□佐助と「お好み焼き」

突然だが、佐助は妻の作るポン酢が大好きである。

コレと言って変哲のない普通のポン酢だが、市販品よりははるかに美味い。

食べ物の風味を損ねぬよう、柑橘などは含まないと言う、それだけの拘りなのだが、
佐助は初めて此方の世界に来た時から現在に至るまで、このポン酢を愛してやまないのである。

揚げ物にポン酢。
焼き魚にもポン酢。
生野菜にもポン酢。
焼肉だろうがポン酢。

まぁ、ここまでは「有り」だろう。


「えぇ〜、それは無いわぁ」

「有り得ぬ」
「ねぇなぁ」
「ないれす」

「えー、何で?」


そして―――お好み焼きにも、まさかのポン酢である。


冷蔵庫を開けてポン酢を取り出した途端のブーイングの嵐に、佐助は不満気に振り返る。

例え大好きな家族の皆に白い眼で見られても、根本的に嗜好まではどうしようもない。


「お好み焼きには専用ソースとマヨネーズだっての」

「ポン酢だけで良いってば」


食べ物の好みも似ているはずの幸助にまで駄目出しをされ、サッパリしてて美味いぜ、と言いつつも、佐助は思わず首を傾げた。

そんなにおかしいだろうか、と。


「幸助、父は解っておらぬ故、捨て置け」


そこに冷たい言葉を浴びせるのは幸鷹である。


「父は箸を今すぐに置き、どこへとも去ね。そして1時間ほど帰ってくるでない」

「え゛!?」

「貴様はお好み焼きを馬鹿にしておるゆえ、食す権利など無い」


貴様呼ばわりの挙句にギロリと睨めつけられ、佐助は思わず身じろぐ。


何を隠そう、幸鷹はお好み焼きが大好物なのである。


いつもいっそ清々しいほどに可愛げのない彼だが、子供らしいところとて僅かなりとは言え、あると言えばあるのだ。


「ちょっと幸鷹、言いすぎでしょ」

「ならぬ。俺の焼くお好み焼きに対する侮辱ぞ」


一応程度に仲裁する母をも一蹴し、幸鷹はあからさまな仏頂面でフライパンのお好み焼きをひっくり返す。

そう、佐助一家に於いて、お好み焼きだけは幸鷹が生地から作り、焼くのである。

作り方を教えたのは当然母であるが、どう言う付き合いなのかは不明な大人達に、
母には内緒でアチコチ連れて行って貰っている幸鷹は「美味しいもの」を知っており、
同年代の子供に比べると舌が肥えていた。

そしてやるからには手抜きや妥協を一切しない主義である幸鷹にかかり、佐助一家のお好み焼きは超進化を遂げたのである。

ソースまで拘りの品を、どこからともなく入手してくるのだから、余程お好み焼きが好きなのだろう。

たこ焼きも好きなようだけれど。


「侮辱なんてしてねぇよ、だから食う!」

「ならぬッ!」


ポン酢をドバッと掛けるなり、とられまいとがっつく佐助の頭を、フライ返しの柄の部分を
わざわざ縦にしてまで殴りつけ、幸鷹は佐助を征した。

悪即斬、頷きながら小さく花波が呟けば、幸鷹もまた頷く。

佐助の何が悪いか・・・・・。
それは「ちょっとつける」ではなく「大量」にかける点であり、外側をカリッと焼く事に拘ってる幸鷹にしてみれば、
屈辱以外の何者でもない。

ひたひたと濡らしやがって、である。


「パパがわるいとおもうですよ」

「花凛ちゃんまで・・・・・」

「だって、ゆーくんのおこのみやきは、せかいいちなんれすから!」


ババーンと胸を張って、これでもかと誇らしげに言ってのけた花凛の背後からは、「よう言った」と満足気な幸鷹の声。


「俺も賛成。幸兄のお好み焼きって、店とかで食うよりずっと美味いもんな」

「うむ、解っておるな、幸助」

「点数稼ぎで言ってんじゃねぇの、幸助の場合」

「なっ!」


大人気なくも佐助がそう突っ込めば、幸助がガタリと席を立ち、怒りを露にした。


「謝りなさい、佐助」

「ヤだ」

「謝りなさい、佐助」

「・・・ヤだ」

「次はない。謝りなさい、佐助」

「ごめんなさい」


最初からそうしなさい、と隣の席の花波に言われ、ショボンと小さくなると、
佐助はいつのまにか己の皿ごと、お好み焼きがなくなっているのに気付いた。


「あれ?」


キョロリ、と周囲を見回せば、今まさにゴミ箱へと落下し始めたお好み焼きが目に入る。


「ぬ゛ぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


瞬間的に空になっていた花凛の皿を掴み、忍ならではのスピードを駆使して、
佐助は間一髪でゴミ箱へ投棄されかけた己のポン酢お好み焼きをキャッチした。

パチパチパチ、と何故か女性陣から拍手が沸き起こるも、腑に落ちない・・・・・。


「勿体無いだろ、なんで捨てんだよっ!」

「黙れ、味覚音痴」


せめて大根おろしを用意するならまだしも、と幸鷹の怒りは収まらないようで、佐助を親の敵でも見るような瞳で見てくる。


「濃い味は嫌いなんだよ、仕方ないだろ」

「なれば食うな」

「腹減った!」

「別の物を食うが良い」

「イヤだ、幸鷹が作ったのを食べたいッ」

「断る」

「俺がそれを断る!」

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」


両者、皿を掴み合って一歩も引かぬままでいる為、幸鷹が放置してしまった
フライパンの中で良い感じに焼きあがったお好み焼きを、すかさず母が皿に移して持っていく。


「花凛もたべう!」

「んじゃ、半分こしよっか」

「俺も最後に一口欲しい!」

「オッケ、オッケー」


残る3人は非常に平和だった。



結局、類を見ない粘着質な佐助に対し、幸鷹が折れる形で終幕を迎えたのだが
・・・・・その一部始終を見ていた者らの心は1つだった。


幸鷹の方がオトナなだけか・・・・・、と。