秋になった。
紅葉が始まりだして、木々が色づき赤く黄色く染まってゆく。
夏の暑さはもうどこかに行ってしまって、肌寒さを感じる感覚が日々強くなってきている。
そんな頃、私は帰宅途中の道をのんびりと歩いていた。
「秋だなぁ」
黄色くなっているイチョウの葉を見ながら呟いてみる。
近頃は目が覚めて着替える時、寒いと思う機会も増えたし
本当に秋めいてきている。
というよりか、秋を通り越して、既に冬が近いのだ。
そういや、秋って言ったら焼き芋だけど、まだ食べてないなぁ。
秋が過ぎ去る前にサツマイモ食べたい。
…明日は大学芋でもしようか。
献立を考えつつ吐いた息が、微かに白い気がして目を細めていると
夜の暗い空が目に入る。
星がちかりと瞬いたのを見てから、前に視線を戻すと
住んでいるマンションが目に入ってきた。
家がもうすぐだ。
何となくほっとする気持ちを抱いて足を進める。
やれやれもうすぐ家に帰れる。
仕事でこった左肩を、右手で揉んではーっと息を吐くと
マンションの入り口の方に黒い人影が見えた。
近づいていくうちに、黒い人影がこちらを向いて、何故か足を止める。
やがてその人影が長曾我部さんだと気がついて、私は右手を上にあげた。
「おーい、長曾我部さん」
そしてそのまま走っていって、長曾我部さんの前まで行くと
彼は表情を崩してくっと笑い声を漏らした。
「何も走ってこなくても良いだろうがよ」
「いや、見えたから」
「ははっ、あんたはいつもそうだな。おかえり、デフォルト」
「ただいま。長曾我部さんもお帰りなさい」
「おう、ただいま」
挨拶をしかわして、互いににっこりと笑う。
長曾我部さんと挨拶をすると、家に入っても無いのに
あぁ帰ってきたんだなぁという気分になった。
馴染んでいる。
けれども、春から数えれば半年は優に過ぎているのだから
当たり前といえば、当たり前の話。
この人が居ない生活を、思い出すのが難しくなってきたなぁ。
寒さから両の手をこすり合わせながら、隣の男の人を見上げると
彼は少し首を傾げながら、どうかしたか、と問いかけてくる。
それになんでもないと答えながら、連れ添って家に帰ろうとしたその瞬間に
「いしやーきいもーおいもー」
聞いた感じ、二つほど向こうの角から、ゆぅっくりとしたおいちゃんの声で
石焼き芋の屋台の声がした。
それに、私ははっとして後ろを振り向く。
屋台売りだ。
丁度サツマイモ食べたいと思ったら来るとかなんてタイミング。
あぁでもちょっと遠いかも。
一瞬で考えながら、声のする方向を見つめる私の横で
長曾我部さんが惑ったような気配をしているけれども、無視無視。
芋…。
走ればどっかいっちゃう前に追いつけはすると思うんだけど、どうしよう。
迷いながら、ぎゅっと財布の入ったバッグを握り直すと
向こうからおいちゃんの声が響いた。
「いしやーきいも。ほっかほっかのおいもー。甘くておいしい石焼き芋はいかがですかー?」
「よし買おう」
石焼き芋を売る売り文句としては、何ら変哲もないものだが
変哲ないものだからこそ、心をくすぐるというかなんというか。
ようするに、おいしそうと思った時が、買い時です。
なので、未だ惑ったままの長曾我部さんを捨て置いて
私は石焼き芋の屋台を追いかけるべく、猛ダッシュを開始する。
全速力で走ると、いい加減運動不足の体が悲鳴を上げて
胸が途端に苦しくなったけれども、気にしない気にしない。
「待って!待って待って!買います、買います!!」
叫びながら屋台を追いかけていくと、屋台でなく
石焼き芋を焼く機械を荷台に乗せた軽トラを、ゆぅっくりと走らせていたおいちゃんが
こちらに気がついて、やはりゆぅっくりと止まった。
「いらっしゃい。何本?」
「一本、いや、二本下さい」
「はいよ。七百円ね」
がっさりと、新聞で作った袋を広げて、その中に丸っこいサツマイモを二本入れたおいちゃん。
そして彼はこちらが出した七百円ちょうどを受け取って
新聞の袋を私の方に差し出した。
「熱いから気をつけてよ。ありがとうございました」
「どうも」
がさりと袋が音を立てる。
その中に感じる確かな重みとあったかさに、顔を緩ませながらマンションまで戻る。
と、そこにはこちらを見て目をまん丸くしている長曾我部さんが居て
私は居てくれてよかったと思いながら、彼に向かってにこやかに新聞袋を差し出した。
「はい、一個あげる」
「………焼き芋買うためだけにあんな猛ダッシュしたのかよ」
「うん。食べたかった」
子供のように頷いて、更に長曾我部さんの方に差し出せば
袋ごと奪い取られる。
え、二個ともあげるつもりは無いんだけど。
「いや、んな顔すんなよ。誰も取り上げりゃしねえ。
ただ、こんな往来で食う趣味はねえから、あんたの部屋に行って
飯食う前に食おうと思っただけだ。
…いいよな?」
「うん。…っていうか、いやいや。
芋食べるのは良いけど先にご飯ね、ご飯。
焼いも食べたらご飯はいらなくなる」
「飯食ったら焼き芋入らなくなるだろうが」
「暫く家でゴロゴロしてれば良いじゃない」
「………ん。じゃ、遠慮なく甘えるぞ」
「どうぞどうぞ。狭苦しい我が家ですが」
「うちもおんなじ間取りじゃねえか。俺の家まで自動的に狭くなんだろ」
「ばれたか」
今度こそ連れだって家に帰り、玄関前で鍵を探していると
ふと探す手が長曾我部さんの方に近づいた時
隣の人の体温が微かに感じられて、私は知らず、目を細めた。