プリーズ・プリーズ・ミー 2


グラスに残ったビールを飲み干し、テーブルに置いた。
空になった皿を下げに来た店員に、ビールの追加を頼む。店員が下がると、俺は向かいの席の安藤に顔を近づけた。
店内はざわついていて近づかないと声が聞き取りにくい。
安藤は声が小さいので、尚更だ。
時折瞬きする安藤の睫を見ながら話しかける。

「そういえば、十二日ってお前の誕生日だったよな」
安藤は少し驚いたようだった。
覚えてたんですか? と言いたげな顔。
忘れるかよ、覚えてるに決まってるだろ。
聞いた後、すぐ手帳に書いておいたんだ。
それどころか、星座を割り出して俺の星座との相性を調べ上げておいたぐらいだ。相性最悪だったけど、見なかったことにした。
誕生日を尋ねたあの頃はお前に片思いしてたからな。
毎晩、想像の中でお前を犯しまくってた。そうとも知らずにお前は会うたび聖人のように汚れ無い顔で俺を迎えてくれたっけ。
あの無垢な顔にブッカケたい、無理矢理口に突っ込みたいと、常々考えていた。
まあ、実際は無垢どころかド変態野郎だったわけだが……。

それにしても、さっきの「そういえば」という切り出し。
一体何が「そういえば」なのか、我ながら意味がわからない。
さっきまで話題になっていたのは、安藤のアパートの共同便所が詰まってひどいことになってる、ってことだったのに。共同便所と安藤の誕生日に何の因果関係があるってんだ。
しかし、「そういえば」と強引に話題を変えなければ、こいつはいつまでも便所について熱弁を振るうのだから、仕方ない。
大体、せっかくのデートなのに、安っぽい居酒屋とはいえ料理屋なのに、便所について語る奴がいるか。……いるな、目の前に。

「その日、何か予定あるか?」
「いえ、特に」
だろうと思った。
「食事に行こうか」
「でも、今日もご馳走になったのに」
「いいんだよ。俺はメシを奢るのが好きなんだ」
バッキャロウ。
好きなわけねえだろ。
テメエから誘ってこないから、いっつも俺が誘って金払うはめになってるんだよ。それぐらい気づけ馬鹿。年下相手に「割り勘な」とは言えないんだ。察しろアホ。

「でも……」
安藤は箸を握ったまま、考え込んだ。
「なにか問題あるか?」
「いえ」
「じゃあ、十二日の夜に店まで迎えに行くから。ああ、あと、何か欲しいものあるか?」
「えっ?」
「プレゼント」
「プレゼントなんて、そんな……」
いらない、らしい。
言うと思った。

「ええと、お気持ちは嬉しいんですが、その、悪いので」
「俺の好意を踏みにじるつもりか」
少し意地悪っぽく言ってやった。
俺の気分を害したと思い、困った安藤は必死に言葉を探している。
「そういうわけでは……」
「何か欲しいものあるだろ。言ってみろよ」
「欲しいもの、ですか」
「何かあるだろ」
「特に何も欲しくな……」
安藤はしばらく考えこんで、それから「あっ」と言った。何か思いついたらしい。

「市の指定ゴミ袋が無くなりそうなので欲しいです」
ふざけてるのかコイツは。
俺の好意をゴミ袋に換算するつもりか。
踏みにじるよりももっとひどいじゃないか。
コイツは俺からゴミ袋を貰って、それで嬉しいのか? 泣いて喜ぶのか?
もし、恋人じゃなかったらぶん殴ってやるところだった。

「あ、あと歯磨き粉が」
「春信、消耗品は止めろ」
俺の心が消耗しそうだ。
「そうですか。すみません。ええと、じゃあ、食べ物ももちろん駄目ですよね」
「食べ物?」
食べ物のプレゼントって有りか?
まあ、高級品のチョコレートなんかだったら、マシな方かもしれない。
「別にいいよ。何?」
「大根とか里芋とか……」
「駄目だ」
「白菜は……」
「駄目」
「なめこは……」
「味噌汁の具になるものは駄目だ! せめてこうシチューとかビーフストロガノフとかそういうものの具に……いや、それも駄目だ。具は全面的に駄目だ!」

安藤に聞いた俺が馬鹿だった。安藤の馬鹿がうつりつつあるのかもしれない。
この男は物欲が皆無に等しい。
洋服、貴金属、電化製品、同世代の男なら興味を持つ物、どれにも執着が無い。
服など着れればそれでいいのだ。今日も、どうでもいいようなシャツにどうでもいいようなジーンズを着ているだけ。
おまけに人に何かしてもらうという習慣が無いらしく、誕生日という名目でもなければ、プレゼントの類は恐縮して受け取ろうとしない。

そういうところも含めて、安藤が好きなのだけれど、ときどき苛立たしく思う。
もっと、希望を言ってくれればいいのに……。
少し空しさを覚えながら、店員が運んできたビールを一飲みした。





「久住さん……」
「うん?」
俺は安藤の体を横から抱いて首筋に顔を埋めた。
安藤の匂いを嗅ぐ。一生嗅いでいたいぐらい、好きな匂いがする。
「もう一回、したいです」
……またか。
何でコイツは、セックスの時だけ欲望の固まりになるんだ?
普段、禁欲的な暮らしをしているせいで、その反動が出てるのか?

安藤がこちらに向き直った。
ベッドの上で二人、顔を合わせて横になっている。
「駄目ですか?」
うん、そう。
だってもう勃たない。
疲れて眠くなってきた。何とか欠伸をかみ殺す。
「今週はもう一回会うんだから、これぐらいにしとこう」

……あ、こいつ今ため息ついた。
俺の耳は聞き逃さなかったぞ。

「やっぱり、やろう」と言って、俺は疲れきった体に鞭を打ち、起き上がって安藤に圧し掛かる。髪に手を突っ込んで啄ばむようにキスをすると、安藤は嬉しそうに体を震わした。

さて。
どうやって誤魔化そうかな?
挿入無しでこいつを満足させるには、どうしたらいいだろう。突っ込むのが全てじゃないよな。そうだよな。そうだと言ってくれ。

とりあえず指を入れてみた。
ローションでヌルヌルになってるそこはいとも簡単に指三本を飲み込む。
「う」
安藤が小さく呻いて身を捩った。
「今、指何本入ってるか、わかるか?」
耳元で囁く。
「あ、わからな……」
「当ててみ」
「一本ですか?」

このやり取りをしながら、自分のを突っ込んでる時に「今何が入ってるか言ってみろ」と聞いて答えさせる言葉責めだけは絶対にしてはいけないな、と思った。
「指ですか?」とか「ボールペンですか?」なんて答えられたら、一生立ち直れそうに無い。

安藤が足を絡めてきた。
俺が指の動きを止めると、腰を揺らす。
もうさっさと挿れて欲しいらしい。
そんなに焦るなって。
俺にはもう少し充電時間が必要だ。
お前が、もっともっと、エロイ顔してエロイ声だしてくれたら、何とかなるかもな。

中に入れたままの指を折り曲げる。
前立腺をぐりぐり擦ってやると、体を捩って悶えた。
「あ……あ、あッ……!」
指を動かすたびガクガク体が震えて、どうしようもないぐらい感じてるみたいだ。
顔を隠していた手をどかして、表情を窺う。
安藤は咄嗟に顔を背けようとしたが、見逃すわけない。
「何で、顔隠そうとするんだ?」
「や……」
顔を近づけ、尖らせた舌先で安藤の顎を舐めた。
「すごくエロイ顔してる。もっとして、って顔」
「やめてくださ……」
やめろ、と言いつつ、安藤の性器は完全に勃起して先走りを滲ませている。

指をぎりぎりまで引き抜いて、入り口あたりで掻き回すと、安藤は腰を揺らして、「もっと奥まで入れろ」と暗に要求してきた。
掌の汗をシーツで拭う。
腰を押し付けて、互いの性器を擦った。もっとドロドロになりたい。もっと。


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