桜がつぼみを付けて、咲いて、春になった。
クリスマスにちょっとだけ進展した私たちの仲であるが
そこから先には一ミリたりとも進んでいない。
いや、うーん。気持ち的には積みあがっていってはいるんだけど
中々そこから先には進まないというか。
バレンタインも、普通にチョコレートケーキ(手作り)を渡しただけで終わったしなぁ。
ようするに、結局、私待ちなのだけど。
あんた待ちだと言った元親さんは、言通りに私を待ってくれるようであった。
その余裕がどこから来るのか知りたいような気もするが、深く突っ込むと
確実に待たずに食われる気がするので、沈黙は金を貫かせていただく。
………いや、そろそろ突っ込んでも良いんだけど。
食べられちゃってもいいというか、そろそろ食べごろなんですが
切っ掛けと言うものがねぇ。
だって、私待ちってことは、私から行動しないと先に進まないということじゃありませんか。
そりゃあ、別にやってやれないことは無い、けど。
躊躇いはあるが、今までを思い出せば………頑張ろうと思う。
待っててもらったなら、それに報いるのが人間というものです。
秋からだからほぼ半年だよ…良く待っててもらえたな。
とりあえず、近況的にはそんな感じ。
あぁ、そういえば去年は先生稼業のあまりの忙しさに忙殺されて
ダウンしていた元親さんだけど、今年は余裕そう。
やっぱり報告書とかが負担だったんだな…。
「やっぱりな、人間つーのは年をとるもんだ」
「あぁ、新入生?」
「あぁ。真新しい制服着て学校に来てるあいつら見てるとなぁ。
去年より若けぇ、って思う率が上がってんだよ」
「ちょっと、やめてよそれ。物凄い切実に悲しくなってくるからさぁ」
帰りにマンションの前でばったり会って、家に入るまえに元親さんが
公園で桜が咲いていたというのをぽろりと話した所から
ちょっと花見に行こうかと盛り上がって、私たち二人は近所の公園へと向かっている最中である。
他愛無い会話をして、並んで歩けるのが、私は幸せ。
元親さんも、それが幸せだと思ってくれているようで
幸せの形が合うのは、幸せだと思う。
…だから、ちゃんとしないととは思うんだけど。
一旦切っ掛けを逃すと、なかなかそのしっぽをつかむのが難しい。
私の方も、もう良いかと思っているのだからいい加減ステディな関係に持ち込みたいんだけど。
最近は切っ掛けを探してうごうご考えてはみてるんだけど
やっぱりこう…テンプレ的に夜景の見える所に行って、君が好きだ結婚して欲しいとかどうでしょう。
…あれ、行き成りプロポーズになったな。
プロポーズでも別にいいんだけど。
一年通して、途中からはほぼ半同棲みたくなりながらそれでも上手くやってきたのだから
これからも多分上手くやれると思う。
だから、結婚しても良いんだけど、さすがにそれは飛びすぎだ。
切っ掛け切っ掛けと考えているうちに、元親さんの歩みが緩まる。
それに意識を戻して目の前を見ると、満開の桜が咲きほこる公園が視界に飛び込んできた。
「わぁ」
公園の中に入って、夜だから薄暗い暗闇の中、ライトアップされた桜を見る。
闇の中にほの白く浮かび上がる桜は美しく
私は思わず感嘆の声を上げた。
「…綺麗だなぁ」
「いつ見ても、桜ってのは良いな」
「花、好き?」
「綺麗なもんは綺麗だろ?」
このごつい人が言うと、かなりのギャップがあるセリフだが
言っていることは頷けるので、私は首肯して同意を示した。
花は綺麗だ。
そして綺麗なものは綺麗だから美しい。
夜の闇に照らされた桜の花を並んで見る。
風に揺られて、白がひらひらと黒の中を舞う。
それにほぅっと息をついて、ふと隣の人に視線をやると、彼の頭の上に
先ほどの風で飛んだのだろう、一枚、桜の花びらが乗っていた。
「元親さん、花弁ついてる」
「ん?どこだ?」
注意すると、手探りで頭を払い落す動作を元親さんがするが、まったくもって払えていない。
見当違いの所を払っている元親さんを見かねて、服を引っ張ってしゃがませる。
その私の促しに大人しく従う元親さんの低くなった頭から花弁をとってやって
―顔が、近いなと思った。あと、そういや今日金曜日だなとも。
だから、思いもよらなかったがこれは良い機会だと顔を近づけて、背の高い男の人の唇を掠め取る。
それに元親さんが目を見開いたのに、にんまりと笑ってから
私は彼の手をとって、引いた。
「…そろそろ帰ろうか、元親さん。まだ夜は寒いし、風邪ひいたら大変だよ」
「いや、あんた今」
何事かを言おうとする元親さんの指に、自分の指を絡めて。
いわゆる恋人繋ぎと言われる繋ぎ方をすると、元親さんは私の顔をじっと見てから
「キスしてぇ」
「…ここ外だから」
「あんたはさっきしただろうが」
「いや、あれは切っ掛け作りというかなんというか。
…………家に帰ってすればいいじゃない」
いかようにでもしていただきたい。という気持ちで居るのでそう言うと
元親さんは、一瞬言葉を詰まらせた後、握る手に力を込めた。
「家に帰ってなんざ、あんたのこと食っちまうぞ、俺は」
「………どうぞ」
そうして、低い声で言われた内容にぞわぞわとしながら
それでも許可を出すと、若干元親さんの歩調が早くなった。
…何て正直!
だが、それをさせていたのは私で、もうちょっと早く食べさせてあげればよかったなぁと思いつつ
「出来れば飽きないで頂けると良いんだけどね」
小声で呟いた私に、元親さんが首を傾げる。
それになんでもないと返して、私は明日も明後日も積み重ねられますようにと願った。
それは一年ちょっと前に、かみさまにおねがいはしないけれどもと思いながら願った内容に似ていたけれど
中身は全く別物である。
今日も、明日も、明後日も、どうか末永くこの手を繋いでいる人と幸せで居られますように。
積み上げ式の幸せを、私と元親さんの努力でずぅっと続けられますようにと。
誓うように願って、私はくすりと笑みをこぼして目線を上げる。
そうすると、私たちの家のあるマンションが見えてきて、家についたら
おかえりなさいを言ってあげて、彼からも言ってもらおうと、そう思った。