「先生世の中には野菜チョコがあるそうですよ」
「………………それを俺に話してどうするつもりなんだ、テメェは」
「いやだ、特にどうということもないです」
「…………………」
「………人参味とかあるらしいですよ」
「だからそれを俺に話してどうなる」
「いや、特に」
園芸部の花壇をいじくりながら、名字デフォルトは小さくため息をついた。
園芸部顧問の片倉小十郎という先生は、見た目は怖いが
頼りがいのある良い先生と、割と慕われている。
慕われているということは、そのうちの何人、何十人かは、名字デフォルトのライバルということで
バレンタインである今日など、名字デフォルトは生きた心地がしない。
先生に、チョコを渡す女の子が居たらどうしよう。
…どうしようもなにも、どうしようも出来ないわけだが。
活動の日でもないのに、菜園をいじろうと誘いにいった職員室の
彼の机の上には、既にチョコレートの包みがいくつも積まれていたし
これからも積まれる予定であるのだろう。
……………やだなぁ。
恋する乙女としては、他の女の子のチョコレートなど受け取って欲しくないが
しかし名字デフォルトは片倉小十郎という教師の、一生徒である。
間違っても恋人同士などではなく、彼にチョコレートを受け取るななどと
言える立場ではない。
それどころか、名字デフォルトは片倉教師にチョコレートを渡した女の子と違って
小十郎にチョコレートを渡しさえしていない。
つまりは、二歩も三歩も出遅れているわけですねー。
青々と茂ったネギの根元に生えた、雑草を取りながら名字デフォルトはため息をついた。
今度は大きく。
それが聞こえたのか、小十郎がもくもくと下に向けていた顔をあげて、名字デフォルトの方を見る。
「…どうした、名字デフォルト
「いいえ、とくになにも。ただ、雑草は冬なのに枯れないな、と思いまして」
「だから、しっかり抜かねぇといけねえ」
答えると、小十郎はすぐに視線を地面に戻す。
それを残念だと思っていると、ふと、名字デフォルトは強い視線を感じて上を見た。
…二階の窓ガラスに、誰か映っている。
女の子だ。
視認して、それから名字デフォルトはどきりと心臓が跳ねた。
窓ガラスに映った女生徒は、手に箱を持って、確かに小十郎を見つめている。
その箱はきっと、チョコレートだ。
ざわりと、心が波だつ。
所有権など主張できるはずもないのに、やはり名字デフォルトは嫌だと強く思った。
「………先生」
「なんだ」
「チョコレート、あるんですけど。受け取ってくれませんか」
「は」
「…野菜チョコじゃあ、ないですけど」
付け加えた言葉に、別にそれでもかまやしねぇが。と小十郎が答えたのは
どうしてなのか。
それを話してどうするつもりなのかと、先ほどは言っていたのに。
…それでも、受け取ってくれる程度には、可愛い生徒なのだと思いたい。
思いたいけれども、それでは名字デフォルトは嫌。
名字デフォルトはおもむろに立ち上がって、小十郎のすぐ傍まで寄ると
こっそりと彼に耳打ちした。




好きです、先生





(……………)
(…え、無言…?)
(仮にも愛の告白をするのに、先生をつけるな。答えにくい)