これって、セクハラではないでしょうか。
不満をたっぷり染み込ませた私の視線にも気付こうともせずに、シェロは実に楽しそうに弄び続けるのです。それはもう無遠慮に撫でたり揉んだり。私がどれほど恥ずかしい思いをしてるかなんて理解してないのでしょう。視線で隅々まで舐め回して、綺麗だな、なんて当たり前のように呟かれたときには、卒倒しなかったのが不思議なほどでしたのよ。あなた、雇い主に対してこの仕打ちはあんまりではありませんか?
首筋まで赤く染まってるのを自覚しながら、抗議の言葉を口にしようとします。ですが私の喉は渇ききっていて、舌は全く回らずに、情けない事に呻き声の一つもあげられませんでした。なんて、なんて不様な女でしょう。相手がシェロでなかったら、バックドロップの数ダースもくれてやりますのに。
そんな私の内心などおかまいなしなのでしょう。使用人としての立場などものともしないこの不良執事は、主人を羞恥地獄に叩き落としただけでは飽き足らないとでもいうのでしょうか。飽きもせず頼んでもいないマッサージに没頭する彼の瞳は、無邪気すぎて恐ろしいものがありました。
ふと、壁にかかった鏡が目に入ります。そこに写るのは一人の女。それは信じられない光景でした。彼女はその肉体を犯されているにも関わらず、明確な歓喜に瞳を濡らしていたのですから。
とっさに、見てはいけないと視線をそらしましたが、それもささやかな抵抗でした。一度認識してしまった現実は、どうあがこうと目に飛び込んでしまうのです。
ソファーの上、青いドレスに身を包んだ私は、隣に座ったシェロの手により苛められています。眼光は虚ろで悦びに潤み、理性は曇りきっておりました。頬どころか顔中が真紅に上気している様は滑稽です。はしたなくも媚びた様子で半開きになった唇からは、この歳でもうぼけたのでしょうか、一筋の唾液が光って落ちました。淑女としての自負はどうしたのでしょう。汗の滲む額には、前髪が不格好に張り付いて……。
思わず、耐えていた涙腺が決壊しました。だってあまりにもあんまりではありませんか。こんな不様で淫らな顔、まさかこの私がする事になるなんて、夢にも思いませんでしたのに。
フニフニと、シェロは私を揉み続けます。そう、私の手の平を。―――たったこれそれだけじゃないかとシェロは言うかもしれませんが、それはデリカシーがなさすぎますわ、この唐変木。
私が今までに、何人の殿方に素手を触る事を許したと思っているのです? あなたにさえほんの戯れだったといいますのに。丁度爪の手入れをしているところにシェロが通りがかりましたから、ちょっとからかってやろうとお願いしただけですのよ? ですから貴方はいつも通り、慌てて取り乱してくれればよかったのです。そうすれば私もクスクスと笑って、冗談ですわと微笑めましたのに。
まさか、いつも遠坂にして慣れてるからいいぞ、なんて気軽に引き受けるなて予想できますか!
しかもそれだけではありませんでしたね。何の遠慮もなしに握った上、いつも手袋をつけてるルヴィアの手の平はやっぱり綺麗なんだな、なんて散々褒め尽くす言葉攻めから始まって、手入れが終わればついでだからマッサージだって、延々、えんえんこうやって……。
ねえシェロ? 私を恥ずかしさで殺す気ですか? まさか万が一の為にと密かに用意している遺言書に、貴方へ相当の資産を譲ると書いてある事を知ってるとか? エーデルフェルト館殺人事件?
そんな、私が混乱と羞恥の極地にいるときに、その瞬間はやってきました。シェロは何を考えていたのでしょう。散々いたぶり尽くした私の手の平をじっと眺め、吸い込まれるように唇を落としたのです。
凍りました。私も、世界も。何が起こったかなんて判らずに。何が起こったのか明確すぎて。あまりにも自然なシェロの動作は、何故か無性に悲しくて。
……酷すぎますわ! なんでそうナチュラルに、私の心を揺さぶれるのです! 手の平へのキスが何を意味するのか、知らなかったとでも言うのですか!? もし知らなかったのなら怒りますし、知っていたのなら泣きますわよ! 何となく、ですって!? この変態! そこに座りなさい! セイザ!
よろしい。それではさて、これからお説教をするわけですが。その前にもう一度……、……て、…………手の平にキスしていただけませんか? ルヴィアって、低く甘く名前を呼んで……。