「君が、部長だって?」
結局断ることもできず、理胡はなしくずしに部長を引き受ける形となり
その決定は、部活を引退する三年生を送る会の最後に、部長…いや、前部長から部員たちへと発表された。
そしてその後日。
部長となってから初めて、部活をしようと音楽室に行った彼女をまず出迎えたのは
反感バリバリの竹中半兵衛であった。
あからさまなそれに、理胡が半兵衛の表情を見ると彼は悔しさを怒りをにじませた表情で
こちらを見ていて、気まずいったら。
私が手を上げたんじゃなくて、部長の指名だよ。
ついでにいうと、あんたらのやり方が強引な上にフォローをしないせいだよ
………とはとても言えず。
代わりに理胡は呆れ交じりの吐息を漏らしながら、半兵衛の胸へ指を突きつけた。
「口を慎むが良いよ、一年。私は二年生なんだから、とりあえず敬うと良いと思う」
「敬っているだろう。今。そんなことよりも、秀吉を差し置いて君が部長だって?」
「二回も繰り返さなくて良いよ、大事なことじゃないから」
一向に敬う様子も見せずに、いけしゃあしゃあと言う半兵衛に突っ込むのは諦めて
理胡が肩をすくめると、背後から影が落ちた。
それに後ろを振り返ると、背後に立っていたのは、半兵衛の方割れ、豊臣秀吉だ。
…こいつも文句を言うのだろうか。
革新を成し遂げながらも、部長の椅子に座らせてもらえなかった男の登場に
理胡は警戒をしたが、彼は半兵衛と違って特に敵意も見せず
理胡をじっと見ながら口を開く。
「部長に就任するのは大事ではないか。我から祝辞を贈らせてもらう」
一秒。二秒。待ってみるけれども、その後に文句は続かないようだった。
それに理胡は一旦ほっとしたけれども、それはそれで気概がないと
眉を寄せ、背丈の大きな彼を見上げる。
豊臣秀吉は、その理胡の行動に目を眇めて、こちらを見返した。
暫くの間見つめあう。
その間にも、続々と部員達が入ってきて、見つめあう秀吉と理胡を見比べては
………面白そうな顔をしてこちらを注視する。
野次馬気分かよ。
その中に、比較的親しくしている同パートのフルートの人間たちが混じっているのに
腹立たしさを感じつつ、理胡は秀吉の方にくるりと体を向き直らせて
腰に手を当て彼を見上げる。
「あのね、豊臣。他人事みたいに人が部長に就任したのを祝うって言ったけど
あんた副部長でしょ。なに涼しい顔しちゃってんのよ」
「知っているよ。だが、納得できない」
そして、部長副部長のコミニュケーションを図ろうと
秀吉に向かって理胡は話しかけたのに、なぜか半兵衛に答えられ
彼女のもくろみは水泡と消えた。
「…なんであんたが答えんの」
「秀吉のことだからだ。…反対なら、まだ納得できるのに」
それが堪らなく不愉快で、理胡は思わず低い声を出す。
さっきから、何だこいつ鬱陶しい。
相変わらず豊臣秀吉はだんまりだし。
なんだこいつ。
一介の平部員だった時から、めまぐるしく評価を変え始めた彼らを
腰に手を当てたまま、理胡が眺め見ると、まず半兵衛が理胡を睨みつけて去って行った。
そして、秀吉もその後を追うように、去ろうとする。
「あ!ちょっと」
その反応は分からなくもないが、秀吉にまで去られては困るのだ。
前部長の時には失敗したが、理胡はとっさに秀吉の服に手を伸ばし
今度は引き留めることに成功した。
「その手を離せ」
「離さない。とりあえず、あんたが今やるべきことは
友達のケツ追いかけていくことじゃなくって
私と部長・副部長就任のあいさつをすることよ。違う?」
受けた役割に応じた、責任のある行動をしろ。
隠しもせずにそう言って、理胡が秀吉を睨みつけると
彼はやがて理胡の手を緩やかに服から振り払い、…その場に留まった。
それに理胡がにっと男の子のような笑みを浮かべると、秀吉は苦々しい表情をして
「我に刃向うとは。大した度胸を持っていることだ」
「刃向う。あんた何様のつもりなの?いいから、もうちょい部員が揃ったら挨拶するよ」
「ならば、半兵衛もおらねばならぬ。…呼んでこよう」
その眼が逃げる目ではないのを視認して、今度は引き留めずに手を振る。
すると、秀吉は僅かに表情を動かした後、一度理胡に向かって頷き半兵衛を探しに出て行った。

後に残るのは、理胡一人。
そして彼女に向けられるのは、同情の視線と、それから敵意の混じったものがいくつか。
同情は、ワンマン豊臣竹中と関わらせられることになって可哀そう。でも自分でなくて良かった。
敵意は、豊臣竹中が頭を張るのが正しいのに。…だろうか。
考えながら、理胡は教卓にもたれかかり、めんどくさいなぁと心の中だけで現状に対しての不満をぶちまけた。
まさか、口に出してそれを言うわけにはいかないもので。