長曾我部さんが五千円は安すぎるというので、お食事代が一万円になったのだけど
夕食、休日の朝昼晩のお食事ご提供で一万円というのは
完全自炊しているとちょっと多い。
そのことを長曾我部さんに言っても労働の対価だろ。と事もなげに言うので
貰っている分はと思って、なるべく長曾我部さんの好みに沿うように夕食は作るようにしている。
ちなみに彼の好みは分かりやすい。
肉もしく魚必須。
野菜だけは駄目。
パン食はそんなに好きじゃない。
ご飯第一。
味噌汁がないのは不満。
辛いものはあんまり好きじゃなくて、甘辛い味が好き。
分かりやすいほどに和食党。
その他に好き嫌いは特になし。
オクラを出すと吹くのをこらえる顔をするのは、相変わらず。
…献立を非常に立てやすい人だ。あと、戦国時代から好み変わってない。
前に置いていた時には、あんまり考慮して無かったけど
元々こうだったのよね、長曾我部さんって。
そして、私の好みもさほど違い無いので、長曾我部さんとご飯を食べるのは楽で良い。
食事の好み違うと、大変だよね、こういうのって。
仕事から帰ってきて帰宅すると、まず自分の部屋よりも先に
長曾我部さんの部屋のチャイムを鳴らす。
すると長曾我部さんが出てきて
「おかえり。外寒みいな」
「ただいま。まだ寒いよね、三月に入ったのに」
外の気温について話しながら、さりげなく長曾我部さんが私の持ったスーパーの袋を取り上げた。
…生き神様め。
こういう風に自然に気遣われると、心の中がほわっとする。
これだけでも十分な対価だよな、と思いながら、彼が自分の家の玄関の鍵を閉めるのを待つ。
そうしてから、私の家に移動して、彼と私はご飯を一緒に食べるのだ。
基本的に、その日の夕食は前日の夜に作っておく。
シャトルシェフとかその辺りを使って、火についてなくても良いようにしながら
合間合間に作ってから冷蔵庫にしまい、あとは温めるだけにしておくのだ。
そうすればすぐに食べれる。
ご飯もタイマー炊飯で炊いておけばいいし、シャトルシェフ使うと放って置きっぱなしだし
案外手間というのはかかっていないのだけど
現代ナイズされた長曾我部さんは、毎度称賛の視線を送ってくるので
実のところ気分が良い。
ふふふ、もっと褒めてくれて構わないのよ?
いや、冗談だけど。
鶏手羽と里芋の煮込みと、レタスサラダとご飯とみそ汁をよそっていると
長曾我部さんがやってきて、それを机まで持ってゆく。
…殿さまだった頃は、あの人そういうの、したことなかったんだけど。
…現代ナイズって良いですね。
男尊女卑思考は無かったが、それでも家事の手伝いをするという頭は
殿さま長曾我部さんには無かった。
それは彼の世の常識というものを反映しての結果だろうからと放って置いたのだけど。
やっぱ、常識だったのだなぁ。
戦国時代が千五百年ごろ、今が二千年ごろ。
五百年の差は大きいのだと思いつつ、私もお箸とコップとお茶を持って
テーブルについた。
「いただきます」
「いただきます。…所で長曾我部さん、いつから学校に赴任なの?」
「四月一日に行って挨拶して授業の準備。
んで、ついでに言うと、その後七日に始業式があって生徒に挨拶して
二十五にPTA総会で挨拶だな」
「うわ、挨拶ばっかり。大変だ」
「そうか?まぁ俺が行くところは公立じゃねぇからよ。
公立行くやつよりかはましだろ」
「あ、そっか。公立だと転勤があるのか」
うちの会社は支社無いから、転勤とか転属とかそんなものの存在を忘れ去っていた。
長曾我部さんが行く婆娑羅高等学校は私立なので、一旦赴任してしまえば辞めでもしない限りは
三回こなした後の今後の挨拶は無い。
けれども、公立に赴任した人は、何年かに一度、赴任後教師、生徒PTAへの挨拶を
毎度こなさないといかんのか。
…先生って大変。
生徒やってた時には、そんなことは思わなかったけど
社会人になって挨拶回りの鬱陶しさを実感すると、その辺り同情すると同時に感心するわ。
鶏手羽の身をほぐしながら私がうわーーというと
長曾我部さんがうわーとか言うなと突っ込みを入れてくる。
「そんなにうわうわ言われっと、悲しくなるだろうが」
「いや、長曾我部さんじゃなくて、公立の先生がだよ。
改めて考えると、先生ってすごい鬱陶しい環境に置かれてるね」
「………その鬱陶しい環境に行く俺をもっと気遣えよ、デフォルト」
「あ、ごめんごめん。まぁ、赴任してから暫くは忙しいだろうけど、頑張って」
「…軽いな、あんたは」
うちの会社でも、年々入ってくる新人の子たちは、そんなに仕事を任せなくても
あたふたと忙しそうだ。
慣れない環境による心労とか、初めてのことへの緊張とかそういったもの諸々が
忙しさを演出してくれるのだろう。
多分彼もそうなるのだろうな。
向かいでげんなりとした表情でご飯を食べている長曾我部さんに
脅しでもなんでもないよと思いながら、私はフォローの言葉を入れつつご飯を食べた。
もうすぐ春、四月。
そこから彼は、目が回るぐらい忙しくなるだろう。
まぁフォローぐらいはしてあげよう。
そう決めて、私は味噌汁を一口飲んだ。
居てくれるだけで、癒されるということもありますもの。
助かってますよ、色々と。
本人には直接言ったりしないけど。
いや実のところ、私の交友関係というのはそう広くない。
訳あって実家から勘当されて故郷を離れている身なので、友人はあまりいないし
会社の人間ともそう親しく付き合ってはいない。
そういう、何か病気になったら孤独死もあり得るな、と思っていたような人間なので
一人でないのは非常になんというか、その。うん。
一人であっても別にかまわないんだけどね。
居てくれるのは、また別の話だから。