Silent Labyrinth

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目次

少女と糸繰り車

1

 むかしむかしの話である。あまりにも昔過ぎる記録なので、あるいはつい最近の話かもしれないが、とにかく昔の話である。

 その昔、ある所に真祖の姫君が住んでいた。聞く所によると、とても綺麗な姫君だったようだ。姫君はやがて成長し、一人の男と結婚することになった。聞く所によると、とても幸せな結婚だったようだ。

 夫婦はやがて子供をもうけた。丸々と肥えた、元気のいい女の子だった。二人はとても喜んだので、さっそく誕生を祝う宴が開かれることになった。近隣に住む全ての人々、そして昔世話になった全ての人々が招かれた、まれに見る盛大な宴だったそうな。

 磨き上げたクリスタルが鏡のようにきらめく城の大広間に、テーブルと椅子がずらりと並べられた。白い月影を銀糸で織ったクロスがしかれ、金と銀で飾られた白磁の皿が所狭しと並んでいる。夫は妻に寄り添って子供をあやし、妻は腕の仲の子供と隣の夫をかわるがわる見ては微笑んでいた。訪れた人々はそんな三人の光景を暖かく見守って、生まれたばかりの娘に心からの祝福を授けていたのであろう。

 贅を尽くした料理がふるまわれた。肉はとろけ、ワインは香り、野菜は瑞々しい。辛党の人には辛い料理が出され、甘党の人の為に甘い料理が準備されていた。カレーや人参はもちろん、なんと新鮮な血液まで用意されていたほどである。客達は酒に酔って料理に舌鼓を打ち、賑やかに会話を交わして楽しんだ。

 音楽に長ける者が娘の健康を祈って奏でた。詩に長ける者は娘の美貌を予言して唄った。踊りを踊り、合唱を披露し、芸の深きを競い合った。笑い声と拍手が途切れることはなく、夫婦と娘を祝う言葉がクリスタルの壁にこだました。更なる幸福が心から祈られ、喜びのうちに宴が終わることを疑うものは一人もいなかった。

 しかし宴もたけなわ、皆が酔いに捕われてきた頃に、大地をゆるがす轟音が轟いた。大広間の扉が勢いよく開けられ、客達は驚きと恐怖によって硬直する。数瞬送れて悲鳴が上がり、酩酊していた者は椅子から転げ落ちた。入ってきたのは宝石の魔法使いである。

「子供が生まれたと聞いて楽しみに待っていたものを、なんとまあ見事にのけ者にしてくれたものよ。こぼれんばかりの祝福を用意していたがもう遅い。灼熱を身に纏う漆黒の亡霊に命じて娘の命を奪うとしよう。20歳を迎えた日の朝に、城の東塔で糸紡ぎのつむに刺された姿を見て嘆き哀しむがいい!」

 高笑いとともに宝石の魔法使いが消えると、とたんに大広間はざわめいた。夫は悲しみにくれる人々をなだめ、恐怖に震える妻を心配ないと落ち着かせた。ようやく静まった会場に、大地をゆるがす轟音が轟いた。大広間の扉が勢いよく開けられ、客達は驚きと恐怖によって硬直する。数瞬送れて悲鳴が上がり、酩酊していた者は椅子から転げ落ちた。入ってきたのは死徒の姫君である。

「子供が生まれたと聞いて楽しみに待っていたものを、なんとまあ見事にのけ者にしてくれたものよ。こぼれんばかりの祝福を用意していたがもう遅い。暴食で名高い海の怪物に命じて娘の命を奪うとしよう。19歳を迎えた日の朝に、城の東塔で糸紡ぎのつむに刺された姿を見て嘆き哀しむがいい!」

 高笑いとともに死徒の姫君が消えると、とたんに大広間はざわめいた。夫は悲しみにくれる人々をなだめ、恐怖に震える妻を心配ないと落ち着かせた。ようやく静まった会場に、大地をゆるがす轟音が轟いた。大広間の扉が勢いよく開けられ、客達は驚きと恐怖によって硬直する。数瞬送れて悲鳴が上がり、酩酊していた者は椅子から転げ落ちた。入ってきたのは青い魔法使いである。

「子供が生まれたと聞いて楽しみに待っていたものを、なんとまあ見事にのけ者にしてくれたものよ。こぼれんばかりの祝福を用意していたがもう遅い。大地を飲み干す邪悪なる犬に命じて娘の命を奪うとしよう。18歳を迎えた日の朝に、城の東塔で糸紡ぎのつむに刺された姿を見て嘆き哀しむがいい!」

 高笑いとともに青い魔法使いが消えると、とたんに大広間はざわめいた。夫は悲しみにくれる人々をなだめ、恐怖に震える妻を心配ないと落ち着かせた。ようやく静まった会場に、大地をゆるがす轟音が轟いた。大広間の扉が勢いよく開けられ、客達は驚きと恐怖によって硬直する。数瞬送れて悲鳴が上がり、酩酊していた者は椅子から転げ落ちた。入ってきたのは埋葬機関の長である。

「子供が生まれたと聞いて楽しみに待っていたものを、なんとまあ見事にのけ者にしてくれたものよ。こぼれんばかりの祝福を用意していたがもう遅い。20の軍団を司る悪魔に命じて娘の命を奪うとしよう。17歳を迎えた日の朝に、城の東塔で糸紡ぎのつむに刺された姿を見て嘆き哀しむがいい!」

 高笑いとともに埋葬機関の長が消えると、とたんに大広間はざわめいた。夫は悲しみにくれる人々をなだめ、恐怖に震える妻を心配ないと落ち着かせた。ようやく静まった会場に、大地をゆるがす轟音が轟いた。大広間の扉が勢いよく開けられ、客達は驚きと恐怖によって硬直する。数瞬送れて悲鳴が上がり、酩酊していた者は椅子から転げ落ちた。入ってきたのは白翼公である。

「子供が生まれたと聞いて楽しみに待っていたものを、なんとまあ見事にのけ者にしてくれたものよ。こぼれんばかりの祝福を用意していたがもう遅い。海に沈んだ巨大な蛇に命じて娘の命を奪うとしよう。16歳を迎えた日の朝に、城の東塔で糸紡ぎのつむに刺された姿を見て嘆き哀しむがいい!」

 高笑いとともに白翼公は消えたが、もはや大広間がざわめくこともなく、人々は悲しみに打ちのめされて俯いていた。所々からはすすり泣きが聞こえる。夫婦は呆然として泣くことすらできず、華やかな宴の空気は見る影もない。

 しばらくして、一人の投影魔術師が名乗りを上げた。彼がつくり出す歪な短刀には、なんと呪いを解く力が有るという。

「それはすばらしい。ぜひとも呪いを解いて下さい」
「ええ。それではこの短刀を赤ちゃんに振り上げて―――」
「なんと。振り上げて?」
「こう、ぐさっと」
「帰れ!」

 結局、誰も呪を解けないまま、客達はうなだれて帰路についた。

2

 さて、娘はすくすくと成長し、今や美しい少女になっていた。そして16歳を迎える前日、巨大な蛇が使命を果たそうと東の塔に忍び込んだ。娘を殺すためである。しかし、彼の行動を止める者があった。それがなんと、20の軍団を司る悪魔であったので、蛇はいぶかしんで聞いた。

「なにゆえ、この私を邪魔するか。おまえさんとてこの娘の命が消えるのは願ったりではないか」
「それがだ、蛇殿。私は糸紡ぎのつむで娘を殺すようにとは命じられたが、16歳の時にではない。あなたが今、ここで自分の命令を果たしてしまうと、私はとても困るのだ」

 悪魔は、とても几帳面な性格だったのである。蛇はなるほどと頷いたが、それでどうしたということでもない。悪魔には悪いが今ここで娘を始末しようと糸紡ぎを探しはじめた。蛇も、とても几帳面な性格だったのである。しかしそれを許さない者は他にもいた。邪悪なる犬と海の怪物と漆黒の亡霊である。何の因果か、彼等もまた、とても几帳面な性格だったのであった。

 いくら蛇でも4対1では適わないのは当然なので、娘はその年を生き延びることになってしまったという。蛇はたいそう悔しがったと伝えられている。

 次の年、悪魔が使命を果たそうと東の塔に忍び込んだ。娘を殺すためである。しかし、彼の行動を止める者があった。邪悪なる犬と海の怪物と漆黒の亡霊、それに蛇も止めに入った。自分が失敗したのに悪魔が成功するなどという事態は、蛇のプライドが許さなかったのであろう。なんだかんだでこの年も娘は生き延び、それから先も娘は生き続けた。自分の番が来ていない者は止めに入るし、自分の番が過ぎてしまった者も止めに入ったからである。

 ついに娘は20歳の誕生日を無事迎え、 その時の両親や親しい人々は喜びを共にするために宴を開いた。もちろん前に忘れられていた人物達も招かれて、幸福は誕生のときのそれをも遥かに超えた。彼等はお互いに非を詫びて、無事に仲直りをして肩を組んだ。

 もはや誰も、蛇達のことを覚えてなどいなかった。

 一方、蛇や悪魔、そして犬と怪物と亡霊は相談していた。指定された日に娘を殺せなかったのは悔しいが、しかしこうなってはいつでも同じである。あとは誰が手を下すかを決めさえすれば、娘は糸紡ぎのつむによって命を奪われる運命にあった。

 しかし、このときもまた足の引っ張り合が続いたという。誰もが自分の手で仕事を完遂したかったからである。記録によると、まずはじめに犬がくじ引きを提案し、トリックがあるかもしれないと却下されたらしい。次に悪魔が同時にとどめを刺すことを思い付いたが、抜け駆けが危惧されておしゃかになった。賢者を呼んで決めてもらおうと言えば誰かとグルであるかもしれないと反対し、いっそ実力で奪い合ってはどうかとなれば相打ちを心配してうまくいかない。彼等が飽きもせずに議論を続けている間に、なんと数十年の月日がたっていた。

 娘はいつの間にか恋をして、結婚して子供をもうけている。両親は孫の顔にとろけるような笑みを浮かべ、娘の夫に笑われる始末。幸福の絶頂にいる彼等の頭には、蛇達の記憶などあるはずもない。もはや、何もかもが過去の話だった。

 蛇と悪魔と犬と怪物と亡霊はその光景を見て全てを諦め、肩を落として共に飲みに出かけた。そして彼等は親友となったという。

 しかし、だれか気付いた者はいたのだろうか。全てが真祖の姫の想像によって生み出される城の内部には、糸を繰る道具など一つも存在しないということに。

大きな桃

 むかしむかしの話である。あまりにも昔過ぎる記録なので、あるいはつい最近の話かもしれないが、とにかく昔の話である。

 いつものとおり川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコと流れてきた。もしも見つけたのが弓塚さつきでなかったら、あるいは彼女が流水を克服していたら、この話はもっと長かった。


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