DVDをビデオ屋で借りて、私の家に帰る。
このマンションの間取りは2LDKで
玄関すぐがリビング・ダイニング・キッチン。
それから洋室二つに、洗面所、バストイレ別になっている。
んで、いつも長曾我部さんといるのはダイニングなんだけど
リビングはカーテンで遮っているので、繋がっているのにここに彼を通すのは初めてだ。
灰色に絵本チックな木々が描かれたカーテンを開けると
一番奥にテレビがあって、真ん中に黒いソファー、横に本棚が置かれたリビングが姿を現した。
床に敷かれているのは白い足長のカーペットで、ダイニングが木目っぽく揃えているのに対して
リビングはモノクロに纏められている。
…ちなみにそういう具合に統一しているのは、色を纏めていると
なんとなく片付いているように見えるからだ。
決してハイセンス狙いとかそんなんじゃない。
あとソファーが黒なのは、汚れが目立たないから。
物事には須らく理由がある、と。
恰好つけながら、物ぐさなのを誤魔化して、私は手に持ったDVDが入った袋を漁りながら
TV傍のDVDプレイヤーに手を伸ばした。
「長曾我部さん、どれから見たい?」
「本当にあったって奴にしねえか」
「OKOK。了解」
見ると呪われるだのなんだのという、大仰な見出しに惹かれて借りたDVDを
ケースから出してセットする。
そのまま、二人してソファーに並んで本編が流れるのを待っていると
映像が流れる前に、注意書きが画面に表示された。
良くある余り画面に近づかないでください系かと思いきや、違う。
(おことわり)
本作品は、投稿された映像をそのままの状態で紹介している為
画像の乱れやノイズなどが生じる場合がありますが
予めご了承ください。
これからご覧いただくのは、一般投稿者より投稿していただいた映像です。
ご覧頂いた後、不可解な出来事や霊的現象が起きた場合
こちらでは一切の責任を負いかねます。
本作品は、お祓いを済ませております。
…………怖いんですけど。
お祓いを済ませておりますが、特別怖い。
借りるんじゃなかったと思いながら、画面を見ていると
投稿映像が流されてタイトルが表示された。
………最初のタイトルは、謎の廃墟。
届けられた、差出人、撮影場所不明のHi8テープには不可解な映像が
収められていたという、ナレーションからDVDは始まる。
数人の人間が廃墟を探索している映像。
顔が特定されないように、モザイクが最初からかかっていたというナレーションの通り
映る人間の顔にはモザイクがかかっていて、それがより怖さを倍増させる。
朽ちた食品という灰色のテロップ。
幽霊が出るという赤色のスプレー文字が書かれた壁。
長い階段へと映像が映り、そこでビデオの映像モードが切り替わった瞬間に
私はひっと息を飲んだ。
半透明の人影が、撮影者の方に歩いてくるのが、はっきりと見えたからだ。
頭は、くっきりと。
しかし胴と手はうすぼけていて、うっすらと色がついている程度の、『何か』。
その『何か』が、こつん、こつんと、音も無く階段を下りて、撮影者に近づく。
二歩ほど近付いた所で、撮影モードが再度切り替えられて、画面が暗闇に、戻った。
そこで、ぴぃんという音が響いて、REPLAYの文字が、画面に赤く表示された。
ナレーションが
『おわかりだろうか?』
とこちら側に向かって問いかけながら、再度、撮影モードの切り替えの場面から映像を流す。
よ、余計なことしないで欲しい。
ホラービデオなのだから怖いのは当たり前なのだが
ぴぃぃんっという金属質な音が響いて、『何か』が何度も何度もリプレイ再生されるのに
恐怖心を煽られた私は、さりげなく座り直すふりをして、長曾我部さんに近づく。
長曾我部さんは、座り直した時には私の方をちらっと見たが
距離が近づいたのには気がついてないようで、すぐにTV画面へと視線を戻した。
その間にも、解説は流れ続け、やがて画面はブラックアウトならぬレッドアウトをして
…次の投稿映像へと、切り替わった。
その後三篇映像を見た所で、ぞわぞわとする背中の怖気に耐えられなくなった私は
自分の部屋に行って、ブランケットをとってくる。
いや、だって怖いよ。
怖くなるために見てるのだから、怖いのは当然なのだけど。
でも怖いのは怖いというこの矛盾は何処からくるのだろう。
と、考えて見た所で、良い年した人間がホラービデオごときで怖がっているのには変わりない。
恥ずかしいから気がつかないで欲しいなと思いつつ
私はソファーに座りなおして、ブランケットを長曾我部さんと私の膝にかけた。
ちなみに座り直すついでに、そろっと距離を縮めて見たりしているが
それはブランケットが短いせいです。
決して怖いわけではありません。
流れる映像で、車が道に迷っているのを見ながら、何気ない顔をしていると
長曾我部さんはブランケットと私の顔を見比べた後
ソファーに目を落として、くっと笑った。
…………あああああああ…気がつかれた…。
気がつかないでってあんなに祈ったのに。
無神論者だから対象無しだったのが悪いのか。
そうか。そりゃ悪いわ。
絶望と羞恥に身を浸して、私の頬が熱くなっていく。
多分、今、顔真っ赤なのだと思う。
それでも何食わぬ表情を保とうとしていると、長曾我部さんは更にくっくと笑いながら
「さみいな、デフォルト」
「あぁ、うん。そうだね。だからブランケットを」
「でも隙間風がさみい。あんた、もうちょっとこっちに寄っちゃくれねえか」
長曾我部さんの顔を見る。
笑いを含んだ表情に、こちらを馬鹿にするような感情は見当たらない。
…やだなぁこの人、相変わらずすぎて、生き神様とも呼べないよ。
なんとなくの困った気持ちを抱きながら、私が彼の方へもう少し距離を近づけると
もうちょっと、な?と、更にお願いをされる。
結局、もはやくっついているのと同義の距離まで距離を詰めさされて
というか、詰めさせてもらって、長曾我部さんの体温を感じるぐらいの距離で
私はホラービデオの続きを見た。
時折彼が身じろぎすると、体が当たって体温が触れる。
それを嫌だと思うことは無かった。
むしろ怖いので、いっそ抱きついて見たいような気持ちに駆られたが
私と彼はあくまでもおかえりただいまと言い合って
一緒にご飯を食べ得て時々一緒に出かけたりする隣人なので、それは、駄目だ。
(何かがおかしい気がするが無視をする)
だからあくまでもくっついているように見えるが僅かに隙間を開けた状態で
残りのビデオも全て見て、私たちは夏の風物詩を満喫したのだった。
怖いんだけど、ホラーって、良いよね。…一人じゃ見たくないけど。
しかしそれにしても。
最中も、終わった後も。
怖いんなら見るの止めりゃあいいのにとは、彼からは終ぞ言われなかった。
やだなぁこの人、どうしようもない。