鮮やかな花が、闇色の空で一気に咲き誇り掻き消える。

消えると同時に、次の花が大きな音と共に咲き誇り、また掻き消えた。











旅立ちの時。







「たぁ〜まやぁ〜」



途切れることなく打ち上げられる花火を見上げながら、が小さく呟いた。

街でも一番大きな神社の夏祭りは、少し歩けば人に当たってしまいそうなほど賑わっている。

皆と逸れたのはどの位前だっただろうか。

きっとそんなに時間は経って居ない。

桂嗣に買って貰ったたこ焼きを、半分食べ終わるだけの時間しか過ぎては居ない。

だが未だ8つのにとって、祭りの中で独り逸れるというのはあまりに不安が大き過ぎて。



「……たぁ……ま、やぁ……」



たこ焼きを口に詰め込みながらも、は両目に大きな泪を溜めた。

時折 『迷子かな』 と通りすがりの人が話しているが、誰一人として声を掛けてくれることはない。

しかも神社の祭りでは、迷子センターらしきものも設置されては居ないので、

行き場の無いは、仕方なく長い階段の下から三段目に座り込み、独りで花火を見上げていた。



毎年楽しみにしている夏祭り。



此処を訪れるのは8度目なので、家までの帰り道がわからないわけではない。

しかし一緒に来た兄と弟、それに子守り3人衆が自分を探していると思うと、勝手に帰るわけにも行かない。

そう思っても、やはり心細くて。

家族連れの楽しそうな声が横を通るたびに、の目に溜まった泪が更に大きくなった。







「……ぁ」



最後のたこ焼きを食べ終わると同時に、人ごみを掻き分けながらこちらに向かって居る桂嗣の姿が見えた。

他の4人はいない。別々に探してくれているのだろうか。周囲を見回す暇もなく、桂嗣が目の前にまで走ってきた。

様、此方にいらしたんですね……」

ずっと探していたのだろう、珍しく息が切れている。

逸れたことを怒られるかとも思ったが、桂嗣はほっとしたように微笑み、の頭を撫でてくれた。

「置いて行ってしまい、すいませんでした。歩くの、少し早かったですか?」

軽くひざを曲げて、桂嗣がの目線に合わせる。

声を出すと目に溜まっている泪が落ちそうなので、はぶんぶんと顔を横に振った。

「では、何か見たいものでも有りましたか? それとも、歩き疲れたとか」

強めに顔を振った所為で、結局零れた泪を桂嗣が指先で拭ってくれる。

何処までも子ども扱い。少し考えた後で、はそっと近くの屋台を指差した。



「……指輪」

「指輪、ですか?」



が指した先に、桂嗣が視線を向けた。其処はビーズやガラスで出来た指輪を売っている店で。

女の子たちが楽しそうに話しながら、屋台の前でキラキラ光る指輪を選んでいる。

兄と弟にとっては全く興味の無い玩具だからと、が足を止めたことにも気がつかずに通り過ぎ。

そして足を止めて指輪を選んでいたが、ふと気がついた時には逸れていたのだ。



「そうですか。気がつかなくてすいませんでした」

の身近な一言で理解したのだろう。桂嗣が謝り、そしてそっとの手を引いて其の店の前にまで移動した。

「お詫びに1つプレゼントしますよ。選んで下さい」

優しく微笑み、近くにあったビーズの指輪を手にとって見せる。

先に店の前で品を見ていた女の子たちは、同じ年頃の少女の手を引いてきた美丈夫に、嬉しそうに場所を譲ってくれた。





子供に優しい桂嗣は、子供は勿論のこと奥様方にも人気がある。

別に、独り占めをしたい、なんていう子供じみた発想があるわけではないけど。

こういう特別扱いがどうしようもなく嬉しかったり。そのくせ子ども扱いされることが腹立たしくて。





「なら、婚約指輪がほしい」

しっかり考えた後で、は優しい笑みの桂嗣にきっぱりと言ってのけた。











***











「……おや、桂嗣。こんな所に居たんですか」

「鬱灯。……何か用ですか、こんな夜中に」



鮮やかな月が闇を照らしている。いつもなら就寝の時間。

珍しく縁側で手酌を楽しんでいた桂嗣の横に、天井からの訪問人が足音も無く降りてきた。



「別に、ちょっと遊びに来ただけですよ」

軽い口調で答え、ごく当然のように横に腰を降ろす。

そして床に置いてあった玩具の指輪に気がついた。

ピンクのビーズで輪を作り、ハートのプラスチックが飾られている其れは、桂嗣の持ち物としては似合わない。

軽く頭の中で思考を廻らせた後、鬱灯は其の指輪を手にとった。

「……サンのですか?」

「よく判りましたね」

さらりと訊ねれば、全く酔った様子のない桂嗣がにこりと微笑む。

否。鬱灯相手にまともに微笑んでいるのだから、顔面には出ていなくても酔っ払っているのであろう。



「明日、結婚式なんですよ」



アルコールが入っているとは思えない口調で、桂嗣がそう言った。

囁くように放たれた言葉は、鬱灯の耳にだけ届き、あとは闇夜に消えてゆく。

寂しげな響き。手塩を掛けて育てた子供が結婚することが、寂しいのだとでも言いたいのだろうか。

しかし其れは恋慕ではなく、父親の心境であり。つまりは、遠いアノ日にが欲しがった感情ではないから。

『大きくなったら結婚しましょう』の約束は良い思い出となり、15年を経て指輪は桂嗣の手に戻ってきたのだ。



こんな桂嗣を見るのは何度目だろうか。

そしてこれから何度、こんな桂嗣を見ることになるのだろうか。

どうせ鶴亀家の子供達が成長しこの家を出るたび、桂嗣はこんな風に寂しさと戯れるのだろう。



大袈裟に鬱灯がため息をついた。まるで馬鹿にしているかのように、口の端を上げて笑う。

「そんなに寂しいのでしたら、私が慰めてあげましょうか?」

「そのお心遣いは不要です」

そして吐き出した言葉は、即座に切り返されたけれども。

ただその一言だけでも、寂しげな空気が何時ものソレに戻るから。





「自分の娘でもない子の結婚式で号泣したら、相当恥かしいですよ」

「泣きませんよ。心から祝福してきます」





軽口を叩きあいながら、桂嗣達は空を見上げた。

鮮やかな花が旅立つのは、また新たなる花を咲かせるためだから。

遠く離れてしまうにとって、明日が新たなる幸福への入口であることを願った。











★後書き★ 風羽サンに贈る祝い夢小説!! 頂いたリクエストのイメージ相当無視してスイマセン(滝汗)桂嗣夢で鬱灯も出す……。

本当は2人手取り合って頂こうかとも思ったのですが、結婚に絡めたくて。奴等は結婚してないし……と考えた末に出来上がったモノが此れですが。

はい、良ければ貰ってあげてください!!! いらなかったら捨ててください(爆)取り敢えずは、本当におめでとう御座いますvvv

また此処まで読んでくださった方も、有難う御座いましたv           2005/08/20 端宮創哉。