「先生賄賂です、お受け取りください」
デフォルトがチョコレートの包みを松永に向かって差し出すと、
彼はデフォルトの手元を一瞥して、デフォルトの顔を見た。
彼が、何を考えているのかわからない表情をしているのは
いつものことだが、デフォルトはおもわずゴクリと唾を飲んだ。
「卿には、私が甘いものが好きなように見えるのかね」
「いいえまったく!!でもこれぐらいしかおもいつかないんですよう。
学期末の平生点よろしくお願いしますー」
歴史教師である松永に、バレンタインにチョコレートを渡す理由などこれ以外ない。
デフォルトの、歴史の点数はもはや目も当てられないレベルで
平生点だけが、命綱で頼りなのだ。
せめて、一点でも多く。
それでなくても、通知表とかその辺りにこのご機嫌取りは加味していただきたい。
デフォルトの必死な形相に、他意が無い事が分かったのか、
探る様子だった松永が、くっと笑いを漏らす。
「それで、賄賂かね。全く卿は愉快だな」
「ば、馬鹿にしてますね、せんせー!」
呆れかえるよりも、尚性質悪く、小馬鹿にした表情で松永は
しかしデフォルトの手の中にあるチョコレートを、デフォルトの手から奪った。
それに内心驚きを感じていると、松永はするすると包みをほどいて
チョコレートの箱を開ける。
机の上に置かれた、チョコレートを包んでいた包装紙には破れの一つもない。
そんな、気を使っていた様子は無いのに。
器用なものだと、感心していると、松永が箱の中身を見てから、ふむ、と呟いた。
「それなりに、値が張るものを贈ってきたのか。
賄賂というものを理解しているな。いや、感心感心」
「見ただけで分かるんですか。そしてやっぱり馬鹿にしてるでしょう」
「被害妄想だな、卿のそれは」
言われて、顔をひきつらせる。
しかし、あれだ。
中身を見ただけで値段が分かるのか。
たしかに安物を贈ると、逆に心象を物凄く下げそうだと思って気は使ったが…。
贈り物をするには向かない人だとデフォルトは思った。
安物か、高級品か。
見ただけで分かられては、下手な物が絶対に贈れない。
まぁ、デフォルトはこれ以上贈り物をする予定は無いわけだが。
考えていると、ふと、松永と視線があう。
「ところで卿は、甘いものは好きなのかね?」
「それなりに」
「そうか。ではこれを贈ろう」
その言葉が耳に入った次の瞬間には、松永の長い指が区画分けされた箱の中のチョコレートを
一つ摘まんで、それをデフォルトの口の中にねじ込む。
ココアの粉がまぶされたチョコレートが、無理矢理口の中に入り込む感触。
舌の上にチョコレートが乗ったと思ったら、松永は何を考えているのかやはり分からない表情をして
デフォルトの唇に指を滑らせた。
つぅっと、指先がデフォルトの唇を這う。
自分のものではない、他人の体温。
少しかさついた、年上の男の指。
目の前に居る、松永。
かぁっと、デフォルトの顔が赤く染まる。
その顕著な反応に、松永は唇の端を微かに上げた。
「食べさせたときに、粉が付いたものでね」
「あ、り、が、とう、ございま、す………じゃないです!!
なに、ちょ、エロイ!!先生エロイ!なんでそんなにエロイんですか!!」
「人をそのように罵るものではないよ」
「だ、え、今のは教育者的になし、ない!」
「やかましい。少しは大人しくしたまえ」
言葉と同時に、蓋の閉められたチョコレートの箱がぽんっと飛んでくる。
それを思わず受け止め、デフォルトは松永に抗議の視線を向けた。
「え、ちょ、あげたのに!」
「私は人の食べかけを食べる趣味は無いよ」
さらりと、返された言葉にデフォルトは顔を引きつらせた。
やられた。
これが狙いか。
口の中に残るチョコレートの味に、臍を噛んでいると
「まぁ、卿が今のようにしてくれるというのなら、考えなくもないがね」
その松永の笑う表情のいやらしさに、思わずデフォルトは顔を引きつらせた。
この、セクハラ教師!!!
(教育委員会に訴えますよ!?)
(そうすれば卿は、賄賂のことから話さなければならないわけだ)
(ぐ、ぎぎぎ…!!)
(いや、愉快愉快)