キスお題
part 1



「あら、これから任務なのかしら?」
夜近くに訪れた男に向かって言うには、聊か警戒心の足りない言葉で
上田の姫君は忍びを迎え入れた。
迎え入れた、といっても、相手が勝手に忍んできたのだが。
「相変わらず、警戒心の足りない子だねぇ。さすが旦那の血縁だけはある…」
「あらあら、言いつけますよ、佐助」
「そりゃあ、ご勘弁。ただでさえ少ない給料ががんっと減っちまうよ」
首を振る男に、デフォルトはくすくすと笑いを漏らした。
他であれば、忍び風情と言われても仕方の無い彼が、こうも自由に発言できるのは
この上田、ひいては武田の気風もあるのだろうけれども
それ以上に兄弟のような、主従の関係が大きいのだろう。
まったく、仲のいい事。
思ってから、デフォルトはそれにしてもと、忍びに声をかける。
「いつもならば、声もかけずにいくというのに。
どうかなさったのですか」
「いやぁ、なに。ちょーっとばかり長くなりそうな感じだからさ。
寂しがらないように、ご挨拶?」
「それはそれはどうも、お気遣いありがとうございます」
頷いて、それからデフォルトは佐助のほうへと視線を流す。
「それで、どれほどになりそうなのです?」
「んー良くて三月、長くて半年以上?」
「あら。あらあら。本当に、長いこと」
口元に手を当てて、控えめに驚きの表現をしたデフォルトだったが
それでもそれなりに動揺をしている。
それは、本当に長い。
なにくれとなく世話を焼いてくれて、なんでもなしに話をしにきてくれる
この忍びがそんなに長く居ない生活というのは、まったく寂しいものであるに違いない。
しかし、それでも仕事相手にだだをこねるわけにも行かない。
デフォルトは黙ってため息をつくと、佐助を手招いた。
「駄々こねるわけにもいきませんもの。…任務、頑張っていらして」
近くに寄った佐助の肩を掴んで引き寄せて、デフォルトは彼の頬に唇を押し付けた。
離すとちゅっと音がする。
……あぁ、紅の音か。
まだ寝るつもりではなかったから、化粧など落としていなかった。
佐助の頬に残った口紅を着物で拭おうとすると、佐助はそれを押し止めて
自分の手で拭った。
「…本当、あんたってば、何するか見当もつかないな」
「その辺りは、真田の血筋かしらねぇ」
「……………そーかもね。じゃ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
にこりと笑った後には、部屋の中に影一つ残っていない。
いつものことだ。
しかし、すぐに上からできるだけ早く帰ってくると声がして
デフォルトは一瞬の間の後、上がる口の端を着物で覆い隠した。




「あぁ、ほら、あんまり俺様の手なんて触るもんじゃないよ」
窘められて、デフォルトは顔を上げて佐助を見た。
自分のようにすべらかではない、ごつごつとした固い手。
その指先に、思わず手を伸ばそうとしての一言である。
どうして?と言葉に出さずに問うと、佐助は
「そりゃあ、何触ったか分かんないような手だからさ。汚いだろ」
その言葉には、デフォルトも呆れを隠せない。
「最中には、体中を這いずり回らせるくせに、説得力が無いわ」
触るのは構わないけれど、触られるのは苦手だと、素直に言えばよいのに。
どうということも無いところで捻くれている男に
ため息をつきながら、デフォルトは佐助の指先に一つ口付けを落とす。
ごつごつとした指先のささくれが、唇にひっかかって、
少しの痛みを彼女に与えた。

……その思い出や、他の思い出を思い返しながら
彼の帰りを待っている。
まだ、一月半しかたっていない。
あと、最低でも一月半。
「長いわ…」
呟いた声は、誰の耳にも入らない。
だが、それでいい。それがいい。



あー寝てる寝てる。
ほんといい具合に寝てるねぇ。
そんな無防備だと、色々不都合あるんじゃないの。
っていうか、俺様がこんなあっさりここまで来れてること自体が、不都合なんだけど。
もうちょっと鍛えなおすべき?忍隊を。
夢と現の狭間で聞こえてくる声に、デフォルトは無茶を言わないのと
口に出さずに突っ込みを入れた。
止められるものがいないからこその、真田忍隊の長なのでしょうに。
けれども、その言葉は届かない。
口には出していないから。
出そうとしても、ひどい眠気に襲われて、とてもとても、起きれはしない。
お帰りなさいって、言ってあげたいのだけれど。
根性を出して目を開けようとするが、それ以上の眠りの誘いが
デフォルトを引き止めて逃しはしない。
こんな、夜半に帰ってこなくとも、良いのに。
そう思う間にも、意識がずぶずぶと眠りの中へと帰ってゆく。
とりあえず、ただいま。と唇が額に落とされたのを最後に
デフォルトの意識はふつりと、途切れて眠りの中へと完全に落ちた。





目覚めてすぐにあったのは、男の顔だった。
橙色をした髪の毛に、デフォルトはふにゃりと笑って男の顔に手を伸ばす。
「お帰りなさい、佐助」
「ただいま。いつもそうなら、堪らなく可愛いんだけどねぇ。
いや、たまにだからこんなに可愛いのか」
「馬鹿なこと言ってないのよ」
言葉を返してすぐに、首筋に噛み付かれる。
「起き抜けなのよ、私は」
「知ってる」
「顔ぐらい洗わせて欲しいわ」
「後で」
「いやだわ、本当」
ため息をつきかけたところで、首筋にもう一度噛み付かれ、吸われる。
その感覚に思わず声を漏らして、デフォルトは佐助に身をゆだねた。





こんなことをしていて良いのだろうかと、時々は、思う。
真田のデフォルト様相手に、こんなことをしていて良いのだろうかと。
相手の着物を脱がす手も止めず、思うことではないが…。
それでも佐助はやはり考える。
こういう関係になって、日が浅いことも無いのに
未だこういうことを考えるというのは、思うよりも自分は真面目なのかなんなのか。
それでも。
剥いた分だけ見えるその肌の白さに、その考えも忘れて欲情するのだから全く浅ましい。
思わず苦笑をこぼすと、下にいるデフォルト様は機嫌の悪げな表情になって
「っ!」
「あなた、別のことを考えている暇があるのなら、こちらを見なさいな。佐助」
唇に噛み付いて、ふっと笑いをこぼしたデフォルト様のその表情に
佐助は違う意味での苦笑いを浮かべて、仰せのままにといつものように、軽い口調で彼女に返す。
まったくやれやれ。
主導権ぐらい、握らせてくれても良かろうに。













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