ルヴィア嬢短編劇場 シリアス

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目次

もしもルヴィアゼリッタが泣き上戸だったら

「……ばか」

 さすがに泣きつかれたのだろう。そんなつぶやきを残して眠ってしまった彼女は、どう見ても年相応の女の子にしか見えなかった。不自然なまでに規則正しく上下する胸にスーツの上着をかけて、俺はこっそりとため息をついた。

「まさか、泣き上戸とは思わなかったな」

 普段いろいろ溜め込んでいたのかもしれない。わんわんと泣き叫んだ言葉の半分も聞き取れなかったけれど、俺を好いてくれているのは痛いほど分かってしまった。

「でも、ごめんな。俺は君とは生きられない」

 もう決めてしまったから。俺の心の特等席には、先客がどっかりと座っているから。バカンスはもうおしまい。明日からの人生は、正義の味方としてどこまでも駆け抜けるだけ。迷いも他人も入り込む余地はないはずだ。

「……体は剣で出来ている、か」

 それは誇り。それは呪い。その道に後悔はないし、他の道に未練はない。 それでも、この先も彼女のようにおいていく人がいるのだと思うと、ほんの少しだけ心が痛んだ、気がした。

「おやすみ、ルヴィア。もう二度と会えないけれど、君のことは忘れないから」

 もしかしたら眠ってないのかもしれない。そんなありえない考えに自分でも苦笑しながら、寝室のドアをそっと閉めた。

「……ばか」

エミヤを最後に裏切った仲間がルヴィア嬢だったら

1

 戦場は常に地獄だ。飛来する弾丸が肩を削る。血液の河を駆け抜ける。仲間達が脱落していく。一人二人と倒れていく。一人二人と去っていく。それでも俺は駆け抜けた。爆発する戦車。ミディアムレアでもがく兵士。肩にかついだロケット砲。

 圧倒的な戦力に包囲されながら、背中合わせに軽口を叩く。口笛とともに死線を突破する。そんな猛者達をも次々と失いながら、それでも俺は駆け抜ける。飛び散る肉片。自分の体を探す首。残り一つのパイナップル。

 最後に残った仲間は一人だけ。一番初めからついてきてくれた、美しきハイエナの宝石魔術師。魔術師としての夢を切り捨てて、家の反対も押し切って、ただひたすらについて来てくれた一人の女性。彼女とともに血の海を泳いだ。腐臭漂う塹壕の中で、共に餓えに震えたこともあった。吹雪の中で眠ってしまわないよう、お互いに励まし合ったこともあった。どんなに血にまみれても、どんなに泥で汚れても、それでもルヴィアは美しかった。

 ――だから、こんな結果が訪れても自然に受け入れられるのかもしれない。

2

 夕暮れの丘で背中を刺された。最も信頼する相手に背中を預けていたのに。ぐるりを囲むのは歴戦の魔術師、騎士団、そして幾百の幻想種。何度も繰り返された勝てるはずのない戦い。それも、彼女とともにあれば覆せると信じていた。事実、これまではそうだった。

 ごめんなさい、ごめんなさいと泣いている。幼子のようにすすり泣く。俺の背中に一振りの短剣。完全に虚をつかれたはずの背後からの一撃は、しかしどう見ても致命傷足り得なかった。

 恐らくは、裏切りの報酬が俺の命だったのだろう。精確に運動能力のみを奪う一撃は、この態勢において絶対の敗因となる。だから俺がこれ以上戦うはずもないし、奴らが俺を襲う心配もない。ルヴィアはそう考えたのか。やはり甘い、優しすぎる。覚えておくがいい。世の中は君ほど優しい人間ばかりではない。

 裏切りの報酬は常に裏切り。二人に与えられたのは無数の剣。騎士たちの投合は戦車砲に等しい。確かにここで止めを刺しておけば都合がいいだろう。それを否定するつもりはない。戦場の理は弱肉強食。死人に口などありはしない。

 震えてうまく動かせない腕で、ルヴィアを外套の中に招き入れた。ああ、かまわないさ。お前達が裏切りを裏切りで返すのであれば――、

 “I am the bone of my sword ――――”

 そう、俺も、彼女の裏切りをもう一度裏切ろう。

 BGMはシンフォニー。射出される奇跡は英雄達の宝具。無限の火花が天空を覆う。破壊の濁流は止まらない。魔術師の骨を割いて、騎士の脳を砕いて、幻想種の魂を凍らせる。それは余りにも一方的な虐殺。うろたえる暇さえ与えない。宝具のガトリングは地平線ごと全てを吹き飛ばす。フルートは清らかにレクイエムを謳う。人類の歴史は戦争の歴史。その重さ、いびつさを篤と知れ。

3

 ……あらためて自分の体を見てみると、ものの見事にハリネズミだった。思わず苦笑を浮かべてしまう。さすがは騎士団というべきか。投合された剣を全て破壊することはできなかったようだ。

 どうやら、俺はここで終わりらしい。この体では追っ手をまくこともできはしまい。捕まった暁には銃殺か、縛り首か。できれば前者であると嬉しいのだが。

 腕の中のルヴィアが必死に何かを叫んでいる。でも、それもどうでもいいことだ。瞼が重くて仕方がない。頭が上手くまわらない。ああ、仕方がない。奴らが来るまで寝るとしようか。

 ……そういえば、これが俺の最後の戦場になるのだろうか。それは、とても残念だ。正義の味方はこれからが本番のはずなのに。あの日の選択は、姉さんとの約束は、まだまだ果たしていないのに。

 切り捨てた人達が瞼に浮かぶ。懐かしい少女が微笑んでいる。結局、彼女だけの味方にはなれなかったけれど、これは正しい道だったのだろうか。そんなこと、今の俺には分かりはしない。それが、悔しくてたまらない。

 ルヴィアゼリッタ。お願いだから、体を揺するのはやめてくれ。そんな顔をするのはやめてくれ。未練が残ってしまったら、俺は俺ではなくなってしまう。

 ああ、世界よ。戯れを願おう。最後の最後に皮肉を言おう。我が死後を預ける。八つ当たりを聞いてくれ。この戦場に生き残っている女性が一人。まだ死にきれてない人々が恐らくは百人ほど。俺が生涯をかけて、どうしても叶えられなかった願いを聞いてくれ。これさえかなえば俺は死ねる。きっと未練なく笑って死ねるから。

 世界よ、お願いだ。この者達に幸せを。どうかささやかな幸福を。ただそれだけ、ただそれだけでいいんだ。かなえてくれ、どうか。お願いだ。

正義のためのプロローグ

そうして、ここに一つの物語が幕を閉じた。

「しろ…………」

自らの恋人を捜していた少女は、あってはならない光景を見た。
雪がつもった森の広場。
かつて三人の憩いの場だったその中央に、一組の男女が寄り添っていた。
木漏れ日が二人を優しく包み込んだ。
無数の剣が静かに乱立していた。

「―――――――」

遠坂凛は確かに見た。
ルヴィアゼリッタの胸を貫いている黄金の剣を。
返り血に染まった衛宮士郎の背中を。

周囲の木々は千切れ、裂けた地面が戦いの激しさを物語っていた。
白銀の風景は、いやになるほど血塗れていた。

それは、喜ぶべき事実かもしれない。
色の抜けた髪に赤い外套、
かつて見た守護者そのものの彼は、
磨き続けた力を持って、理想への第一歩を踏み出したのだから。
正義の味方、衛宮士郎の旅路はここから始まるのだから。

既にルヴィアゼリッタの瞳は何も写していない。
ただ、幸せそうに微笑んでいた。

「……本当に、ひどい方。魔力が枯渇してしまいましたわ。
 ……責任、とって下さいまして?」
「……ああ」

ルヴィアゼリッタが、最後の力を振り絞って口付けをした。
不思議と嫉妬はなかった。
ただ、純粋な怒りだけを覚えていた。
最期の笑顔は、どこまでも妖艶だった。
舞い落ちる花弁のように、ゆっくりと崩れ落ちていった。

振り返った士郎と目が合った。
それで、いやが応でも理解した。

終わってしまったと。
この男の人生は決まってしまったと。
こいつは決して引き返す事なく、最後まで走り抜けてしまうのだろうと。

手の中の宝石をきつく握りながら、遠坂凛は言葉を綴った。
震えそうになるのを必死に耐えた。

「そっか、殺したんだ」
「ああ、殺した」
「そう。それじゃあ、あなたはわたしの手にかかって逝きなさい。
 わたし達は恋人同士だもの。
 だからせめて、あの丘に辿り着く前に、わたしが、この手で」

あなたが泣けるようになる日まで

 そこは、古ぼけた狭い部屋だった。

 壁紙は貼られておらず、コンクリートの地肌がむき出しになっている。床も天井もそのままで、過去、誰かが手入れをしようとした意志さえ感じられない。

 およそ、人が生活している匂いとは無縁の空間ではあるが、唯一、隅に置かれたパイプベッドとその周りだけは例外である。

「…………まったく」

 微かに散らばった生活用品を眺めながら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはため息をついた。見ると、レトルト食品のパックやシティーの地図にまぎれて、無骨な銃身が無造作に転がっている。

 ―――もうすこし色気のある生活は出来ませんの?

 嘆いても誰も答えない。ロンドンの片隅、朽ち果てた安アパートの一室には、彼女以外の影などなかったから。

 とりあえず小物をまとめながらルヴィアゼリッタは考えた。確か彼は家事全般を得意としていたはずだ。嫌いではないとも言っていた。それなのにこの有り様はどうだろう。あの男が少しその気になれば、この部屋だってたちまち見違えるはずなのだが。

 ……不毛な仮定である。正義の味方は忙しい。もし自分の為に使う労力があったなら、彼はそれを他人に分け与えるだろう。あの男、―――衛宮士郎はそういう在り方しか選べない。

 一体いつからなのだろう。士郎がああなってしまったのは。二人が知り合ったとき、既に彼は正義の味方だった。犠牲をいとわず、切り捨てる事をいとわず、―――そして後悔に蝕まれ続けて。

 ルヴィアゼリッタは知らない。かつて、極東の地で何があったのか。彼が何の為に戦い、誰の為に涙して、雨にうたれて何を誓ったのかなど。

「それでも」

 過去を知らなくても、教えてもらえなくても、共に今を歩む事はできる。……そう信じて、彼女は今日もこの部屋に通ってきていた。

「負けませんわ。あなたなんかに。エーデルフェルトの名にかけて、いつか必ず更生させてやるんですから。だから、―――覚悟なさいませ、シェロ?」

 ルヴィアゼリッタが振り返るのと、ドアが開くのは同時だった。帰宅した士郎は返事どころか一言も喋らず、疲れきった足取りでベッドに倒れ込む。あきれ顔で肩をすくめるルヴィアゼリッタなどおかまいなしに、彼の意識は沈んでいった。

「……もうっ。仕方ありませんのね」

 慈しみ微笑みを浮かべるルヴィアゼリッタは、靴を脱がし、毛布をかけて頭を撫でる。既に士郎は泥のように眠っていた。覗き込んだ寝顔は意外とかわいい。これくらいは役得だと頬に口付けると、ほのかに―――。

 ほのかに、汗と血糊の味がした。

幸せになりましょう、と彼女は言った

 全身の力を全て使い果たすような奔流を噴いて、ルヴィアの最奥で身震いした。

 脳髄が軋む音が骨に染み入る。疲れが脱力となって燻り始めた。途端に重くなっていく体で彼女を潰してしまわないように、少し横にずれてからベッドに沈む。

 呼吸が荒い。吐息が熱い。

 見ると、ルヴィアは未だ喘いでいる。上下する胸で酸素を求めて。汗だくになった肢体は上気したまま震えていて。天蓋を眺める瞳は濡れていて。金の髪が扇状的に乱れて艶かしくて。そんなルヴィアがたまらなく愛しくて仕方がなくて、あまり残ってない体力を振り絞って抱き寄せた。

 体温が直に触れ合い溶け合う。涙を溜めた瞳と目が合うと、優しく微笑んでくれたのが嬉しかった。思わず唇を奪ってしまったのも道理だろう。こんな健気な女性を前にして、男として狂わない方がどうかしてる。

「ルヴィア―――」

 ギュッと抱き締めて頭を撫でる。きゃ、なんて小さく可愛らしい悲鳴が上がったけど、丁寧に無視して感触を楽しんだ。柔らかくて、暖かくて、いい匂いで繊細で。上半身を導いて胸板の上に乗せてみると、程よい重さが心地よかった。

「痛かったろ。ごめんな」

 目で見ても細いと分かる肩は触れてみると折れてしまいそうで。豊かな胸の裏の背中はほっそりとして余りにも小さくて。ついさっき、純潔を散らした暴虐に彼女がどうやって耐えたのか、信じられなくなってくる。

 それなのに―――。

「謝るなんて、卑怯ですわ」

 どうして、ルヴィアはこうも強いんだろう。

「……シェロは後悔してますの? 私のような女を抱いた事」

 まさか、と首を振る。

「では後悔しないでくださいませ。今、私はとても幸せなんですから。いいこと? 今度この件で謝ったら、いくらシェロでも許さなくてよ」

 余りにも力強く宣言されて、俺は何も言えなくなった。乞われた通り口付けする。ルヴィアの味がして甘かった。

「もっと、ぎゅっと……」

 お互いの背中に両腕をまわし、お互いの鼓動を与え合う。天蓋付きのベッドの上、一糸纏わぬ男と女。上に乗ったルヴィアの乳房が柔らかく潰れて、つま先まで絡み合う体温が楽しくて。

 ―――それは本当に、冗談なぐらい出鱈目に……。

「どうしましたの、シェロ?」
「ああ、幸せだなって。……いいのかな。俺、こんなに幸せで」
「むっ」

 途端、ルヴィアの瞳に怒りが灯った。彼女の指がおもむろに迫って、俺の頬を思いっきり引っ張る。その細い指のどこにそんな力があるんだろうってぐらい強く強く。

「ひぃひゃい、ひひゃいひひゃい……」
「我慢なさい。私の怒りに比べれば、痛みなんて無いも同然なはずですわ」

 ルヴィアの指は容赦なく、引っ張り伸ばしこねくりこねくり回し回し回す―――!

「本当に、いつまでたっても貴方って人は……!」

 ―――だけど、そうやって一通りやって気が済むと、一転してルヴィアは寂しそうに呟いた。

「やめてください。お願いですから、もう……」
「ルヴィア?」
「もう、他の何をしようとかまいません。例え浮気したって―――、怒りますけど。でも、それだって謝ってもらえば許しますわ。ですから、もう心を剣(てつ)にするのだけは止めてくださいませ」

 それに、なんと言えば良かったのだろう。思い浮かぶのは誰かの顔。一番はじめに切り捨てた、一番はじめに裏切った、そして一番はじめに犠牲にした大切な人達。勝手な話だ。俺には彼女達を思い出す資格もなければ、忘れていい道理さえないというのに。

 やっぱり、こんな俺が幸せになっていいはずがない、はずだったのに。

「幸せになりましょう、シェロ。こんな考えは勝手ですけど、幸せになる事こそ貴方の義務ではありませんこと? そして、どうか私を幸せにしてくださいな」
「詭弁だな」
「そうでしょうか?」

 首を傾げるルヴィアにあわせて、胸がプルンと震えて揺れた。何となく、それを下から掬ってみる。だけど、今夜ぐらいは詭弁に騙されるのもいいのだろうか。ルヴィアの髪を梳きながら考えていると、頬を染めた彼女に囁かれた。なんでも、幸せになる為に欲しいものがあるらしい。

「……シェロ。まずは私、貴方の赤ちゃんが欲しいですわ」


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