ルヴィア嬢短編劇場 ほのぼの その2

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目次

酔っぱらい

1

 珍しいこともあるもんだと、そのときの俺は神に感謝した。なぜか遠坂とルヴィアが仲良くはしゃぎながら帰ってきたからだ。あの、普段あれだけいがみ合っている二人が、である。どうしたのかと問えば、曰く、二人で進めていた研究が思わぬ成果に恵まれた、とのことだった。重複する平行世界の相互干渉について、従来の理論値と実測値の差を埋める画期的な要素の提案とその観測方法がどうたらこうたら……と説明されてもさっぱり分からないが、とにかく二人とも上機嫌なのはとてもいいことだと思う。主に俺の安全上。

 おめでとう、夕食はちょっとしたご馳走でもつくるか。どうせなら簡単なパーティーにしましょうよ。いいですね、今夜は止まっていっても宜しいですか。と、とんとん拍子に事は進み、気が付けばあたりにはボトルが何本も転がっていた。正直、やり過ぎだと思えなくもない。それにしても誰だ、秘蔵の八海山をあけた奴は。

「んー? ケチケチするんじゃないわよ」
「そうですわ。むしろ私達に飲まれることを光栄に思ってくださらなくて?」

2

 宴ももうそろそろ終わろうかという雰囲気の頃、ぴと、と誰かが背中に引っ付いた。

「へ?」

 ふにふにと妙に柔らかい感触が。首筋にはさらさらした髪が触れる。

「んふふふふ、シェロー」

 すりすりすりすりすりすり。肩の辺りに頬擦りをされた。

「………………ルヴィア?」

 今度はぎゅーと抱きつかれた。

「えへへ、シェロだぁー」
「……ちょっと、士郎?」
「……ル、ルヴィア?」

 遠坂の目が物凄いからそろそろ止めてほしいんだが。それから、背中にあたる妙に柔らかい二つの固まりはなんですか。なんだか遠坂よりずっと大きい気がするんですけど。

「ルヴィア、離れてくれないか?」
「む、どうしてです?」
「胸が……、じゃなくて重いからさ」
「失礼な。私が重いはずありませんわ」

 むくーと膨れるお嬢様。妙に子供っぽいその仕種は、酔いに上気した顔と相まってやけに色っぽい。

「ミス・トオサカとはいつもくっついているくせに」

 それは、その……。いいじゃないか、遠坂とは恋人同士なんだから。

「ほら、とにかく離れる」

 ちょっとだけ力を入れて、どうにかルヴィアをひっぺがした。お嬢様はますます膨れるが、我が家の平和のためだ。仕方あるまい。

 と、何を考えたのか目の前にまわったルヴィアは、次の瞬間、俺の膝の上にちょこんと座って喉をゴロゴロならしていた。あんたはネコか。ついでに全身を擦り付けてくる。

「シェロ、あったかい」

 げっ、遠坂が凄くいい笑顔っ!

「……わたしさ、ルヴィアゼリッタは酔っ払いだと思ってずっと我慢してたんだけどさ」
「そうですわ。私は酔っ払っているから何をしてもいいのです。そうですよね? シェロ?」

 お願いだからルヴィアはちょっと黙っててくれ……。

「……でも、さすがに限度があると思うんですけど。そこんとこどう思われます? エーデルフェルトさん?」
「いいのです。シェロに触りたいの。シェロは私の物ですの。だからいいのです。ね? シェロ。私たち、永遠の愛を誓い合った仲ですものね?」

 初耳ですがな。

「……ほう。衛宮君?」
「ちょっとまった! ほら、落ち着こう遠坂! 相手は酔っ払いだぞ? ルヴィアだぞ? 酒飲んでるんだぞ? よし、深呼吸しよう、深呼吸。ほら、吐いてー、吐いてー、吐いてー、吐いてー、吸わないでー、吐いてー、もっと吐いてー」
「がっー! おちょくってんのかアンタは!」

おはよう

1

 ……まあその、人間誰しも過ちをおかす事は、分かってる。分かってるけどさ、とりあえず、なにかの拍子に昨晩の自分に出会ったらぶん殴ってやろうと決心した、そんな夜明け前の午前5時。

 目を閉じればそこに激怒したセイバーの姿が浮かんでくるのは、気のせいだと信じたい。

 目覚めると隣に遠坂がいて、二人とも一糸纏わぬ裸だった、というのは今さらそれほど珍しくない。遠坂と一緒に渡英する直前、彼女に告白されたあの日から既に三ヶ月、俗にいう恋人同士の熱き戦いって奴はわりと頻繁にしてるから。

 しかし、右腕に抱きついてすやすや夢の中な遠坂はいいとして。問題は左腕、同じく一糸纏わぬルヴィアが、これまた眠りながらがっちり抱きついて離してくれない事だろう。あ、ちょっ、そんなにぎゅっと抱き締めると胸が―――、じゃなくて。

 どうなってるのさ。

2

 落ち着いて深呼吸を繰り返していると、ようやく頭がさえてきて、昨日のこともだんだんと思い出してきた。うん、それはもういろいろと。……鼻血出そう。

 ―――要するに、遠坂と一緒になってルヴィアを食べちゃった訳で。恥じらいだり戸惑ったり恥じらいだりでやたらと初々しいルヴィアは、それはもう美味しかった訳で。というか遠坂、セイバーとのときも思ったけど、おまえやっぱりそっちの気があるのな。桜やイリヤにまで手を出してないか本気で心配になってきた。藤ねえ……、はさすがにないか。

 とかなんとかルヴィアを眺めて思考していると、うーんと身じろぎしたて目覚めた彼女と目が合った。ごしごしと擦って、ぱちぱちと瞬きして、きょろきょろ辺りを見回して、もう一度俺と目を合わせて首をかしげて……、自分が裸な事に気付いて真っ赤になる。そんなやけに可愛い一連の動作に、もともと朝だった息子がえらい事になった。

 ───と。

「───その……、なんていいますか……、えっと、あの」
「ん、どうした?」
「……あなたに、こういう挨拶をするのが夢だったと申しますか、いえ、別に大した事ではありませんしありえないのですが。私があなたごときにどうこうするなど。あ……、そうじゃなくて、いえ、ですけど、ですけど、ええ」
「……ルヴィア?」

 急にもじもじしはじめたルヴィアは、何かを決意するような目で、だけど顔を真っ赤に染めて。

「お、おはようございます……」

 そんな、ごく当たり前な朝のあいさつを口にした。

3

「私は、幸せですね……」
「ルヴィア?」
「例え……、一生に一度でも、こうして望む人とともに朝を迎えられたのですから」

 そう呟いて、少し視線をそらしながら、別にあなたが完璧という訳じゃありませんのよ、なんて付け足すルヴィアゼリッタ。

 ―――それが、あまりにも幸せそうな顔だったから。

「頭にきた」
「―――え?」
「頭にきたっていってるんだ。よっと」

 じたばたするルヴィアを強引に抱き上げて、ベッドから飛び起きてシャワーに直行する。まだ眠ってる遠坂はのけ者にするようで悪いけど、ここはこのお嬢様を再教育するのが先だろう。

「ななななな、なにをする気ですか、あなたはっ! おろしなさいっ!」
「おろすもんか。覚悟しとけよ、ルヴィア。仮にも俺は正義の味方をめざしてるんだ。そんなつまらない幸せなんかで満足してるルヴィアには、きっつーいお仕置きしてやらないと」
「このバカっ! 正義の味方なんで関係ないですし、だいたい私まだ裸っ―――、はだか……、ですのに………………」

 柔らかい体が腕の中で羞恥に縮こまるけど、気にする事なくバスルームに辿り着く。

「そうだ、大事なこと忘れてた」
「……?」
「おはよう、ルヴィア」
「……おはようございます」

 二人一緒に、少し笑って。
 唇が自然に、触れていた。

 そっと重ねるだけの、幼く優しい口付けは。
 きっとどこにでもある、おはようのキスだろう。

じらしー

 今日は久しぶりに気持のいい快晴で、ロンドンの街も華やいでました。通りは活気に満ちあふれた人々で溢れ、木々は陽光を全身に浴びて歌い踊り、鳥達は空高く風に乗って生を謳歌しています。私も、こんな日はテラスでミルクをたっぷり入れたコーヒーを楽しみながら、のんびりと魔術の理論を遊ばせるのが常なのですが。

 しかし今日は苛立ちのあまり研究にも全く手が付けられず、仕方なく一人で散歩をしています。それも当然ではありませんか。せっかくの好意を、よりにもよってこの私からの貴重なそれを、ものの見事にすっぽかされたのでは。

 今夜はとある使用人の誕生日。ですから驚かせようと密かにスケジュールを空けておき、主人として二人っきりで祝って差し上げようと考えておりましたのに。しかもその理由は恋人、……ミス・トオサカとのデートなどという浮ついたもの。シェロったら私の執事である自覚がないのかしら。

 まあ、それも些末な事なのです。私の生活において彼が占める割合なんて極々微か。こうして、一人でぶらついていてもちっとも寂しくありませんし、隣に誰もいなくてもちゃんと生きていけるのですよ。ええ……、何の問題もありませんわ。そもそもミスタ・エミヤと出会う前はこれが当たり前だったのです。

 今日は久しぶりにあの頃の自由気ままな私に戻って、一人で買い物をして食事を食べて、……ナンパでもされたら少しは話も聞いて差し上げましょうか。決して、あの馬鹿にかまってもらえなくて拗ねているのでもヤケになっているのでもありませんけどっ。

「シフォンケーキを。いえ、それではなくこちらの。キャラメルをたっぷりかけてくださいな」

 何気なく立ち寄った店で甘いものを買って、公園のベンチに座り込みます。普段なら躊躇してしまうほど甘いケーキを頬張る度、ストレスと疲れも溶けていきそう。乙女には滅多にできない糖蜜の贅沢。体重計の事はまた今度考える事にします。流し込むカフェオレもとっても甘くて、もし、ここにいない誰かと一緒ならもっと幸せだったのにと考えてしまいまして……。

 ……いけません。私は何を考えているのでしょう。高貴な淑女が下賎な男に興味を抱く事があっていいはずがありませんし、一流の魔術師が半人前の見習いを気にかける道理もないのですから。

 第一、彼は私にアプローチをするどころか、その気すらないふうではありませんか。これではまるで私が片思いをしているようで、不公平どころか理不尽でなりません。ですから私は、周りからそんな誤解をされかねない行為は厳に慎むべきなのですが……。どうにも……、彼の事を考えていると、自分の気持ちが分からなくなっている時がありまして……。

 そんなもやもやした気持ちを抱えながら、大通りを眺めていたときでした。腕を組んでゆっくりと歩く一組のカップル、後ろ姿とはいえ見間違い様のない二人を認めてしまったのは、果たしてどんな不幸な偶然なのでしょうか。

 男性は東洋人にしては背が高く筋肉質な体つきで、前にまわれば精悍な顔だちに強い意志の光が宿っているのが分かるのでしょう。女性は悔しいぐらいスレンダーなスタイルで、翠の黒髪を自慢げに風に流して歩いています。それを、羨ましいと感じてしまったのは罪でしょうか。

 私なんて、こんなにもいやらしく大きな胸にお尻に、髪の毛なんて汚く濁った金色でしかありませんのに、あの女はあんなにも性根にあわぬ清楚な外見を見せびらかして男共を誘惑しているのです。それに引っ掛かるシェロもシェロで野蛮人らしい単純な性格というかなんというか。機会があったらその頭の中を、是非とも解剖して覗いてみたいものですわ。

 とにかく、そんな二人が消えていったのは、とあるホテルの中でした。それほど高級という訳でもなく、せいぜい上の下程度のありふれたホテル。それでも彼等にはめったにないような贅沢なのでしょうか。瞳を輝かせながら入っていく二人の表情は、とても幸せそうで見ていられません。時計塔と無縁な三流の低能魔術師とて、あんな不様な笑顔を見せる事はないでしょうに。

 私の堪忍袋の緒はもう限界です。今日がミス・トオサカの誕生日だというのなら我慢もしましょう。しかしシェロの誕生日を、何ゆえ恋人同士二人っきりですごさなければいけないのですか。

 私の好意を完全に無視し、私を放っておいてデートをして、私の気持ちなど考えずにイチャイチャする。シェロがそんな残酷な仕打ちをするというのなら、私にだって考えというものがありましてよ―――!

そのはじまり

 浴室はシャワーの音色で満ちています。湯気としぶきと暖かい体温。体の汚れを落とし一日の疲れを癒してくれるこの空間で、私は今、―――世界で一番嫌いな男と女に陵辱されているのです。

「ルヴィア。お湯、かけるからね」

 放心状態、というのでしょうか。疲れとショックと諸々で半分ほど意識の飛んでいる私の返事もそこそこに、ミス・トオサカは泡と一緒に情事の温もりを洗い流していきます。肌を流すその感覚はとても心地よくて、それでも少しだけ寂びしくて。

 ……ついさっきまでの、あの、私の純潔を奪ったベッドの上での荒々しい記憶まで消え去ってしまいそうで。私は腰掛けていた椅子の背もたれに寄り掛かりました。

 その背もたれは実に野蛮なケダモノでしたので、私の体を逞しい腕で抱き締めて、厚い胸板に閉じ込め拘束しようとするのです。本当に、なんて最低な椅子でしょう。せめてレディの意識がはっきりするまでは、口付けを遠慮するのが殿方としての努めではありませんか。それをこんなに優しく深く暖かく。そんな事をしようとて、嫌がる私を犯した事実は決して消えませんからね。

 もちろん、私達は裸でした。三人が三人とも一糸纏わず。この、電灯が明々と照らす中、何も隠さず、私にも隠させてくれないのです。まったく、相変わらずデリカシーも何もありませんのね。

 特にミス・トオサカ。あなただって一応は女性でしょうに。東洋の蛮族に謹みや恥じらいや常識を求めるのは酷かも知れませんが、せめて相手に対する警戒心ぐらいはもってくださいませ。

 いくらミスタ・エミヤとは恋人同士とはいえ、これではあなた達は、……そして私まで、本当に心を許し合った仲の様ではありませんか。

 ―――どんなに言葉で取り繕うとも、私達は非道で邪道な魔術師だというのに。

「……いいなぁ、ルヴィア。ねぇ、士郎。わたしにもキスを頂戴?」
「ああ、おいで遠坂」
「ぁ……」

 目を細めるミス・トオサカと優しく微笑むミスタ・エミヤ。よりにもよって私の目の前で、裸の男女が熱い口付けをかわします。私が腰掛けた膝の奥、丁度お尻の下は熱く堅く大きくなって。嫌が応でもシェロが興奮してる様が手に取れました。二人は愛し合う恋人同士。共に歩んでいく比翼の鳥。

 ……ですけど、こんな光景を見せつけられても、私は少しも動揺なんてしませんわ。胸が締め付けられるように苦しくなってしまうのは気のせいです。ええ、当然ですもの。

 私はこれっぽっちもミスタ・エミヤの事を好いてはいませんし、ミス・トオサカに至っては心の底から嫌う永遠の宿敵。それなのに私を二人掛かりでベッドの上に押し倒し、陵辱して純潔を奪うなんて、島国の野蛮人は噂に違わず卑怯きわまりないのですね。

 体中を好き放題弄んで、奥底に熱い白濁を流し込んで。汚したいだけ汚し尽くして、隅から隅まで穢し尽くして。シェロ、あなたのオスの匂いが染み付いてしまうかと思ったほど、抱き締めてキスして弄んでくださいやがりまして。この責任、どうとってくれるというのですか。

 貫かれた記憶、触れられた感触は忘れられません。恐らく、一生ものの思い出ですわ。こんなシャワーでは洗い流せない、決して洗い流してほしくない熱すぎた情熱。その責任。あの代償。私の価値。決して安くはありませんわよ。

 無邪気にじゃれ合う陵辱者達にそう告げると、なぜか彼等は微笑んで―――、何をどう勘違いしたのでしょう。交互に優しく口付けをして抱き締めてくるのです。なんて、場違いで愚かな仕打ちなのでしょうか。そんな卑怯な真似をされたなら、せっかく耐えていた涙腺が緩んでしまうのも道理ですのに……。

 本当に、どこまでも最低な人たちです。

我を忘れて

 負傷して入院した士郎を見舞いにきたルヴィアゼリッタは、話ほど酷い怪我でない事に安心した。この分だとすぐにでも動けそうである。恐らくは入院したのさえ念のためという意味合いが強いのだろう。

 あまり無茶をするなといつもの説教を終えてから、見舞いの品のりんごを一つ掴み、果物ナイフを突き立てる。

「そういえば、ミス・トオサカは?」
「時計塔。確か……、報告書を出してくるっていってたな」

 そうですか、と頷いたルヴィアゼリッタは、りんごを剥く手に集中する。多少ぎこちないのは許容範囲だろう。果肉の多くついた皮を勿体なさそうに眺める士郎の視線は、とりあえず無視する事にした。

「正義の味方もいいですけど、程々にしてくださいね。シェロが留守にすると仕事の分担が増えるって、皆が嘆いてましたわよ」

 一番伝えたい事は内に秘めたまま、似た様な意味の言葉を口にする。素直になれない自分と少しも言う事を聞いてくれない士郎。両方に慣れたつもりでも感情は揺れ動き、ルヴィアゼリッタはだいぶ小さくなったりんごを素っ気なく差し出した。

 りんごを咀嚼する士郎を眺めながら、ルヴィアゼリッタは目の前の男について想いを巡らす。正義の味方を志す士郎は、遠坂凛をパートナーに選んだ。今、怪我をしているのさえ、凛をかばった結果だった。それは彼にとっては当然の行為なのだろう。その彼らしさが好ましく、その素直さが何より憎い。

 かつて、士郎は凛とともに聖杯戦争を駆け抜けたという。人を遥かに上回る英霊達の戦いに巻き込まれて、彼等は何度死線を超えたのか。ルヴィアゼリッタが体験した訳ではないが、伝え聞く所から大体の事は分かる。極限の環境で育まれた信頼感は、吊り橋効果などという陳腐な分析を軽く吹き飛ばして余りあった。

 少年のように澄んだ瞳で思い出を語る士郎を思い出して、女としての敗北感も沸き上がった。士郎と凛の絆は、単純な恋愛感情と言うには強固に過ぎる。恐らく士郎は、生涯変わる事なく凛を愛し続けるのだろう。そこにルヴィアゼリッタが入り込む余地はない。

 ふと気が付くと、士郎は既にりんごを食べ終えていた。美味しかったよ。ごちそうさま。そんな何気ない言葉が、ルヴィアゼリッタの心にチクリと刺さる。どう足掻いたところで、彼女は彼の一番になれないのに。

 何気ない日常。凛と喧嘩をし、士郎と談笑し、アルバイトにきた彼をからかう。時にはこんなふれあいがあり、自分の剥いたりんごを食べてくれる。そんな日々で満足すべきであるのは知っていたし、理性はそれで満足していた。しかし女としての本能は、満たされるどころか乾くばかりだ。もう一歩進んだ、決して実現されない関係を、ルヴィアゼリッタは求めて止まない。いっそ嫌われてしまえば楽になるのだろうか。嫌いになる努力は徒労に終わってしまったから。

「あの、シェロ―――」
「ん?」
「いえ、……なんでもありませんわ」
「ルヴィア、様子が変だぞ。悩み事があるのなら、俺でよければ相談にのるけど」

 彼にだけは決して相談できない悩み事だというのに、この唐変木はそんな事をいう。ルヴィアゼリッタは溜め息をついた。あなたに泣きつく事ができるのなら、そもそも悩んだりはしていません、と。

「気にしないでくださいませ。単にもてない女の、つまらないヒガミでしかありませんから」
「大丈夫なのか、ルヴィア……」
「もちろんです。気にしないで」

 そう、ルヴィアゼリッタは真実、士郎には気にしてほしくなかった。彼は底抜けにお人好しで優しいのだから。もしこれ以上温もりを教えられたら、決して告げてはならない本心をもらしてしまいそうだったから。

「そうだ、シェロ。リンゴのおかわりはいかがですか?」

 いささか不自然な話のそらし方でも、士郎はちゃんと乗ってきてくれた。お願いするよと頷く彼と目が合って、思わず俯いてしまったのが悪かったのか。気がつけば指先を刃が滑って、赤い雫がにじみ出ていた。

「―――っ」
「ルヴィア、大丈夫か」
「ええ、大丈夫ですわ。浅いですもの。あとで絆創膏でも貼っておきます」

 だけどさ、と焦る士郎がかわいかった。ルヴィアゼリッタはクスリと笑って、心配ないと首を振る。それでも―――。

「だめだ。女の子なんだから、自分の体は大切にしないと。ほら、手を貸して」
「結構ですわ。お願いですから、私にあまり優しくしないでくださいませ。……ミス・トオサカに見られて、困るのはあなたではありません事?」

 その理由は、嘘だった。本当はルヴィアゼリッタ自身の問題。今日は士郎と触れ合いすぎている。久しぶりに彼と会って、心のメータが振り切れそう。だから、これ以上は嫌だったのだ。

 きっと、耐えられなくなってしまうから。

「だめだって。つまらない意地はってないで、早く」

 ルヴィアゼリッタの拒絶より早く、士郎は彼女の手を奪った。

 ―――それは、淑女には信じられない光景だった。士郎の唇が、舌先が、ルヴィアゼリッタの指先を愛撫している。赤い血を舐め、傷口を癒し、優しく、妖艶に、男らしく誠実に純粋に朴訥で他意などなく。

 ……耐えられなくても、いいかもしれない。


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