寝落ちるぐらい忙しかった長曾我部さんだが、近頃はそんなこともない様子。
季節は夏。
日差しが燦々と降ってくる季節です。






いや、日差しはいらんのですがね。
熱いのですがね。
地球温暖化は嘘っぱちはの私であるけれど、こうも暑いと
温暖化温暖化言う奴の気持ちも分からんでもない。
でもアスファルトの照り返しとかそんなんじゃねーの?
二酸化炭素ガスとか、そんなちょっと増えてぐらいでこんな暑くなんねーよ。
もしくは太陽さんが働きもんすぎるんだよ。あー暑い。
ということで、本日の夕食は夏らしく、冷やし中華始めましたでございます。
どっちかっていうと冷麺の方が好きなんだけど、家で食べるんなら冷やし中華だよね。

おにぎりと冷やし中華と餃子が並んだ食卓について、長曾我部さんと向かい合って
いただきますと手を合わせる。
「それにしても、近頃は落ち着いてきた?」
「大体な。授業の段取りも分かってきたし、授業計画と報告書がひとまず終わったのもでけえ」
「そりゃあね」
一度寝落ちて以来気をつけていたようだが、それでも五月と六月の初旬は
うとうとしていることが何度かあった。
別に寝てくれても構わなかったのだけど、自分が逆の立場なら遠慮したいので
その辺りは口に出さないでおいた。
しかし、長曾我部さんを見ていると、先生って意外と大変なのだなと思う。
やっと慣れたと思ったら、六月ごろには中間考査があって、その後期末の試験がある。
試験があるということは、テスト問題を作らないといけないということで。
あー…大変。
けれど、そんな中でも長曾我部さんは楽しそうに
学校の話題を話すので、先生稼業も意外と水があっているのだろう。
「んでよ、生徒たちが考査前だっつーのに、海に行ってきた海に行ってきたって話すんだよ。
あいつら余裕過ぎんだろ」
「あらー。まあ高校生なんてそんなもんだよ。私もそうだったし。
長曾我部さん違ったの?」
「いや、一緒だった」
「うわ、二枚舌だ」
「けどよ、俺の立場からしてみりゃ、そりゃいいな、羨ましいとは言いにきぃだろ」
「ま、そりゃそうだけど」
今日の話題は、授業を受け持っているクラスの生徒たちが立て続けに彼に
夏だから海に行ってきたよー!という報告に来たという話だった。
普段ならそりゃ微笑ましい話だが、生憎と、来週から期末考査が始まるらしく
苦言を呈する長曾我部さんに私は笑いながら首を振る。
高校生時分は遊ぶことが楽しかった。
高校生という時間は少ししかないのだから、遊びたいなら遊ばせてやりたいと思うのは
私が関係ない立場だからだろう。
現に関係ある立場の長曾我部さんは、彼らの気持ちを分かりながらも
肯定するわけにはいかないと渋い顔をしておいでだ。
まぁ、長曾我部さんの気持ちは分かる。
そういう、自分が経験してきたことを、大人になってしまったせいで
否定しなければならないというのは、中々苦々しいものである。
特に、長曾我部さんの立場ならそういった機会は多くて、中々大変に違いない。
「難しいね、先生って」
思ったことを素直に口に出すと、長曾我部さんはぱちっと一度瞬いた後、まあな、と苦笑した。
「だがよ、面白いこともあるんだぜ?年月ってのはすげーよなっていうのを感じるし」
「…年月って、まだ先生になって三カ月じゃない」
「ちげぇよ。俺はまだ二十三だろ?で、生徒は十五から十八。
最大で八つ違う。だが、たった八つだ。
そんでも、たった八つでもよ、触れあってりゃ考えが若けぇなって思ったり
自分が固くなったと思う瞬間だってありやがる。
そういうのを意識するぐれぇ若いのと触れ合える機会なんて、他の職業じゃ中々無いだろ?」
「若さを意識する機会か。それは確かにね」
頷くと、だろ。と長曾我部さんが破顔した。
若さを意識する機会なんて、普通に暮らしていたら何処にもない。
せいぜい、TVを見てとか、あとは子供がいたら子供と話していてとか、それ位だ。
その年齢による違いを面白いと思えるのなら、先生というのは楽しい職業なのかもしれない。
私も、駅で見かける高校生を見ては、若さに目がくらむことあるものな。
長曾我部さんと私が三つ違いなので、高校一年生の子で、誕生日前の子と比べると……。
よそう。
悲しくなる。
二桁差分に泣きそうになる気持ちをひた隠して居ると
長曾我部さんがそれになと続ける。
「それにな、たった三か月の新米でも、好いてくれてる奴らもいてよ。
こっそり相談しに来たりすることだってあんだよ。
そういう時、なんていうんだ?…話を聞いてやれたり
助けになってやれたり、支えてやれたりすんのは、良いよな」
「…長曾我部さんは、先生向いてると思うな、私」
一番に話を聞いてやれたりが出てくる所が特に。
大抵の人間は、人に相談する時話を聞いて欲しいだけだ。
相談相手はうんうんと相槌を打ってくれるだけというのが
一番相談者たちにとっては好ましい。
下手に口出しされて、踏み込んできて欲しくない所に踏み込んでくるというのが
上述とは逆に相談者たちにとっては一番嫌な所であるのに
そういうことをする人間のなんと多いことか。
だから、悩み多き高校生諸君には、この生き神様の優しさというのは
身に染みるものがあるのではないかと思って言うと
彼の顔がぱっと赤く染まった。
「な、な、何言ってやがる。褒めても何にも出やしねえぞ」
「いや、素直な感想を言っただけだから。
そんな照れられても困る」
「照れてねえよ!」
頬と耳が赤く染まっている状態で言われても。
顔を赤くしながら動揺する長曾我部さんを見て私はそう思ったが
それを言うと更にやかましくなることは必須なので、代わりに
「それにしても、海ねぇ。今時分は人が多いだろうに。
若いって素晴らしい」
話を変えてあげようと思って、元の話題から海を引っ張り出してくると
私が言った言葉に長曾我部さんが呆れた表情を浮かべる。
「年寄りくせえこと言うなよ。あんたまだ二十代だろうが」
「四捨五入したら三十です。肌の曲がり角なので、紫外線の強い日中に
海で遊ぶ気にはなれません」
「…………その発言が年寄りくせえ…」
…海にやたらと行きたがった長曾我部さんは、今でも海大好きだから分からないだろうけど
夏の海は怖いんだぞ。
上方からの紫外線を遮断するものが何にもないからモロ浴びだし。
海は海で紫外線反射するし。
おまけに人は多いしごった返してるし。
泳ぎに行ってるのか人に埋もれに行っているのか
分からないような状況の場所に誰が行きたいものか。
「ともかく、日中に行くなんて、二十半ば過ぎた人間には自殺行為なんだって。
高校生は若いからそりゃ行けばいいとは思うけどさ」
「じゃあ、夜行くか?」
眉をしかめながら言った言葉は、明後日の方向に投げ返された。
会話でホームランを打たないで欲しい。
予想外の返答に驚きながら長曾我部さんを見ると、彼はもう一度
「夜の海、見に行こうぜ」
と、私に向かって再度の誘いをかけた。