関心が僅かに薄れたといっても、毛利夫妻に周囲が関心がないわけではない。
あくまででも薄れたであり、無くなったではないのだ。
であるから、こういう質問も、時には飛んでくるわけで。
「そういえば、名字デフォルト君は、家でも毛利君のことを下の名前では呼ばないのかな」
さらりと、白い髪が揺れる。
その秀麗な顔を見ながら、名字デフォルトはぽかんと口を開けた。
こういった質問を受けるのは珍しくは無いが
質問をぶつけてきた相手が竹中半兵衛その人であったからである。
ランチ友達である彼と名字デフォルトは、幾らか気安い関係だが
その気安さの中でも彼はこういった不躾なことを聞いてきたためしがない。
それだから意表を突かれて、口を尚も開けていると
竹中は口が開いてしまっているよ、と微苦笑を浮かべた。
「すまないね、驚かせてしまったかい?」
「あぁ、いえ。竹中課長にそういうことを言われるとは思いませんでしたので」
ありのままの事実を言えば、まぁそうだろうねと
竹中半兵衛人事部課長は、名字デフォルトの言葉を首肯した。
竹中という男は、そういう下賤な話題に自ら首を突っ込むような人間でなく
どちらかといえば、下らないと蔑む部類だ。
それがどうして?と疑問に思い、僅かに名字デフォルトが首を傾けると
竹中は名字デフォルトを見下ろし、秀吉がね。と切り出した。
「秀吉が、君のことを心配していたんだよ。
近頃は弁当を作るようになって、ランチを供する機会もないだろう?
上手くいっているのかどうなのかとね。
まぁ、毛利君がああいう人であるから、秀吉の心配も分からなくはないのだけど。
…と、失礼」
「いえ、まぁ仕方がないですね、その辺りは」
失言したと口元を押さえる竹中に首を振り、仕方がないと否定してやる。
竹中、もとい人事部もどうしようもないが、毛利も大概どうしようもない人間だ。
本当に仕方がない。
…いやいや、それを言いだすと、この会社濃い人材が多すぎて
皆どうしようもないの一言で、片付いてしまうのだけれども。
例えばシステム部の松永氏は、行き成り爆発するスクリーンセーバーを
全パソコンに配信してセットしだすし
(この件で営業部二課の伊達が怒鳴りこみにいって、松永に嘲けられていた)
営業一課の武田信玄と真田幸村は行き成り叫んで殴り合い始めるし。
デザイン部の長曾我部と前田はフリーダムで、就業中だろうが不在なことが多いわ
同僚、上司である経理の浅井・市夫婦もあれでやりとりが中々濃い。
今も名字デフォルトの横で
『ごめんなさい長政さまごめんなさい、皆…市のせい…』
『泣くな、市!大体何故、営業部が大量にため込んでいた領収書を
一気に持ってきたのがお前のせいになるのだ!
悪、削除されるべきは営業部だろう!』
『ごめんなさい…長政さま…ごめんなさい』
『えぇい!何故ますます泣く』
などという愉快なやり取りを繰り広げている真っ最中だ。
…ちなみにいつものことなので、名字デフォルトはもう相手にしないことにしている。
夫婦間の問題は夫婦間で。
それは二人の問題ですから。
…というかそう考えて見ると、この会社の社員、皆、優秀ではあるが変人が過ぎる。
皆変人すぎる、の内からちゃっかり自分を抜きつつ名字デフォルトはそう思って
それから竹中に向かい
「それにしても豊臣人事部長にまで心配をされていましたか、私は」
「まぁ、仕方がないね。秀吉も僕も君とは無関係じゃないんだ、当然だろう?」
そう言われ、更にふふっと笑いまで漏らされてしまっては、どうしようもない。
彼の本来の用事、人事部経費の領収書の束を受け取りながら
名字デフォルトは微苦笑を彼に向ける。
「家だからといって、呼び名が変わるわけでもなく、毛利さん呼びですけれどね」
「まぁそうだろうね。でも問題はない?」
「はい」
こくんと頷く。
家で会社で顔を突き合わせる夫とは、本当に上手くやっている。
無関心の結果としての良好な関係だとは分かっていても、それの何が悪いのか。
ただ、彼の望むように、子供が生まれたならば
もう少し一緒に居る時間を増やさなければならないが。
両親の間に愛がないことへの悪影響を懸念し、偽装を考慮しつつも
現状の名字デフォルトと毛利と二人きりでのコミュニティ、夫婦という関係には何一つとして問題は、無い。
だから嘘一つなく竹中にそれを言えば、彼は綺麗な笑みをして
「しかし毛利君と結婚したことで、彼の派閥に君が入ってしまって
君を人事部に引き抜きにくくなってしまった。
僕としてはそこのところが残念だよ」
そういう、冗談とも本気ともつかない言葉が返ってきて、名字デフォルトは微苦笑を苦笑に変えた。






「…と言うことがあったんですけれども」
「そうか。そういえば貴様は人事部とは親しいのであったな」
「えぇ、まあ」
家に帰って、毛利を待ってから夕食をとっている最中に
今日あった竹中との出来事をなんとなく話すと、毛利にそう言われて名字デフォルトは軽く頷く。
親しいといっても、人事部所属の石田三成や大谷吉継らとはそうでもない。
名字デフォルトが親しいのは、ランチを時々ご一緒していた豊臣秀吉や竹中半兵衛らである。
けれどもいちいち訂正を入れるほどでないので頷くと
そうであったな。ともう一度毛利が頷く。
そういう反応は珍しいが、どうせ社内でそれがどのように使えるかという計算だろう。
まぁ、一介の経理部平の名字デフォルトを使って出来ることなど、高が知れているだろうけれども。
とりあえずは、面倒なことを申し付からなければ良いがと思いつつ
肉じゃがに箸を伸ばしていると、ふと毛利と目が合う。
そこで一度パチッと瞬きをして、それから名字デフォルトは毛利は結婚してから
名字デフォルトの呼び名をデフォルトに改めたことを思い出し、それから竹中の言葉を思い出す。
『そういえば、名字デフォルト君は、家でも毛利君のことを下の名前では呼ばないのかな』
…………うーん。
「私は、ひょっとしなくても毛利さんのことを元就さん、もしくあなたとお呼びした方が良いんでしょうかね」
「人に影響されるでないわ。そのような愚かしいものを選んだつもりは無い」
名字デフォルトの提案には、にべもない返答が返された。
けれども名字デフォルトは天井を見上げてうーんと唸る。
「でも、私思ったんですが」
「なんだ」
「毛利さんの望み通り毛利家を繋げる子供を私が生んだ場合
家で毛利さんって父親を呼ぶ母親は、子供から見てちょっとおかしくないですか」
その名字デフォルトの言葉に、毛利はほうれん草のおひたしに伸ばしていた箸を止めて
眉間にきゅっと皺を寄せた。
想像するに、竹中の言葉の直後にそうするのは癪に触る。
しかして、可能性に気がついた以上は手を打たないのも気にいらないと。
相変わらず気難しい人だと思いながら、原因を作ったくせに
肉じゃがを名字デフォルトがぱくついていると、毛利はふっと息を吐いて名字デフォルトを見た。
それに彼が珍しく折れたのを感じ取り、名字デフォルト

「あなた、今夜の夕食は美味しいですか?」

………名字デフォルトに他意は無い。嫌がらせの気持ちもない。
けれども、毛利元就にしてみれば、なぜにあなたチョイスである。
彼は名字デフォルトの言葉を聞いて、ぎっと箸を鳴らして、名字デフォルトを睨みつける。
だが、名字デフォルトとしては悪気はないため、その毛利の視線に首を傾げるばかり。
そうして両者は交わらない気持ちで視線を交わし合っていたが
―先に折れたのは、本当に、珍しいことに連続して毛利元就の方だった。
というか、名字デフォルトの方は何が悪かったのか分かっていないので
折れようがないとも言うけれども。
ともかく毛利は、はぁとこれ見よがしにため息をつき
名字デフォルトの方へ向かい呆れともなにともつかない表情をする。
「………………………………あなたなど、怖気がする。元就にせよ」
「あぁ、はい、じゃあ以後は元就さんで」
そうしてしばらく沈黙した毛利に、本当に嫌そうに言われた名字デフォルト
そんなに嫌がらなくてもと思いながらも、彼の言葉を受け入れて
以降、毛利のことを元就、と呼ぶことにしたのだった。