぁ、あまり一般人には聞き覚えのない単語になるのだけれど。

「今日はのおごり?」
「ン」

ジーンズのポケットに無造作に織り込まれた紙幣を数枚、バーテンに差し出す。
最後に、注がれていた芋焼酎を一口で空にして、は店を後にした。
後方から、鬱灯と櫂音が再度ゲームを始める声が聞こえ、思わず口元をゆがめる。


またな、とは言えない関係。


初めて櫂音たちと会ったのは、もう2年以上も前。
とある屋敷の寝室。全く同じ人物を狙う3人。しかし依頼人は全て別。
敵とも味方ともならない状況。それが、風羽達だった。

はその人物の息の根を止める依頼を受け。
櫂音はその人物が所有する極秘の情報を盗む事を依頼され。
鬱灯はその人物の生死問わず、法的器官に連行する仕事を請け負っていた。

だからその時は櫂音が情報を先に奪い、が息の根を止め、骸を鬱灯が引き取ったわけだが。
もしもう一度おなじ状況になったときに、同じ行動を起すだろうか?
否。きっと3人は嬉々として互いを殺しあうだろう。
毎夜繰り返される密会。
互いの距離が近くなれば近くなるほどに、その瞬間が早く訪れないかと願うのは、多分だけではない。

「クッ……」

朝の風を感じ、は喉を鳴らせ笑った。
あの店のバーテンはいつか気がつくだろうか。が、彼らがボトルキープしない理由に。
またな。などと再来を意味する発言をしない理由に。


毎夜毎夜 繰り返される下らないゲーム。
いつまで出来るだろうかと、風羽はまたも小さく笑った。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
★後書き★
え〜と、取り合えずどんな言い訳をしようか考えている創哉です(滝汗。
此方は風羽さんからキリ番リクエストを頂いた友情夢風味☆のお話で御座いますが。
ゆ、友情って何だ? そしてオチもなにもないこの話はどうしよう。みたいな。
なんとなく、鬱灯と櫂音を出したいと思ったらこういう雰囲気が出来上がっておりました。
てか会話ないし。バーテンが一番出ているし、みたいな、ねぇ?(誰に聞いている?
え〜……こんなで良ければ是非貰ってあげて下さいませ! あ、焼却可能ですので【汗
此処まで読んでくださった方も、有難う御座いました!!        2006/05/24 端宮創哉。