ルヴィアゼリッタさんの野望

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 私、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはただいまちょっとばかりピンチです。具体的にいうと死にかけてます。出血多量で意識も飛びそうです。ですが私は淑女ですので、ああこんなことなら恋の一つでもしておけばよかった、とか、ちくしょう楽しみにしていたケーキがまだ冷蔵庫の中に入ってるのに、などの俗な思考はしないんです。しないって言ったらしないんです。

 どうやら協会の要請で吸血鬼退治なんかに参加したのが間違いだったようです。アインシュタインだかアインツベルンだか知りませんが、聞いたこともない名前だったのでどうせやられ役だろうと踏んでいた私が甘かったのかもしれません。50年に一度しか出てこないような引きこもりの癖に、森全体が武器だなんて生意気すぎますわ。レディに対するもてなしってものをご存じないのかしら。

 既に一緒に現地入りした剣士っぽい方ともはぐれてしまって、一人静かに森のふちで虫の息です。さすがにここら辺の植物は弱いんですが、ちびちびとダメージを与えてくるので洒落になりません。あ、またペンペン草がやってきましたわ。今度こそ撃退してみせましょう。そう何度も血を吸わせるわけにはいかなくてよ。てい、てい、――ぐぇ。

 ……ああ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの人生はこんなところで孤独な終焉を迎えるのね。贅沢なんていいませんから、せめて天涯付きのふわふわなベッドの中で最高に美味しい紅茶をいただいて、私好みの素敵な執事にかしずかれながら死にたかった。

「大丈夫か! おい、大丈夫か! しっかりしろ! 今助けてやるからな!」

 あら、素敵な声。もう目もよく見えませんけど、暖かい大きな腕も素敵ですわ。この絶妙な登場のタイミングといい、昔見たことのあるジャパニーズアニメの正義の味方のようですわ。うっとり。

 私を助けて下さったのは、ミスタ・エミヤと名乗る男性でした。多分同年代でしょうけど、白い髪と浅黒い肌が渋さを演出してますわ。すてき。

 ミスタ・エミヤは私を近くにあった小高い丘の上まで連れていって下さいました。見ると既に彼のものらしきテントがはってあります。いやん、そんな大胆な。

 ……痛いです。レディをぶつのはひどいと思います。

 眼下には先ほどまでいた赤黒い森がよく見えます。森の中ではわかりませんでしたけど、いつの間にか日が暮れていたようですね。暗闇の中でうぞうぞと動くアメーバーのような森が気持ち悪いです。

 ミスタ・エミヤは人助けのためにここに来たと言っていました。それなのに助けられたのは私だけとのこと。私も森の中でたくさんの骸に遭遇しましたが、生き残れたのが私だけと知ってがくぜんとしてしまいました。

「いや、それは違う。まだ生きている人は結構いるんだ」

 あら、どういうことですの?

「それがさ、みんな俺より強いらしくて、助けなんていらないそうなんだよ」

 まさか。私を颯爽と助けて下さったあなたより強い方なんて、滅多にいませんわ。

「……いや、多分事実だと思う」

 ミスタ・エミヤがそう呟いてすぐ、森の一部が不自然に死滅してしまいました。大きなクジラのような怪物が、森の上を泳いでいます。挙げ句の果てに、どこからともなく「カレー!」という女性の叫び声まで聞こえてくるのです。ああ、なぜかあたりにスパイスの香りが……。

 私はちょっと現実逃避をしたくなりました。まさにあそこは人外魔境です。ミスタ・エミヤが肩を落とすのも無理はありません。どんどんスパイシーな色に染まっていく死の森をなるべく視界に入れないようにしながら、私はミスタ・エミヤに慰めの言葉をかけておりました。

 ミスタ・エミヤがようやく立ち直ったときには、既に朝日が昇り、一面黄金に染められた世界が広がっていました。ええ、カレーの色で。一瞬、その中で「むっはー」と叫ぶシスターを見かけた気もしますが、強制的に視界と記憶から叩き出したので問題ありません。

 とにかく、ミスタ・エミヤは精悍な顔で昇る太陽を見つめていました。まるで己の理想を確認するかのような真剣な表情に、思わず胸が高鳴ってしまいます。陽光に照らされる整った顔だちに、目をそらすことができません。

 私、この方に恋をしてしまいました。魔術師らしからぬ事だとは思いますが、私はこの人と添い遂げたい。その気持ちだけは、決して、間違いなんかじゃないんですから!

「おーい、セイバー! 俺は頑張ってるぞーーー!」

 ……間違いかもしれません。


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