毛利夫妻は結婚したものの、それで新しく新居を構えるわけでもなく
元々毛利が住んでいたマンションに、妻名字デフォルトが越す形で新生活を始めた。
そのため、新居特有の人が住んでいなかった感覚と言うものがなく
名字デフォルトは夫ともうまくやっているし、気疲れすることも無く毎日を過ごしている。
のだけれども。
名字デフォルトの夫は、あの毛利元就である。
経営企画室の孤独の鬼悪魔。
性格は冷たくて最悪、人を傷つける言葉を平気で吐く。
だから人を寄せ付けないし、誰も寄らない。
そんな毛利元就が妻を娶った。
しかもその妻は自社内に居るというのだから、関心が二人に向かわないわけがない。
ので、家でこそのんびりとしている(新婚なのに)毛利夫妻だが
会社では微妙に色々とちょっかいを掛けられて気疲れする日々なのだった。
そういうわけで、二人夫婦仲良く
経営企画室横の、経営企画室用会議室で昼食をとっている毛利夫妻。
…会議が入っていない場合には、どこの会議室でも
昼食をとって良いことにこの会社ではなっているのだが
この経営企画室横会議室と、人事部横会議室は最も人気のない会議室スポットの座を争うような場所だ。
(経営企画室には毛利元就、人事部には豊臣秀吉が居る。…人気がないのはそういうことだ)
そういう場所であるから人も来ないし、そこでだけは気が抜ける。
昼休憩だけが心の癒し。わずらわしい探る視線から解放され、ほっと一息つける時間。
そういう悲しいことになっている名字デフォルトの就業事情だが
今日は、どうも事情が違うらしい。
どう違うかって、悪い方に。
「よう、邪魔するぜ」
「今日は俺らも一緒だ、文句ないよな」
会議室を開けた名字デフォルトの目に飛び込んできたのは、BSR株式会社名物、眼帯コンビであった。
営業部の伊達政宗、デザイン部の長曾我部元親。
目立つ上に有名な二人の思わぬ登場に、名字デフォルトが固まっていると
二人の後ろに居た毛利が「行くぞ」と名字デフォルトに声をかけ
すたすたと部屋の外に向かって歩き出そうとする。
けれども、その彼の行動は長曾我部によって簡単に阻まれた。
ほら、毛利さん背丈が小さいから…。
自らの夫の身長の低さと、それから長曾我部のがたいの良さを見比べつつ
諦念の混じった視線を送っていると、伊達に
「Come」
手招かれて、名字デフォルトはちらっと毛利を見る。
長曾我部に掴まれている毛利は絶対零度の視線を彼に送りつつ
離せ。と鋭く行っているが、残念、長曾我部は毛利を離す気がないように見えた。
であるならば、体格で負ける毛利は逃げられず、その彼を見捨てて逃げれば
後でどんな口撃を食らうことか。
そうした場合に言われるであろう罵詈雑言…というには些か冷たく鋭すぎる言葉の数々を想像して
仕方なく名字デフォルトは椅子を引いて、伊達の二つ隣に座った。
それと同時に毛利の方も抵抗するのが面倒になったのか
名字デフォルトの前に腰かけ、眉間に皺を寄せたまま忌々しげな表情を浮かべる。
…怖いなぁ。
あんまり機嫌を悪くさせないで欲しい。
あなたらは会社の外に出てしまえば関係ないかもしれないが
私はこの人と家に帰っても付き合わないといけないのに。
容易く毛利の機嫌を損ねそうな人たち相手に、歓迎できないと視線で告げてやると
伊達も長曾我部も、にっと笑って自分の昼食を机の上に広げ始めた。
そのゴーイングマイウェイ感にどうしようもない気持ちで、名字デフォルトもまた
弁当を広げる。
今日のご飯はハンバーグとプチトマトとマカロニサラダ、それと卵焼きにご飯である。
そういえば、卵焼きは何も言わずに甘くしてるけどいいのかな。
どうでも良いことをどうでも良く思っていると、毛利もまた弁当に手をつけた所で
視線がかち合って、それから何も無く離れた。
基本的に、名字デフォルトと毛利の関係と言うのは、体の関係がある同居人が一番正しい。
それなりに上手く穏やかにやっているが、それ以上ではない。
であるから、この人たちの期待には添えないと思うのだけれども。
おそらくは好奇心から覗きに来たらしい人たちをちらりと見ると
しかし彼らは毛利と名字デフォルトの弁当を見比べて、それからはぁんという表情を両者とも浮かべた。
「名字デフォルト、あんたきちんと朝起きて、旦那の分まで弁当作ってんだな」
「そりゃあまぁ。一人分も二人分も違いませんから。
作らない理由がないです」
夜に作ったものを弁当に詰め、それにちょっと足してみたりしているだけだし
大した苦労もない。
だが、伊達はそうは思わなかったようで、いいやと否定の単語を吐く。
「弁当作ってやるってことは、上手く行ってるってことだろ。
嫌な相手にはそんなことしてやりたくもねぇからな。…OK?」
「あぁ、そういう。はい、それは」
毛利のことは嫌いじゃない。
その感情のまま頷くと、…何故か伊達と長曾我部は一様にほっとした表情を浮かべる。
…なんだこれ。
「そうか!いや、俺も心配してたんだぜ。なんせ毛利だろ?
どういう縁で夫婦になったのかもわかんねぇわ、会話も他人行儀だわで
家で虐められてんじゃねえのかってよぉ」
「exactly!(その通り)つーことで来てみたんだが
要らない心配だったみたいでなによりだ」
ほっとした表情のまま言われる言葉の数々に毛利はぴくりと眉を動かしたが
発言することも無くただ黙々と弁当を食べている。
多分、関わるのが面倒くさいのだと思うのだけれども
話しかけられている名字デフォルトは彼と違って無視をすることもできない。
そのため、毛利の方を一度伺った後、そんなことはないです。上手くやっていますよ。と否定をした。
嘘はついていない。
ただ、そこに存在するべき恋愛感情が伴っていないだけで。
しかしそれを知らぬ伊達と長曾我部は揃って頷き
あまつさえ長曾我部は
「あんたも意外とやるんじゃねぇか」
などと毛利を肘でつつく。
それに鬱陶しげに毛利は長曾我部を睨んだが、彼に効き目がないと分かると
思い切り足を踏んづけて、長曾我部に大きな悲鳴を上げさせた。
「…我に気軽に、その上そのように粗雑に触るでないわ」
「も、毛利…おま……」
声にならない声で反論を試みる長曾我部だったが
足の痛みにそれもままならないようだった。
よほど強く踏まれたらしい。
苦悶の表情を浮かべる長曾我部に、伊達がこっそりと助かったぜ…と漏らすのを聞いた名字デフォルトは
苦笑を浮かべながら弁当をつつく。
こういう反応を毛利がするから、皆結婚したというだけで興味しんしんになるのだろうに。
現在の状況の原因の殆どが毛利にあるということを理解している名字デフォルトは
ただ余計な口を挟まず弁当を食べる。
しかしこの距離ならば毛利に攻撃を加えられないと判断した伊達が
今度は名字デフォルトに向かって要らぬ質問をぶつけてきた。
「ところであんた、上手く行ってるんなら、毛利元就に早く帰ってきて欲しいこともあるだろ」
「あぁ、それは俺も思うがな。毛利、新婚家庭はもうちょっと大事に…いってぇえええ!!」
「余計な口を我に叩くな」
もう一度足を踏まれたらしい長曾我部が、机に伏せって痛みに耐える。
その様にすっきりした顔で弁当を食べる毛利。
表情は、ストレスフリーで今日も美しい。
………なんという虐めっ子。
そしてその毛利に容赦ない行動をとられるのを分かっていて
ちょっかい掛けに行く長曾我部はなんという虐められっ子。…というか調子に乗ったガキ大将。
小学校時分にこういう光景は良く見たわぁと、ちっとも成長しない男性と言うものの存在について
名字デフォルトが考えかけた所で、伊達にで、どうなんだ?と促される。
…どうと言われても。
確かに毛利元就が会社から帰社するのは、新婚家庭らしからぬ時間だ。
大体会社を出るのが二十時半ぐらいで、帰ってくるのが二十一時。
ちなみに就業時間は五時半までなので、結構な時間残業していることになるが…
毛利さんの立場なら仕方ないのでは。それ。
思う名字デフォルトは多分本当に恋愛に向いていない。
おそらく恋仲になりその末で結婚したのだとしても同じ結論にたどり着く女は
はてと言う表情で伊達を見る。
その表情に毛利は満足そうな表情をして、弁当を食べ終わり箸を箸箱へとしまった。
「伊達政宗。我の選んだものがそのような低俗な思考を抱くと思うな」
「……………低俗か?これ」
「…いや、一般的にはちげぇ…」
戸惑う二人は、多分一般的には正しい。
二人の考えを内心では肯定する名字デフォルトだが、それでも彼女としては毛利の方が優先順位度が高いので
二人に決して、間違ってやいませんよとは言ってやらない。
毛利さん、機嫌が悪くなると長引くから。
常識人二人を横目で見ながら、同じく名字デフォルトは弁当を食べ終わり箸箱に箸を入れ
パチンと音を立てて蓋を閉めた。
そうして食べ終わったならば、常は夜の食事について何か食べたいものがないか聞くのが常なのだけれども。
どうだろう。
もう一度ちらっと横に座る二人を見ると、そのタイミングでポケットの中に入れていた携帯電話が震える。
反射的に携帯電話をポケットから取り出し、新着メールの通知をクリックすると
差出人:毛利元就
件名:
本文:今日は土手鍋にせよ。
いつもの場所で府中味噌を買って帰るが良い。
たまに赤で作る愚か者が居るが、府中味噌以外は許さぬ。
多分、名字デフォルトのほかの人間がメールを見れば、お前何様だと思っただろう。
作ってもらえる立場でそのえばりよう。
たった三行のメールの中に、良い。愚か者。許さぬ。という
傲慢な単語を三つも入れられるとはもはや才能だ。
けれども名字デフォルトデフォルトという人間は、毛利元就はこういう人間であると
持ち前のスルースキルで流しまくっているので、何とも思わず今日は土手鍋かぁと納得をした。
するなよと言う話だが、スルースキルで流しまくっているので仕方がない。
そうして、この状況下でリクエストのメールを送ってくるのだから
毛利さんはよっぽど土手鍋が食べたかったのだなとずれたことを思いつつ
彼女は、じゃあ〆にうどんも買って帰りますね。と返信をするのだった。
割れ鍋に、綴蓋。
愛でも恋でもないにせよ、上手くいっている二人の空気は伝わるもので
心配をして見に来た伊達と長曾我部は目を合わせて、ホッと胸を撫でおろす。
…いや、態度の変わらない毛利元就を見ていると、本当心配を覚えるのだ。
こんな男で良いのか、人生捨ててないかと。
けれども、毛利元就も案外この名字デフォルトデフォルトという女が気にいっているようだし。
心配するまでも無かったようで。
そうして昼休みは終わり四人が四人とも仕事に戻った後
闖入者二人は昼休みの二人の様子を、同様に野次馬気分半分心配半分で
関心を向けていた周囲に喧伝して、そこで初めて二人への外野の関心は薄れることとなったのであった。