バレンタインである。

なにはなくともバレンタインである。

女の決戦ともいわれるバレンタインである。







…だからどうした。

その一言でもってして、名字デフォルトは女の戦いを切って捨てた。

名字デフォルトにとってバレンタインとは悪習であり、金をどぶに捨てる日のことを指す。

昨今の男女間の常識の変化を考え、バレンタインデーのチョコレート贈与の習慣を

改める企業が増えてきているが、あいにくと名字デフォルトの会社はそうではなかった。

ようするに、上司同僚部下お世話になっている営業の人間たちに

チョコレートを贈れ、という悪しき習慣が、名字デフォルトの会社ではまだ横行しているのだ。

あーあ、バレンタインとか滅びれば良いのに。

特別思い人もおらず、お局さまに片足突っ込み気味の名字デフォルト

寿退社は早々に見切りをつけ、仕事で生きていくつもりのキャリアウーマンだ。

そんな彼女にとって、バレンタインデーなど、もはやどうでもよい日にすぎない。

チョコに使うお金があるんなら、洋服買いたいよぅ。

正直な思いを、心の中だけで吐いて名字デフォルトはうっすらとため息をつく。

しかしながら、名字デフォルトも社会の歯車の一部。

そしてその歯車が動く会社はチョコレートを、バレンタインを望んでいた。

…望まれたのならば果たさねばなるまい。

きりりと眉を吊り上げて、名字デフォルトは会社用のチョコを注文するべく

ブラウザで、インターネットショップを開いたのだった。















さて、バレンタイン当日。

名字デフォルトは見事仕事を果たしていた。

縦横無尽に社内を駆け巡り、少しでも関係がありそうな人間にぶちあたっては

チョコを撒き、チョコを撒き。

幾人かには適当すぎると嘆かれつつも、彼女は無事、バレンタインイベントを終えたのだった。







…で、すめば良かったのだけど。



注文したものを段ボールごと持ってきた名字デフォルトは困惑していた。

なぜか、注文していたものとは違う包装のチョコレートが入っているのである。

いや、それは正しい情報ではない。

正しくは、間違えて名字デフォルトが一つ、本来とは別のチョコレートを注文してしまっていた。

というべきだろう。

覚えはある。

そのチョコは、サイトの中でもひときわ値段の高いチョコで、

七千八百円と名字デフォルトはディスプレイの前で見つけた時に呟いた。

そして、注文した時に、残り残数状況が出るサイトのシステムを知っていた名字デフォルト

怖いもの見たさでそのチョコを注文し、見事キャンセルし忘れていた、というわけだ。

…おろか過ぎる。

七千八百円あれば何ができるか。

そう思った名字デフォルトだったが、注文したものは仕方がない。

手に持ったチョコレートを二三度ひっくり返して眺めながら、諦める。

しかたない。金をどぶに捨てたと思えばいい。

ただ、このチョコレートはどうするか。

一番手っ取り早いのは、自分で食べてしまうことだが

名字デフォルトはチョコを食べると鼻血が出る体質だ。

食べたくない。

だが、捨てるのももったいない。

なにせ七千八百円。

名字デフォルトはしばらく手に持ったチョコレートを眺めていたが、

おもむろに席から立ち上がり、「まぁ、いいか」と呟いた。

今更、自分から特別にチョコを貰ったところで理由を正直に話せば

勘違いするような人間も居るまい。

社内を適当にぶらついて、ぶち当たった人間にやってしまおう。

午前午後とチョコをブチ撒いた時と同じ思考で、名字デフォルトは社内をぶらつくことに決め

パソコンのディスプレイを切ってから、離席し歩き始めた。









「さて、どこにいこうかな」





1.会議室

2.喫煙室

3.非常階段