ルヴィア嬢短編劇場 ほのぼの その3

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目次

凍れる天空の片隅で

1

 荒れ狂う吹雪に飲み込まれた。山肌はどこまでも白く、夜空は漆黒の口を開けている。氷の結晶が絶えまなく殴り掛かり、体温を容赦なく削り取っていく。辛くて、寒くて、寂しくて、痛くて。微笑みがこぼれるほど泣きそうになって、少し笑って、涙がでた。

 神経は既に狂っている。冷たくて痛かった頃が懐かしかった。凍った体が動かない。歩いているのか、浮いているのか、泳いでいるのか、泣いているのか。歩いて、歩いて、よろめきながら歩いて、倒れそうになっても歩いて、無意味と知りつつ歩いて、歩けなくなって倒れ落ちるその時―――。

 ―――ふと、誰かの手を握っていることを思い出した。

 握りしめる。指先の感覚などとうにない。千切れてないかさえ怪しかった。握力を込める。力は少しも入らなかったけど、それでも、となりに誰かがいることが嬉しかった。

 ―――しっかりしなさい、ミス・トオサカ。

 喋るだけの体力があるはずもなく、言葉にしても吹雪に負ける。だから心に刻み付けて、ルヴィアゼリッタは前に進んだ。凛とともにいる限り、彼女も自分でいることができた。たったそれだけの気休めが、今はこんなにも暖かい。

 魔力は涸れた。宝石も尽きた。いかに魔術を巧くあやつろうとも、大自然の前では小さすぎた。雪山を侮った酬いだろう。時計塔が誇る主席候補二人は、今、神秘の欠片もない現象によって死にかけている。多少の火など一瞬でかき消され、寒空の下では大掛かりな魔術も時間稼ぎにしかならなかったのだ。

 共に歩く凛に意識があるかすら定かではなく、自分が生きているのかすら不安になる。一番会いたい人には会えそうになく、おせっかいな正義の味方はあらわれない。そんな当たり前のことが無性に悔しくて、ルヴィアゼリッタは唇を噛んだ。悔しいと感じたことが悔しかった。未練だと、縋りたいと思ってしまった自分が許せなかった。たとえ誰に好意を持ったとて、ルヴィアゼリッタは魔術師であるはずなのだ。誇り高きエーデルフェルトの一員でなければならないのに―――。

 そこまで思考を巡らせたとき、隣にいた凛が倒れ込んできた。限界を超えた限界だったのだろう。それは彼女も同じだった。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの生涯もここまでなのか。意志の強さではどうにもならず、支えるどころか腕を上げることすらできずに、二人して雪の中に倒れ込んだ。

 朦朧とする意識の中、最後の力で魔力を練った。ほんのひとかけら。たった一度で使い切ってしまうそれを、手にして―――。

 決してとどかない吹雪の彼方、会いたかった誰かの幻を見た……、気がした…………。

2

 ───目覚めると、温もりに埋もれていた。

 凍傷になりかけた四肢が痒く、痛い。痛いと思える事が嬉しかった。自分の鼓動を確かめるように、肩を抱いて深呼吸してみた。

 ―――そこに、命があった。

 思わず熱くなってしまう涙腺に、ルヴィアゼリッタは逆らわなかった。生きている。人はそれだけで幸せなのか。吸って吐くだけの呼吸が享楽で、取り留めのない思考が糖蜜のように甘かった。

「気がついた?」
「―――シェロ!?」

 突然、すぐ後ろから声をかけられて、ルヴィアゼリッタは驚いた。振り向くと確かに彼の顔。薄暗くてはっきりとは分からなかったけど、士郎の顔だけは見間違えない。

「良かった。……ああ、本当に良かったよ。遠坂もルヴィアも、無事でいてくれて」

 静かに、優しく抱き締めてくる士郎の腕。そういえばと隣を見ると、凛もすやすやと眠っている。とても穏やかに、安心しきった表情で。

「私達の後を、追ってきましたの?」

 悪い予感がしたからな、と士郎は頷いた。そうでしたか、とルヴィアゼリッタも相槌を打つ。そして、会話が途切れて、静寂が訪れた。

 おそらくは、ここは雪洞なのだろう。暗い空間を見渡して、ルヴィアゼリッタはそう理解した。彼女は凛と二人で、士郎に寄り掛かって暖め合っている。布団の代わりに脱いだ服をかけられて、お互いの体温を感じ合って―――。

「―――って。ちょっと待ちなさい」

 慌てて確かめると、否、確かめるまでもなく、ルヴィアゼリッタは裸だった。辛うじて下着だけつけているが、それ以外は何もない。勿論、士郎も凛も同じだった。

 何故、今まで気がつかなかったのだろう。皮膚の感覚がおかしくなっていたからか、あるいは安心しきっていたからか。どちらにしたって不覚だった。

「シェロ……、見たのですか?」

 何を、という問いなど許さなかった。ルヴィアゼリッタは淑女として、乙女として、士郎をきつく睨み付ける。

「い、いや、ちょっとだけ……。だ、だけどほら凍傷寸前で他に方法が……」

 それは分かる。他に方法がなかった事も。つまりコレは緊急避難に他ならず、それでも、いや、だからこそルヴィアゼリッタは恥ずかしくてたまらない。

「そうだ、ルヴィア。お湯飲まないか、暖かいぞ」

 暗闇を照らす唯一の光源も兼ねていた固形燃料が、その熱でカップを暖めていた。ルヴィアゼリッタだって分かっている。ただ暖かいだけの少量のお湯が、この環境下では最高の贅沢であることぐらい。だけど。

「……ごまかされませんわよ。憶えてらっしゃいな」
「……お手柔らかにたのむ」

 ゆっくりと、口に含む液体は至宝にも等しく、背中で感じる温もりはそれをも上回る。蕩けそうなほど至福の一時。それは、幸せに溺れる少女のような。

「シェロ……」

 暖まったせいだろうか。疲労が残っているおかげだろうか。唐突に睡魔に襲われて、ルヴィアゼリッタの体から力が抜ける。逞しく鍛えられた胸板に、頬を添えてしなだれかかった。

「少し、眠りますわ。もし……、私が眠っている間に変な事をしたら……」
「……したら?」

 それも嬉しいかもしれませんね、なんて、ルヴィアゼリッタはボンヤリした頭で考えて。

「……責任、とっていただきますからね」

その夜、彼は鼻血を噴いた

「スモウ……、ですか?」

 シェロの口から紡がれた聞きなれない単語に、私は首を傾げました。彼曰く、子供の頃に嗜んでいたスポーツらしいのですが。

「はい、お嬢様。ご存じないですか。それなりに有名で、日本の国技ともされている伝統的なスポーツなのですが」

 国技というとペサパッロのようなものでしょうか。ティーカップを口に近付けつつ私は考えますが、シェロ曰くなんと格闘技との事。

「それじゃあ、それを幼少時に嗜んでいたのですね、シェロは」
「ええ。結局やめてしまいましたが、一時期はかなりのめり込みまして」
「どんな、どんなスポーツですの?」

 格闘技と聞いては黙っておれません。シェロの昔話に通じるならなおさらです。思わず身を乗り出した私を、誰が責める事ができましょうか。

「そうですね。……まず、普通は男だけがやるスポーツです」

 なるほど。殿方だけが。さぞかし激しい格闘技なのですね。

「裸になった男が二人、土俵と云う或る種のリングにあがりまして」

 なるほどなるほど。ドヒョウ、ですのね。―――ってはだかぁ!?

「ええ、ほとんど全部裸です。それでこう、まずは二人が激しくぶつかって……、ガップリ組んだり押したり突いたり」

 ガップリ組んだり押したり突いたり!? 殿方同士で公衆の面前で!?

「で、最終的に押し出すか押すかした方が勝ちと云うルールですね。―――どうしたんだ、ルヴィア」
「いえ、ちょっと鼻血が……」
「大丈夫か? ほら、ティッシュ」
「……ありがとうございます」

 そうですか。日本ではうら若き殿方がそんな事を。野蛮で未開だとは聞き及んでおりましたがまさかそこまでとは思いもよりませんでしたわ。どうりでミス・トオサカも慎みにかける性格ですこと。

「と、ところでシェロ」
「なんでしょう、お嬢様」
「さすがに皆に見られてでは恥ずかしいですし、よろしければ今夜、私の寝室ででも、その……、スモウの稽古を……」

正しい子供のつくり方

 それは、ただの錯覚だったのか。

「まさか、コウノトリを信じているわけではありませんでしょう?」

 そう微笑んで俺の子をねだる彼女の顔が、ひどく妖艶に見えたのは。

「だけど、俺は遠坂と……」
「女に恥をかかせないでくださいませ。待ってますわ、今宵、私の部屋で待ってますわ。……母から教わりましたもの。淑女たるもの、そういうことは、陽が沈んでからするものだって」

 ふっくらとした唇がそっと囁く。服の上から俺の胸板に触れる指。ごくりとなった喉は誰のものか。爆発しそうな鼓動を聞かれてやしないか。優しく、包み込む慈悲に満ちたルヴィアの表情が、娼婦のように淫乱と思える。

「……それとも、お嫌? 私なんかが相手では気持ち悪い?」

 そんなはずはない。だけどカラカラに乾いた喉は上手く声を出せなくて、どうにか、首を振ることしかできなかった。

 そして夜。

 俺は、―――キャベツ畑の真ん中にいた。

「なんでさ」

 懐中電灯を片手に、俺達は辺りを物色している。暗い暗い夜の底、二人が捜すものはただ一つ。もちろんそれはいうまでもなく。

 赤ちゃん、なわけで。

「うーん、見つかりませんわ。見つからないですわー。―――シェロー! そっちはどうですかー?」
「……あ、いや……、見つからない、けど……」

 ルヴィアゼリッタは本気だ。まちがいなく。その目は必死になって赤子を求め、キャベツの裏側までめくって捜している。誰だ、彼女に歪んだ情報与えた奴は。

「はっ―――! もしかして地中に埋まってますの!? かわいそうに。シェロっ、スコップを投影してくださらない!?」

 ちなみに、この畑もルヴィアの所有する土地らしい。何をどう暴走したのか、わざわざこの為に買い取ったとか。ほかにもおむつに衣類に乳母車に哺乳瓶に粉ミルク、全て最高級品を用意していた。

「ですが、できるだけ母乳で育ててあげたいものです」

 ここまで来る途中、車の助手席で目を輝かせてそう語っていたルヴィアを思い出す度に―――。

「シェロ、ゆっくりですよ。ゆっくり、優しく丁寧に掘ってくださいませ。赤ちゃんを傷つけてはいけませんから」

 たったいま、地面を掘る俺を期待半分不安半分の表情で見るルヴィアと目が合う度に―――。

 どうしようもなく、胸が締め付けられて悲しかった。

「……やめた」
「なっ―――! シェロ!? どういうつもりですか! ―――きゃっ!」

 スコップを放り出した俺をとがめる声を完全に無視して、ルヴィアの手を強引につかんで車へ向かう。

「あきらめるのですか!? 冗談ではありませんわ! お放しなさい! こうなったら私一人でも探し続けますから―――。聞いてますの!?」

 激昂するルヴィアが魔術を使いだす前にと、急いで車内に放り込んだ。

「いいかルヴィア。あれじゃ駄目なんだ。方法が違う。あんなんじゃいつまでたっても子供なんてつくれないぞ」
「なんですって。まさか、そんな……」

 エンジンをかけて、向かう先はただ一つ。遠坂の待つアパートへ。

「まずは……、そうだな。おしべとめしべの話からしようか」

Day After Day

 冬のある夜、ロンドンの街は凍てついていた。風は凍り月影は凍え、星々の瞬きさえ透明な季節。地上を覆う灯火までも冷たく鋭く、路地裏の闇だけが暖かい。

 その暗闇の中、気配を殺す影があった。丁度二人分。この物騒な世界に溶け込むように蠢くその人物達は、驚くべき事に歳も若い女性である。

「―――っくしょん!」

 そびえ立つコンクリートの挟間のような細い場所に、甲高い音色のくしゃみが響いた。自分の隣で突然鳴り響いたその音源を、もう一人の女性はいぶかしんで覗き込む。

「大丈夫? 風邪ひいたの?」
「……いえ、大丈夫ですわ。少し寒気がする程度ですから」

 金髪の相方の主張をきれいに無視して、黒髪の女性は額に手を当てて熱を測る。

「熱などありませんのに」
「……確かにそうみたいね。でも気をつけなさいよ? この件が終わったらしばらく無理しないで休む事。いい?」

 口を尖らせる女性に念を押したのは遠坂凛。しぶしぶ頷いたのはルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。彼女達は共に時計塔で注目される新鋭の魔術師であり、お互いに宿敵と認め合う間柄だった。

 ―――魔術師としても、女としても。

「―――っくしっ!」
「あんな格好で眠るからよ。お腹が冷えたんでしょ」
「誰のせいだと思っているのです? ミス・トオサカ」
「なによ。わたしのせいだっていうの?」

 恨めしそうに睨むルヴィアゼリッタに、凛は冤罪だと首を振る。それの対応が気に食わなかったのだろう。ルヴィアゼリッタの眉がぴくりと上がった。

「あなたが蹴り落としてくださったのでしょう。私が眠ってる隙にベッドから。いくら私の美貌とプロポーションが妬ましいからって、陰湿な真似はよしてくださいませ!」
「なによそれっ! 大体ねえ、わざわざあんな狭いベッドで三人一緒に寝たがっておいて、後から文句言わないでよ。この寂しがりや」
「なっ!? 馬鹿を言わないでくださいな。ヤルだけヤったら私だけ屋敷に帰れとでもおっしゃいますの?」

 激した勢いにまかせて、淑女にはふさわしくない言葉を叫ぶルヴィアゼリッタ。しかし、それも仕方がない事かもしれない。今や自分の寝所より安眠できる場所。彼女にとって世界で一番安心できる温もりを失いたくない一心だったのだから。

「なにもそこまで言ってないでしょ。わたしの部屋のベッドを貸してあげたわよ」
「それこそご自分でお使いなさいな。そう、それがいいですわ。そうすれば私も、彼の胸板を独占できますもの」

 何を想像したのだろう。ルヴィアゼリッタは頬を染めていやいやと首を振る。そんな彼女を見て表情を険しくした凛は、不機嫌そうに睨み付けた。

「そもそもね、あんた最近緩みすぎなのよ。シェロ、シェロって、何かにつけてベタベタしちゃってはしたない。昨日だって膝枕で耳かきしてもらってたじゃない」
「それを言うのならあなたこそ、先週一緒にお風呂に入ったそうではないですか。恥知らず。まるで露出狂ですのね」
「ノーパンで丸一日デートした変態お嬢様に言われたくないわ」
「あっ、あれはシェロがどうしてもって強請るから仕方なくっ!」
「ひどいな。ルヴィアだって悦んでたじゃないか」
「―――っ、誰!?」

 突然現れた低い声に、二人は一瞬で反応した。魔術刻印を光らせ宝石を構え、乱入者を振り向き様に捕縛しようとして―――。

「……なんだ。士郎か」
「寒い中張り込みご苦労さま。ほら、暖かいコーヒーの差しいれだぞ。で、どんな感じだ?」
「未だ動きなし、ね。そういう士郎の方は、その様子だともう終わった?」
「ああ、警察に無事引き渡した」

 魔法瓶と紙コップを差し出して、士郎は二人のもとへ歩み寄る。コポコポと注がれる黒い液体と、寒い夜空に揺れる湯気。熱いほどに暖かいそれを少し啜って目を細めてから、ルヴィアゼリッタは抗議した。

「私が悦んでたって、どういう事です?」
「違ったのか? あんなに濡らしてたから気に入ったのかと思ったんだが」
「なっ―――、シェロ! 貴方いい加減に、デリカシーと云うものを憶えてくださいませっ!」
「しっ、誰か出てきた」

 顔中真っ赤にして士郎に詰め寄るルヴィアゼリッタだったが、凛の静止に慌てて魔術師としての自分を取り戻す。息を大きく吸って吐いて、ついでに士郎に対し後で憶えてなさいと無言で脅してから。

「……なんでさ」

 憮然とした士郎の呟きだけが、アスファルトにひっそりと吸い込まれていった。

Afternoon Cherry

 その果実を前にして、私は自分が緊張していると知りました。

 今日の午後のお茶は、シェロのいれた紅茶とサクランボ。少し不自然な組み合わせかもしれませんが、皿の上で紅に濡れる瑞々しい果実は、私がどうしてもと用意させたものでした。

 周りに誰もいない事を確認してから、そっと一粒摘まみ上げます。手に持ったヘタは固く細く、丸い実は小さくて可愛らしく。それを見つめるだけで、ああ……、どうしてこんなにもドキドキするのでしょうか。何もやましい事はしていないはずなのに、今にも心臓が破裂しそう。

 唇で啄み、舌の上にのせたサクランボは滑らかでした。口腔で転がして歯列で遊んで、そしておもむろに潰します。プチッと皮の破れる感触の後、甘い果汁に目を細める私。季節外れのものを急遽用意させましたがさすがに高級品。鮮度と味は文句なく一級でした。ですが、本番はいよいよこれからなのです。種を吐き出し果肉を飲み込み、―――さあ、残ったヘタを含みましょう。

 昨日の事です。ミス・トオサカは言いました。それは単なる戯れで、思い出しただけの豆知識だったに違いありません。それでも私にとっては重大で、恐ろしくも魅惑的で忘れがたい情報だったのです。

 曰く、口の中でヘタを結べるようになればキスが上手くなる、と。

 考えてもみてください。彼より技量で勝ったなら、閨での立場は逆転するのが自明の理。シェロは私の新たな魅力に虜になるでしょうし、ミス・トオサカにだって負けません。いつも私を弄ぶいじわるな人達を、傅かせて焦らして攻めに攻めてやるのですわ。素晴らしいではありませんか。

 私を蹂躙したシェロの口を、この舌で征服してあげたい。あの広い口内に分け入って、彼の歯茎をなぞり唾液を飲ませ舌をよしよしと撫でてあげて。そんな、毎回のように私がされている優しすぎる暴虐を、今度はシェロにしてあげるのです。なんて素晴らしい未来でしょうか。想像するだけで蕩けそう。

 ですが、なかなか難しいものですのね。まさか自分の舌と顎が、これほどまでに動かないとは。モゴモゴと口の中で頑張るものの、ヘタは思うように結ばれてくれません。簡単そうだと侮ってましたが、一筋縄ではいきそうにありませんわ。むむむむむぅ……。

「何やってるんだ、ルヴィア」

 ひゃうぅ! シェロ!? 後ろから突然声をかけないでくださいませ! 驚いて飲み込んでしまいましたわっ!

「悪い悪い。何度ノックしても気付かなかったからさ。で、飲み込んだって、なにを?」

 ……教えません。だってシェロ、笑いそうですもの。

「笑わないから」

 ……本当に? 嘘だったら私、落ち込みますわよ。

「もちろん。ご安心ください、お嬢様」

 そう微笑むシェロの顔はとても眩しくて、ついつい気を許してしまった私は愚かなのでしょうか。ええ、そうかもしれませんね。サクランボのヘタを結ぶ練習をしてた、と打ち明けましたところ、彼はたちまち豹変しましたもの。

「ルヴィア、目をつぶって」

 うっとりするような優しい声。その意味を理解する暇さえなく、私の唇は奪われました。彼の大きな手で後頭部を押さえられ、深く鋭く犯されていきます。シェロの舌が侵入して暴れ回り、下顎と唇が私の唾液を貪るのです。思わず逃げようと縮めた私の舌は、悔しいほど鮮やかに絡めとられとられました。

 千々に乱れる思考の中、四肢から力が抜けていくのが感じ取れます。立っているのも難しい激しすぎるキス。シェロが腰を支えてくれなかったら、彼の胸に寄り掛かってなかったら、今頃私はなす術もなくへたり込んでいた事でしょう。

 唇を弄ばれ、歯茎をなぞられ、大量の唾液を流し込まれ、私はシェロに翻弄されていきます。いつもならこのまま終わったでしょう。あるいはそのままベッドやソファーに倒れ込んだかもしれません。しかし今日は違いました。普段以上に徹底的に時間をかけて丁寧に私の口腔を味わい尽くしたシェロは、それが終わると今までの彼の真似をするよう求めてきたのです。

 激しい口付けに意識が白濁した私は、云われるままに従いました。おずおずとシェロを求める私の舌。彼の舌は優しく絡み付き、そっとエスコートしてくださりました。それは、なんという恐ろしく嬉しい体験だったでしょう。彼の広い口腔に導かれた私は、拙いながらも一生懸命動いて動かして貪って。自ら飲み込んだシェロの唾液は甘く切ない味がして。稚拙な動作を受け止めてくれる彼の思いやりが嬉しくて。いつしか、夢中になってお互い溶け合っていきました。

 どれほどの時が経ったでしょうか。ようやく全てが終わったとき、二人とも口の周りがべとべとでした。唇を離すと一筋の糸がアーチを描き、無性に恥ずかしくなってしまいます。息も絶え絶えで顎も舌も疲労で重くて、だけどそれを不快とは思いません。

 シェロは私の頭をよしよしと撫でてくれて、最後に額にそっとキスをして、―――また明日、なんて囁いてくれまして。ええ、私からも是非お願いしますわ。こんなに素晴らしいキスは何度やっても飽きませんし、何より早くサクランボのヘタを結べるようになりたいですもの。そうすれば私もキスが上手くなって―――。

 ……あれ?


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