例えば、これはとある朝の一幕。

朝、誰も通りがからぬ廊下を掃除している時に、うっかりと、いつものように由衣がちりとりに足を取られて
「きゃっ」
小さな可愛らしい悲鳴を上げて、床に激突しかけた由衣の腰を、力強い腕が抱きとめた。
救いの主の名は、後ろを向くまでもなく分かる。
着物越しに感じられる骨ばった腕の感触に、由衣の顔がかあっと赤らむ。
おまけに、しっかりと抱きかかえられたために、後頭部をたくましい胸に押し付けるような形になっていることも
また彼女の体温を上げるのに拍車をかける。
恥ずかしい、嬉しい、ご迷惑をかけて呆れられたらどうしよう。
「あ、の、ありが…とうございま、す…風魔、様」
めまぐるしく変わり混ざる思考の中で、ようよう絞り出すように言った礼の言葉。
その由衣の、か細い声で可愛らしく言われた礼に頷いた小太郎は
己の行動によって間近で見られたほの赤いうなじを、思う様堪能する。

抱きとめられた由衣、間近でうなじを堪能できた小太郎、二人とも、何とも言えず幸せな時であった。



更に、重ねて昼。

栄光門の辺りを通りかかった由衣は、門を見上げかけ、その瞬間に以前に忍びに言われた言葉を思い出す。
『栄光門を、見上げるな』
結局のところ、あれはどういった意味だったのだろうか。
風魔様が、嫌がっているのかだとか、迷惑だと思ったのだけれども
でも、今こうして傍に時々現れてくださるといううことは、そういうことでもないのよ、ね?
あの時の忍びの言葉は、不安でもあり、疑問でもあり。
だけれども、いくらそう思っても、小太郎以外の忍びに話しかける勇気は由衣には無い。
ただ、由衣に分かるのは、主と敵以外の前には滅多と姿を見せる事のない忍びが、わざわざ由衣に忠告してきた。
それならば、栄光門は見上げぬ方が良い。
その、事実だけだ。
………でも、そうすると、栄光門の近くでは、小太郎の姿を見る事は叶わなくなるということで。
「いやだわ、私、欲深で…」
頬に手を当て、ほうっと由衣は嘆息する。
近頃は、どうしてだかはわからないけれども、小太郎が近くに来てくれて
この間は抱きとめられたりもしたのに、この上まだ、姿がみたいだなんて。
なんて、欲深で、浅ましいのだろう。
もしも、あの時思ったように迷惑がられていたならば、どうしましょう。
思うだけで、つきんと痛む胸を押さえながら考える由衣だったが、すぐさまその思考は打ち切られる。
いつものように、何者かが背後に出現した気配がしたからだ。
そう、いつものように。
相手は風魔小太郎だ。
本当なら、自分に悟らせずに背後を取るなど、赤子の手をひねるようなものだろう。
それでも、気配をわざとさせて背後に立つ理由を、驚かせないようにしたいという優しさからだと
気遣われているのだと思いたいと、思いつつ、由衣は「風魔様」と背後の男の名を呼ぶのだった。
確かに、後ろの男は気遣いでわざと気配をさせつつ背後を取ってはいるが
その理由は、気配を消した男にうなじを凝視されていることがいつかばれるよりかは
わざと気配をさせて後ろを取り、その事に注目を向けることで
うなじへの視線への注意をそらした方が、なんぼかましなんじゃね?という実にせせこましい保身行動なのだけれども。
まぁ、ばれなければ、双方ともに幸せ幸せ。

続けて、夜。

ねっとりとした濃密な夜の空気を、小太郎は気にいっている。
誰も動くものが居ない深夜。
いつもは忙しなく動いている城の者たちが寝静まり、誰もかれも皆居なくなる時間。
真っ暗な闇を、月と星の明かりが静かに照らすこの光景は、良い、と思う。
うなじほどではないが。
小太郎にとって、うなじとは、生きる、死ぬと同列に扱われるべきものだった。
それと比べれば、静寂の夜が何だという話なのである。
余人には全く分からぬ話であるし、分かりたくもない話だが。
まぁ、とにかく、小太郎にとって夜とはそれなりに愛すべき時間だった。
真昼よりかはよほど。
それだから、割と上機嫌に小太郎は、うなじを持つ女の寝室を見下ろしながら
空気一つ動かぬ静寂の中で、明日もまたあのうなじが見れるのだろう。
あぁ、楽しみだ。
生きることに張りが出る。
出来るならば、また間近で拝みたいものだが。
と、うっきうき考えていた。
その最中、変態的思考を切るようにからりと障子の開く音が空気を割る。
それと同時に、うなじの女がそろそろとした足取りで、部屋から出て廊下を歩きだすのが見えた
厠か、喉が渇いたか。
理由は何でも良いが、朝を待たずとも、うなじをもう一度拝めるとは運が良い。
黒髪の隙間から見えるうなじに相好を崩しながら、頼りなげな光に照らされたうなじも良いものだと
微かに頷く小太郎の胸中を知るものは誰も居ない。
一時の主、北条氏政も、小太郎が喋らぬが故に、思うことも何も知る事は無い。
部下である風魔忍び達ですら、完全には。
だが、それでいいと小太郎は思う。
理解をされたくもないし、されようとも思わない。
なぜなら、己の本心をぶちまけてしまえば、皆、なんとなしにうなじを隠すようになるだろうと知っているからだ。
己が執着、愛、全てを話せば、誰もが気持ち悪がるだろうことを小太郎は知っている。
気持ちがられるのは、別に良い。
人間自体に興味は無い。
だが、うなじが隠されるのは、我慢がならなかった。
うなじが隠されたら、自分はどうやって生きて行けばいいのだ。
故に、喋らずとも、自らの心を理解してもらおうと努力せずとも良い『今』を、小太郎は大変に、気にいっている。
…………こういう時に、結局うなじに全てが帰結してくる風魔小太郎と言う男は、本当に残念だ。
そうして、そのように残念な男の執着を向けられている女は、いつものようにふにゃふにゃとした
頼りなげな足取りで、井戸のある方へと歩いてゆく。
予想通り、喉が渇いたのだろう。
井戸の横に置かれた汲み置きの水を、柄杓ですくって口に含み、女はふぅと一息をついた。
ようやく一心地つけたような、そんな息。
そのついた息によって微かに頭が上下したことにより、黒髪が揺れて、うなじを掠めてはまた去ってゆく。
……イイ…。
そこらの木の上から、だらしのない表情をしてうっとりと女を見つめていた風魔は
彼女が慎ましやかに小さな口でこくこくと水を飲むたびに、動くうなじを見つめてはにへらとその口元を緩ませた。
奇跡という言葉は信じてはいないが、あのうなじの造形には、奇跡という言葉を贈りたくなる。
大変に、イイ。
ついでにいえば、これだけ変態的な視線を送っているにも拘らず、一向に気がついた様子の無い
あのぬぼっとした性格・精神であることも都合が良くて大変に良い。
近くで見初めて、もう二週間にはなるだろうか。
背後にいっても、距離を詰めても、どれだけ熱狂的な視線を送っても
うなじの女は小太郎の視線に全く気がついた様子は無かった。
その事実と、間近で見る女の生活の様子を合わせれば、彼女の性格と言うのは
いくら本体に興味の無い小太郎にも分かる。
彼女は、大変に分かりやすい生き物だった。
人が笑顔になってくれるのが嬉しいからと、誰もが好まぬ廊下の掃除をし
気難しい人間にも、怒鳴られても、笑顔を向け
しょっちゅうこけては、他人に苦笑をさせ、うなじにだけは怪我をするなよと小太郎をはらはらさせる。
うなじの付属品の女は、そういう裏表のなさそうな、生き物だった。
興味がないから、名前すら覚えていないけれども。
しかし、そのねじの一本二本飛んでいるような、ぼんやりとした性格は
こちらにとって、繰り返すが酷く都合が良い。
うなじの持ち主が、あれである意味良かったものだ。
首元に手をやって、じっとりとした寝汗を拭い、気持ち悪そうにしている眼下の女の
その鈍さに、くっと小太郎は唇を吊り上げた。
興味がないものに関して、彼は感情を動かされる事は無い。
だから、うなじの付属品と言えども興味を持っていない女、由衣を判ずるのなら
風魔小太郎はどこまでも冷静にその評価を下す。

………もっとも、女がどうやってもうなじの持ち主である以上、その冷静さも一瞬しか続かぬのだけど。

「寝汗、かいてる」
女は口元に手を当てて、気持ち悪そうにもぞもぞとしながら己が手についた汗を見た。
大方、長い黒髪が体温を高めた結果だろう。
何度か女は気持ち悪げに首元を擦った後、おもむろに手で桶の水を掬い
首へとその水をぱしゃんと当てた。
「つめたっ。あ、着物も濡れちゃった」
………女の思考は簡単に読める。
寝汗をかいて気持ち悪いし、水で洗い流せばいいんじゃないかしら→やってみる→なんかつめたい。
ぐらいの流れなのだろう、多分。
しかし考えなしにもほどがあるだろう、それは。
水を当てれば冷たいし、水を当てれば着物も濡れる。
それは、自明の理ではないか。
自分では絶対にやらぬ行動に、兜の下で小太郎は、呆気にとられるやら呆れるやらの複雑な表情を浮かべる。
だが、彼が冷静に馬鹿だ、あの女と思っていられたのも、そこまでだった。
本体の行動に珍しく着目して、うなじから目を離していた事に気がついた小太郎が
うなじに視線をもどした瞬間に、彼の冷静さは終わりを告げる。
言っておくが、風魔小太郎がいくらうなじを好いていようとも、彼は一線を越えた事は無い。
彼は、着替えと、水浴びだけは覗かないと決めているのだ。
常人には分からずとも、変態には変態なりの規則、と言うものが存在する。
彼はその自分で決めた規則に従って、着替えも水浴びも、覗いた事がない。
一糸纏わぬ姿のときのうなじも、水に濡れたうなじも、彼はみたいけれども我慢して我慢して
血涙を流しながら、覗かなかった。
だから、知らなかったのだ。
月明かりに照らされたうなじも、汗に濡れたうなじも、何もかも好きだけれども
ダントツで自分は、水に濡れたうなじが好きだ、なんて。
女の黒髪の隙間から、水に濡れたうなじが見える。
その光景に、小太郎は我知らず、木から飛び降り女の背後へと立っていた。
気配は、いつものように殺さない。
殺す余裕すらない。
そうならば、女は気がつく、当たり前に。
だけれども、いつものように拒否はしない。
男に些かの余裕もなく、本能をむき出しにした獣のような姿なのも、気がつかず。
「風魔様…でらっしゃいますか?あぁ、やはり風魔様」
こちらの姿を捉えぬぎりぎりの所で視線を止めて、柔らかな声で、女は小太郎を呼ぶ。
朝に昼に、自分が背後に気配をさせたまま立つたびに、嬉しげな感情を混ぜて呼ぶ声。
顔には、常のようにほんのりと笑みが浮かんでいるのだろう。
だが、それも今の小太郎にとっては、気を払うまでもない事柄だった。
うなじを。
うなじを、先ほど女が当てた水が粒となって、つぅっと滑ってゆくのが、見える。
すべらかな肌を透明な水の珠がするすると流れて行く。
その光景に、ごくりと思わず小太郎は、生唾を飲み込んだ。


あぁ、舐めたい。
あのうなじを伝う水滴を舐めとって、白い肌に舌を這わせて感触を、確かめたい。
あれは、凄く、大変に、オイシソウに見える。


変態的で、かつ熱烈な欲求だった。
小太郎の背筋をぞわりと何かが這う。
好きだ、好きだ、あれが好きだ。とても好きだ。あれが、欲しい。どうしても。
飢餓感すら覚えるような、心の奥底からの欲望。
そして風魔小太郎という人間は、それに理性で蓋をするような男ではなかった。
彼は思いのままにその手を女の腰へと伸ばして、彼女を抱きよせる。
きゃっという、短い悲鳴が聞こえた気がした。
だが、全て些事だ。
小太郎は抱き寄せた事によって間近になったうなじの白に目を奪われつつも
欲望通りに、その首元へと顔を埋める。
微かに体を震わせる女の首元は、甘い、何とも言えない匂いがした。
その、匂いがぶつりと最後の薄皮のように残っていた小太郎の理性を奪い取る。
「ひぃ、あ、ぁっ…?!」
抵抗の切っ掛けとなってはいけないと、痛まぬように優しい手つきで黒髪を端に寄せつつ、ねっとりと首に舌を這わせる。
理性を切らせた男の、切羽詰まった動きで舐め上げれば、うなじの持ち主は驚きの声を上げた後
自分の口元を自ら塞いだ。
ふるり、と、上げ損なう悲鳴が女のうちに溜まって、その肢体を震わせる。
一瞬、その行動の意味が分からなかった小太郎だが、すぐに、声で、寝静まった城の者を起こさぬためだと察しがついた。
愚かな事だ。
実に、愚かしい。
うなじの持ち主、個人に興味は無いが、暫く背後についていればその人となりはすぐに知れた。
やや身体能力に欠け、人のことを優先し、心清らかと言って差し支えない。
そのような性格の持ち主だから、そういう行動をするのであろうが
その行為は小太郎に言わせれば、馬鹿馬鹿しいの一言と言える。
自分はうなじにしか興味がないからいいようなものの、こういった行為の本来の先を求める輩だったらどうするのだ。
実に、愚かであるとしか言いようがない。
先も思ったが、良いのはうなじだけか。
思ってすぐに、小太郎はいやと、思いなおす。
いいや、これの頭がどうでも、うなじさえ良ければ良い。
美しいうなじに、己の舐め上げた唾液の跡がぬっとりと残っていく。
もしもこれが他人のつけた跡ならば、美しい芸術品に何をと激高したかもしれないが
己が行うならば、自分の所有の証のようで気分が良い。
同じ心境で、噛み跡を残したいような気持になるが、それはうなじの美観を損なうから我慢をし
理想のうなじを小太郎は一心不乱に舐め上げた。
嫌悪されるかもしれないという考えは、いつの間にか頭の片隅からすら吹き飛び
その代わりにこのうなじを全て己の物としたいという強欲な気持ちが、小太郎をその行動に走らせる。
舐めて、触れるだけの口づけを贈り、跡のつかない証を残す。
俺のものだ。
このうなじは俺のものだと。
山のように飽きるほどうなじを見つめてきた小太郎の理想を体現したようなうなじ。
これほどまでに美しいうなじには、もはや出会える事は無いだろう。
あぁ、出来得る事ならば、時を止めてこのまま保存して置きたい。
だが、それは叶わない。
幾ら風魔小太郎と言えど、時の流れまでは操れない。
だから、せめてこの一瞬だけは全て己の物にと、見えにくい髪の生え際をちぅっと吸えば
ひぅっと女が濡れた吐息を漏らしてびくりと体を震わせた。



その後、いかほどの時間がたったのだろうか。
思う様うなじを味わっていた小太郎だったが、ふとそろそろ見周りの時間が来ると思い出して
ちっと珍しく感情を露わに舌打ちをする。
時間など無くなってしまえば良いのに、邪魔な。
常は機械のように感情が無いかのような平たさを見せる小太郎だが、うなじに関しては話が別だ。
うなじに関してだけ容易く動く現金な心のままに、名残惜しそうに最後に一舐めして
小太郎は女の首からやっと顔を離した。
大変に、良かった。
己の物だと存分に主張できた時間は至福だったと、うっとりとしたため息を漏らした小太郎の耳に
ふと思いがけず同じような吐息が聞こえる。
それに何だ、と思った小太郎だったが、考えるまでもない。
ここにいるのは、己と、後はうなじの持ち主の女だけだ。
途中からその存在自体を忘れ、目の前のうなじにだけ意識を奪われていたが
そういえば、居た、な。
居たも何も、うなじがその部位だけで歩けるわけがないのだから
付属品としてその持ち主はくっついてくるのが当たり前だというに、途中から完全にうなじしか意識に入れてなかった。
故に、あぁ、そういえばとうなじを愛でるのを止めて初めて思い出した女を
小太郎は何気なく見下ろして

―これならば、何も心配はいらないだろう。

そう、安堵に胸をなでおろした。
うなじを突然に舐め、口づけをするという行為は、悪くしなくても嫌悪を抱かれる行為であると
今更ながらに思い出しもした小太郎だが、眼下に見えるうなじの女は
顔を上気させ濡れた吐息を漏らして瞳をぼんやりとさせている。
これは、どうみても、愉しんでいた姿だ。
ならば、嫌悪を抱かれる事は、あるまい。
耐えて泣いていればまた一計を案じねばならなかったかもしれないが、これならば、心配ない。
大丈夫だ。
最近と同じように、また、うなじを間近で見る事が出来る。

…男慣れしていなさそうな女が、何故、嫌悪も抱かず『そう』なっているのか。
何故、大した抵抗もせず、与えられるがままに受け止めたのか。
何故、夜の闇の中現れた小太郎に、安堵の声を漏らしたのか。
それすらも考えないまま、ただ目の前の女の姿・形だけ見て結論付けた男は
女の濡れ過ぎたうなじに目をやって、眉間にしわを寄せた。
いや、己のやった事だ。
だが、唾液で濡れ過ぎたうなじは、女の赤らめた肌の色と相まって扇情的とも言えたが
小太郎の好みではなかった。
俺はもう少し、しとやかに見えるのが良い。
思いながら、唾液に塗れたうなじを己の着物で拭いてやると、朦朧とした表情の女と目が合う。
未だに正気にはかえれてはいないような、そういうとろんとした目をして小太郎を見ながら、その女は口を開いて
「あ、りがとうございます…?」
夢の中に居るようなふわふわとした声で紡がれる礼の言葉。
それに小太郎は珍しく虚をつかれた後、女の事を本心から、こいつは馬鹿だと思った。
襲った人間に対して礼を言うなど、馬鹿げている。
おまけにその礼を言った行動が、自分が汚したものを拭っただけというのも、また。
……頭のねじを一本二本、俺は、更に、これに落させてしまったのだろうか。
熱っぽい吐息を洩らしている女はどう考えても、未通そうで、刺激が強すぎたのだろう、多分。
頭の緩さが元からとは思いたくない小太郎はそう結論付けた。
思いたくなかったのだ。
戦国の世の人間と言うものは、多かれ少なかれこすっからく、由衣のようにほややんな生物というのは非常に珍しい。
そうして、その珍しさは血に塗れて生きてきた風魔小太郎にとっては、もはや未知の生き物レベル。
うなじだけに着目し、どうでもよく本体の行動を流していた時には愚かしいぐらいで済んでいたが
そのほややんが自分に向けられた日には、もう。
さながら現在の小太郎の心が受けた衝撃は、スカイフィッシュを発見した時のホセ・エスカミーラに大変よく似ていた。
ようするに、一言でいえば、何だこれ。に、尽きる。
何だこいつ。ですらないのである。
何だこれ。の一言。
小太郎にとって、現在由衣は理想のうなじをもつ女でなく、本当に謎の生命体なのであった。
だから否定したい。
こんなほややんがこの戦国の世に生息していることなど。
元からのほややんなどいない、これはねじを二三本落させた結果なだけだ、と。
理解しがたい、透明かつ棒状の形状をし高速で飛行する謎の生命体を見る目で
少しの間小太郎は由衣を見つめていたが、暫くの後には、再び本体に興味は無く、ただうなじだけを熱心に見詰める
いつもの風魔小太郎に戻る。
小太郎は、うなじの事以外で冷静さを欠くのは嫌いだ。
同じように、面倒も。
だから、ふわふわとどこか別の所を彷徨っていた女が、羞恥かそれとも睡魔かによって
いつのまにか気を失い寝息を立てていた事に、言い訳めいた行動をとらずに済むと
安堵の気持ちを抱いたのだった。
実に、男として最低である。