新発売のチョコレートを食べるのは、名字デフォルトの趣味だ。
ラムレーズン入りと書かれた箱の蓋を開けて、チョコレートをぱくり。
「あ、おいしいおいしい」
独り言を呟いて、またぱくり。
口の中にふんわりと広がるラムの匂いと、レーズンの味が、
少し苦めのチョコレートによく合っている。
…まぁ、人を選びそうな味ではあるが。
ラムレーズンって、苦手な人多いよねぇと思いながら
小分けにされたチョコレートを摘まみまくって
空き袋を机にどんどん増殖させていっていると、前の机の椅子に、誰かが座った。
「…バレンタインだってのに、寂しいことしてんな、名字デフォルト」
「あれ、今日、バレンタインだっけ」
「おいおい」
政宗が呆れ顔をする。
しかし、名字デフォルトにとって、バレンタインなどどうということもないのだから仕方ないだろう。
「大体さ、バレンタインにチョコレート贈っても、ホワイトでーには何も返ってこないじゃん?
平等じゃないよね」
「Equality(平等)とか、そういう話じゃねえだろ」
相変わらず英語教師も真っ青な発言をする友人の顔を、名字デフォルトは見た。
そういう話とかそうじゃないとか、そういうことは
きちんとホワイトデーにお返しをしている人間が反論できることだ。
不特定多数から匿名でチョコレートを貰い、それを持って帰りはするが、
口もつけないまま放置をかまし、ホワイトデーなにそれおいしいの?という
男が言える話ではない。
匿名の人間に、お返しが出来るかどうかといえば、それはまた難しい話だが。
…いやいや、それより先に言うべきは
「っていうか、バレンタインを鬱陶しがってる伊達に、そんなバレンタイン大事!
みたいな態度をとられたくねーのよ」
「大事とはいってねぇよ。ただ、年頃の女が
こういう行事ごとを忘れるのも寂しい話だって、それだけだろ」
「そういうの、余計なお世話って言うのよ。大体、そういう行事ごとに目覚めて
チョコレートあげる!なんて事になってごらんなさい。
あんた貰うチョコが一つ増えるのよ」
政宗の先にある、大きな紙袋(あれの中身は全部チョコレートだ、驚いたことに)を
指差しながら言うと、げんなりした表情を浮かべるかと思っていた政宗は
ふと、真顔で名字デフォルトを見た。
「…何」
「ないのか?」
「………何が」
「Chocolate」
あれだけ貰っておいて、まだ欲しいのか。
そう思ったが、彼は結局あのチョコレートたちを食べもしないのだ。
それならば何故欲しいのだろうと思ったが、名字デフォルトにはその理由は分からない。
友チョコを貰ってみたかったとか?
思いついた答えはそれぐらいだったが、しかし、正解も分からないのに
とやかく考えるのは無意味だ。
とりあえず名字デフォルトは、机の上のチョコレートの箱に視線をちらりとやって
「………………………………あるよ」
「くれ」
「どうぞ」
名字デフォルトは、机の上においていた、新発売のチョコレートの箱を
政宗に向かって押し出してやる。
すると政宗は、非常に微妙そうな顔をして名字デフォルトを見た。
「それしかないの。それ以外ないの」
あしらって、名字デフォルトは押し出した箱から、チョコレートの袋を取って
端をつまんで袋を切り裂く。
その名字デフォルトの行動を黙ってみていた政宗だったが、名字デフォルトが他にチョコレートを
持っていないことを察したのか、大きくため息をついて
名字デフォルトのほうを見た。
「しかたねぇ。貰うぞ。…YOU SEE?」
「はいはい」
しかし、今日の政宗はおかしい。
なにを考えているのやら。
開けた袋からチョコレートを取り出して、口に入れようとしたその瞬間。
視界に骨ばった手が現れて、名字デフォルトの手ごとチョコレートを攫う。
抵抗する間もなく、名字デフォルトの手ごとチョコレートは政宗の口に運ばれ、
ちろり、と、舌先が指先に触れる生々しい感触があった。
「な………!!」
「Thank you」
滑らかな口調でいう政宗の表情は、落ち着いていて
それに更に名字デフォルトは言葉を詰まらせる。
何を考えているのか分からない。
(ど、ど、ど、ど)
(どういうつもりなのかって?分かれよ)