【侍女に忠告をした、忍びの話】
「いや、あの時見上げるなという発言をしたのは
風魔小太郎の執着の先を知っていたからであって、ですね。
え、ああ。あの人うなじが好きなんですよね。
だから見えないから苛々してて。
は、はぁ、恋。そういうことじゃ多分……あぁ、いえ。いいんじゃないんでしょうか、それで。
まぁ、そんなこんなで、好きなうなじが見えないから風魔小太郎は苛々していて。
苛々してるから殺気だってて。
そうすると、私達も怖いんですよ。
なにせ、あの・風魔小太郎の殺気ですから。
だから、あの侍女に声を掛けたわけです。栄光門を見上げるな。と」
言い終えた後、忍びは能面のような無表情の中に、微かに煩わしげな表情を浮かべる。
その表情の意味は、正しくは
『下らない変態的な執着を持つ男と、その変態に恋心を抱ける幸せな脳内をした女の
下らない下らないやり取りにこれ以上時間を取られたくはない』
面倒くさい・呆れの感情を多分に含んだ物であったのだが、話を聞いていた人間は、その忍びの煩わしげな表情を
『他人の恋は傍目から見ると、時に愚かしくも見えるものである』
ましてやその愚かしく見える対象が、北条の守護神とも謳われる風魔小太郎であっては
彼も色々と複雑なのだろうと、常通りに、ややもずれた感想を、抱いたのだった。
間違ってはいないけど、間違っては。
そうして、翁は雇い主の権限を用いて、かの守護神をにやにや顔で呼びだすのだ。
それが守護神に余計に鬱陶しがられる行為だとも分からず、幸せな女を絶望の底につき落とす行為とも知らず。