元就と里香は夫婦であるから、たまには二人で外出することもある。
………とはいっても、たまにというのは本当にたまにのことで
大体が元就が外に出る所用があり、里香もそちらに用があった時に
初めて、じゃあ一緒に出ましょうか。となるだけのことで
そこには相変わらずデートだとか、そういう甘い響きが混じる要素は一つもないのだ。
「じゃあ、鍵を閉めますよ」
「ああ」
今回も、そうで。
そろそろ季節は夏も近く、夏服を買いたい里香と、新しい書棚が欲しい元就は
それぞれが週末、ショッピングモールへと出かける予定を立てていた。
とはいっても、行き場が発覚さえしなければお互い勝手に行って
勝手に帰ってきて、そこで初めて、あぁ同じ場所に行ったのかと
何事もなくお互いにあぁと思うだけの話であったのだけれども
今回は、元就がぽろりと予定を零したことで、偶然にも同じ日に同じ場所に
買い物に出ようとしている事が発覚してしまったのだ。
そしてそうしてしまうと、まぁ、一緒に行かないわけにもいかない。
常識的に考えて、というやつだ。
であるから、二人はたまの休日に、夫婦そろって出かけるという
傍から見れば仲がよろしく円満そうに見える事をやる羽目になってしまったのである。
元就がもともと住んでいたマンションというのは、非常に立地が良く
駅から歩いて三分程度の所にあった。
故に、スーパーやら薬局やら、何もかもが歩いていける範囲にあり
ショッピングモールだとて、その中に含まれる。
駅近くにどんっと店舗を構えるショッピングモールについた夫妻は
入口に入って、三歩ほど歩いた所で、互いの顔をちらりと見て
「じゃあ、私、夏物見てきますから」
「二階に居る」
女の買い物は長いと良く言うが、里香の買い物は異様に短かい。
大体が、三分か、長くて十五分。
幾度か共にでた買い物でそれを十分に承知している元就は
だから自分の居場所をこちらに告げる。
買うものが既に定まっている時ならばともかくとして
毛利元就は十分に買うものを吟味して決めるため、それ以上の時間がかかるのは明白だからだ。
そして里香は、終わったら来いということだなと、元就が言いたいことを承知して
軽く頷き夫と別れた。
「…それにしても、元就さんと買い物に来るとは」
意外だったな、と続く言葉を里香は飲みこんだ。
夫婦なのだから、一緒に買い物をするぐらい、意外でもなんでもないのは
自分でも分かっているからだ。
…けれども、自分と元就に限って言えば、意外で良かろうて。
ショッピングモールの、ブティックが並ぶフロアに足を踏み入れ
さくさくと歩きながら買う洋服の目星をつけつつ、里香は思う。
里香と、元就との間には、あるべき愛情というものが無い。
間にあるのは契約だけだ。
彼の子供を産むという契約だけ。
それを考えるのならば、一緒に買い物に来るのが意外だと思ったって良いだろう。
だって、一緒に買い物に来るって、まるで仲が良いみたいではないか。
里香の中で、夫婦そろって一緒に買い物、というのは仲が良い夫婦の象徴行為のようなもので
それを自分たちが行うというのは、何かと違和感が伴う。
一緒に買い物をする、と聞くと、仲が良いのだな、と思うだろう?
なんとなく、二人で並んで歩きながら、微笑み合って買い物を行うような
そんな夫婦を想像してしまうはずだ、普通は。
なんていうか、言葉の持つイメージと、現実が違いすぎるのよね。
まぁ、そもそもの始まりが私と元就さんはおかしいのだけれども。
ブティックフロアを一周して、眺めた店内で良さそうな服があった所に踵を返し
里香は、四点夏服を買って買い物を終えた。
所要時間は僅か五分。
彼女の買い物は、本当に短い。
腕にはめた時計を見て、多分夫はまだ買っていないのだろうと
当たり前のことを思いつつ、里香は二階へと足を運ぶ。
なんとなく気が進まないなと思いながら。
二階には、雑貨と家具が置かれている。
その中の一店舗に元就の姿を見つけ、里香はそちらへと近づいた。
やはりまだ、買い物の最中のようだ。
黒く塗られたシックな書棚を眺めている元就にそう思うと
その瞬間、夫がこちらを向く。
それについつい片手を上げかけた所で、とんっと肩が叩かれた。
「こんにちわ」
無言でそちらを見上げると、見知らぬ男がそこには立っていた。
もしや、今どきナンパだろうか。
肩を叩かれたことで警戒をする里香だが、彼は予想に反して
すっと紙をこちらに差し出してにっこりと笑う。
「十五時から一階でイベントやってるんで、よかったら参加よろしくお願いしまーす」
「はぁ。…餅つき大会ですか」
この時期に。
よりによって。
季節は、夏近くである。
今更餅つきをする季節でもあるまいに。
渡されたビラを眺めて、開かれる催しものが餅つき大会であることに
困惑も隠さず里香が言うと、向かいの青年は、はははと軽快に声を上げて笑った。
「もうすぐこのショッピングモール五周年なんで。
おめでたい時にはお餅ですよ。ということで、良かったら参加お願いしますね。
お餅をついて終わったら、ついたお餅は配布して持って帰ってもらえることになっているんで」
「はぁ」
「じゃ、お願いしまーす」
やはり、軽やかに言うと、青年は身を翻して今度は別の女性に声をかけ始める。
だから、なぜ女性に声を掛けるの、あなた。
警戒して、それから餅つき大会のお誘いに困惑した様子の女性の姿に
やっぱりそうなるよねぇと、深く共感を覚えながら
里香は元しようとしていた通りに、元就の方へと向かう。
すると彼は、既に書棚の方に視線を戻していた。
そうして里香が間近に近寄って初めて、こちらに視線をちらりと寄こして
「行かぬぞ」
「え、どこにですか」
「餅つき大会だ」
答えられた事柄に、あぁと納得した里香は横に首を二度振った。
「いえ、最初から行く気はないですけれど。声、かけられたんですか」
「ビラを寄こされたが、突き返してやったわ」
見た所、女性にしか声を掛けていないと思っていたのだが
思い違いであったらしい。
ビラだとか、そういうものが明らかに嫌いそうに見える元就だが
やはり嫌いなようだ。
ビラを突き返す人など、初めて見た。
「それも捨てておけ」
そして、他人が貰ったビラを捨てろという人間も。
思わず受け取ってしまったビラを未だ手に持っていた里香に対して
眉をしかめて元就が指図する。
それに里香は、抵抗するようなことでもないので視線を彷徨わせゴミ箱を探したが
発見するその前に、こふっと元就が咳きこんだ。